軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第217話

「 蓮司(れんじ) 人形一つください!」

もうすぐ小学校にあがるくらいの可愛らしい少年が、満面の笑みで言った。

その少年の瞳は僅かだが赤く腫れあがっている。それでも純粋な眼差しで瞳をきらきらと輝かせ、大事に大事に握り締めていた三枚の千円札を売店のお姉さんへと渡そうとする。小さな手を精一杯伸ばしている様子に、周囲の大人たちも思わず微笑んでしまう。

「はーい、この鵜飼蓮司人形でいいかな?」

「うん!」

お父さんかお母さんに泣きついてお小遣いをもらってきたのだろう。

少年の純粋な憧れに心打たれたお姉さんは、くしゃくしゃになったお金を受け取るとデフォルメされた小さな人形をショッピングバッグに丁寧に包んでいく。

「僕は蓮司さんが好きなのかな?」

「蓮司はね、世界一の探索師なんだよ!」

「うんうん、カッコいいよね。じゃあ僕は将来探索師になるのかな?」

「そう、鵜飼みたいなカッコいい探索師になるんだ!」

「それはお姉さんも楽しみだなぁ。じゃあ将来のカッコいい探索師さんのお名前聞いてもいいかな?」

「うん。僕の名前はね――天城典二だよ!」

† † †

師走も佳境に入った頃、世間はクリスマスイヴの真っただ中にいた。

ここ横浜のみなとみらいではクリスマスの出店や売店が立ち並ぶ他、探索師に関するグッズやコラボメニューなどのお店で溢れかえっていた。クリスマスらしいナッツの香りやカリッと焼きあがるソーセージの音、それに加えて探索師に憧れる子供たちの歓声でこの繁華街は賑わっている。

その一角にあった売店。

そこには明日で18歳となる高校三年生のテンジが――子供に紛れて並んでいた。

「お次お待ちのお客様、こちらのカウンターへどうぞ」

売店のお姉さんと自然に視線が合う。

子供とまぎれてそれなりの青年が並んでいることで少しばかり恥ずかしそうにテンジは俯きながら、お姉さんの待つカウンターの前に立った。

「えっと、この冬喜人形と……蓮司人形を一つずつください」

「こちらですね、お会計は税込みで5600円になります。包装はご自宅用で大丈夫ですか?」

「……は、はい。自宅用でお願いします」

テンジはスマホの端末で簡単に決済を済ませると、黒鵜冬喜のイラストが印刷されたショッピングバッグをはにかみながら受け取った。傍から見れば、まるでおもちゃを買ってもらった子供のような反応だった。

そんな年齢不相応な反応に売店のお姉さんも思わず微笑んでしまう。

そんな時であった。

不意にお姉さんは何かを思い出したように、はっとテンジの顔を凝視する。

「あっ。も、もしかしてですが……天城典二くんではないですか?」

「えっ? あ、はい」

突然自分の名前を呼ばれたことで、テンジは虚を突かれたようにお姉さんの顔を見上げていた。

まさか自分の名前をこんな場所で呼ばれるとは思ってもみなかったのだ。

まだまだ探索師としては無名なテンジを知っている人がいるとは考えてもいなかったのだ。もちろんプロの探索師でもなく、目に見えるような実績を残してもいない、たかが一介の探索師高校の生徒であるテンジを知る人なんて数えるほどだろう。

お姉さんがテンジを知っている可能性としては、シーカーオリンピアの雑誌に名前と探索師高校の生徒であるという情報が載っていたくらいだろうか。

だからこそ、テンジは虚を突かれたように驚いていたのだ。

「あらぁ!? 本当に探索師になったんですか、凄いです! 私びっくりしちゃいました、長年この時期にはここで売り子をやってますが……こんなに感動したのは初めてかもしれないです」

「…………す、すいません。もしかしてお知り合いでしたか? それともお父さんか、お母さんのお知り合いですかね?」

「そ、そうですよね! さすがに小さかったので私のことを覚えてないのは無理ないですよね。昔、まだこのくらい小さかった頃の話ですが、ここで鵜飼さんの人形を買ったこと覚えてないですか?」

「蓮司人形……あっ」

その言葉を聞いてテンジはようやく思い出す。

まだ小学生に上がる前、ここで当時大好きだった探索師の人形を買った。

両親と真春の四人でシーカーオリンピアの大会観戦に来ていて、その時に駄々を捏ねて蓮司人形を買ってもらった覚えがある。その蓮司人形は今でも部屋で大事に飾っているのもはっきりと覚えていた。

テンジにとって鵜飼蓮司は憧れの探索師だった。

子供の頃はヒーローや英雄に近い存在が彼だった。いや、もしかしたら今でさえもずっと憧れている人かもしれない。

探索師に興味を持ったきっかけは両親だった。だけど、本気で探索師に憧れ始めたきっかけは蓮司だった。当時から輝かしい成績で世間を賑わせていた鵜飼蓮司という探索師は昔からずっとカッコいい。

テンジはそんな小さい頃の記憶を久しく思い出す。

お金のために必死に働き始めたことや、覚醒したことで忙しい日々を送っていたテンジはその懐かしい憧れを忘れていたのかもしれない。

その懐かしさにテンジは笑っていた。

「覚えてます覚えてます! うわぁ、凄い偶然ですね」

「本当にそうですね。その制服……探索師高校の制服ですもんね。明日の最終予選の席取りに来たんですか? とても熱心で素敵だと思います」

邪な気持ちの無いその言葉に、テンジは思わず苦笑いを浮かべていた。

(ま、まぁ……確かにこの制服では勘違いされるかもしれないよね)

日本探索師高校の黒い制服からは、大会に参加する選手というイメージが無いのだ。良くも悪くも黒制服は器用貧乏と言われがちだった。最終予選以降に参加する探索師高校の生徒の多くは、選ばれた生徒しか着用できない白制服か、攻撃役の象徴でもある青い制服を身に着けている。

この傾向があるのも彼女の勘違いを加速させてしまったのだろう。

テンジは他意の無い彼女を傷つけないように――優しい言葉を探す。

「いえ、明日は参加する側なんです。紛らわしいですよね、この制服」

「えっ!? ……あっ、それはごめんなさい」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ。昔っからこういうのには慣れているんで。でも確かに、この制服は紛らわしいですよね。僕は三次予選まではシードだったのでここからが本番なんです」

「シード枠!? それは凄い! 私、今大会はこれからずっと天城くんのことを応援することにします。頑張ってください!」

「ありがとうございます。本選に出場できるよう頑張ってきます」

その会話を最後に、テンジはゆっくり予選会場に向かって歩き出した。

「うーん、黒制服はまずかったかなぁ。変に目立っちゃうかも」

自分の制服を見つめながらテンジは呟く。

もし現在の適正に合った制服を着るのならば、テンジは間違いなく攻撃役の特徴である青制服を着用するべきなのだろう。【獄獣召喚】の本質は超万能型だが、対外的には攻撃役として分類されるべき天職だ。

それなのにも関わらず、今回は慣れ親しんだ黒い制服を着て大会に参加することになっていた。それには理由があったのだ。

日本に帰ってきてすぐに、リオンがニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらテンジにこう言ったのだ――「黒の方が面白いだろ?」と。

なんともリオンらしい自由な言葉だとテンジは思っていた。

(リオンさんは面白いか、面白くないかが行動基準だから仕方ないよね。ここまでシード権を貰えただけでも僕は本当に恵まれていると思わなくちゃ)

この一年で体が大きくなって、古い制服が入らなくなったテンジに新しい制服を用意したのは紛れもなくリオンなのだ。制服だってそんなに安い代物でもないので、今のテンジではほいほいと買えるものでもなかった。

まだまだテンジは学生であって探索師として自立している訳ではない。正直ここ約二年間の生活に関してはリオンや海童におんぶにだっこ状態。文句を言うどころか感謝の言葉しか出てこないほどなのだ。

不意にテンジはビルを見上げる。

「改めて見ると、本当に冬喜くんって有名人って感じするなぁ。どこを見渡しても冬喜くんの写真ばっかりだ」

周囲を見渡せば、そこら中に黒鵜冬喜の写真が飾られている。というのも今回のシーカーオリンピアでの目玉が、将来の零等級探索師と名高い黒鵜冬喜だからだ。

将来確実に零等級探索師になる逸材が出場するとなれば、そりゃあ注目されるのも頷ける。今まではマジョルカで鍛錬をしていた彼が、ようやく母国でデビューをするのだ。

ひと際スペシャルな存在として、彼は集客にも一躍買っている。

ほんの一年前までは兄弟のように親しくしていた人物が、日本に帰ってくるとまるで芸能人のような扱いを受けていることがテンジにとっては無性におかしく感じていた。

「スポンサー料とかもらってるのかな? ……今度会ったら奢ってもらお」

そんな俗な計算を心の内に仕舞いつつ、テンジは久しぶりの横浜繁華街を優雅に鼻歌交じりで歩いていくのであった。そうしてテンジは時間を見計らって、大会に参加するべく選手用の入場ゲートへと向かい始めた。

もちろん観客としてではなく、参加者という立場で。

事前の連絡で通知されていたマップを開きながら進んでいくと、選手用に用意されている裏口のゲートへと辿り着いていた。不意に案内係の人の視線がテンジの手元にあったショッピングバッグに向かうが、テンジはそれを恥ずかしそうに後ろへと隠す。

「あの……11時に会場に入るように通知されていた天城典二です」

「天城典二さんですね、お待ちしておりました。通知に添付されていたQRコードの提示と学生証の認証をこちらで行いますので準備をお願いいたします」

案内されるままに諸々の手続きを進めていくテンジ。

それから間もなく、最終予選用の控室の前に立っていた。

この最終予選まで上り詰めることができるのは、日本でもほんの一握りの学生だけしかいない。ここに駆け上がってくるまでに本来ならば四つの関門が存在する。

探索師として必要な基礎学力や基礎身体測定などを視る――書類選考。

毎年選考内容が変化するがより実践的な判断力や行動力を求められる――地域別一次予選、地域別二次予選、地域別三次予選。

これらを潜り抜けた者だけが今日始まる全国最終予選に参加できる。

そしてこの最終予選を潜り抜ければ、日本中が注目する『本戦』が始まる。

もし本戦に駒を進めることができればその者はいくつものギルドのスカウトに目が留まり、数え切れないほどのオファーが来ることになるだろう。

つまり――。

彼らの夢であったプロ探索師への道が最高の形で切り開かれるのだ。

もちろん本戦に駒を進められなくともプロになることはできるだろう。

だけれども、ここに参加するのは 普(・) 通(・) の(・) プ(・) ロ(・) になりたい者たちではない。 最高のプロ探索師になりたいのだ。ここで力を証明することができれば誰よりも最高のプロ生活がスタートできる。

ゆえに、この最終予選に参加する学生は全員が死に物狂いで挑んでくる。

そんなプロ探索師の登竜門――『シーカーオリンピア日本予選』。

待ちに待った表舞台、その観衆の前にテンジはようやく姿を現そうとしていた。