作品タイトル不明
第214話
マジョルカダンジョンが閉鎖するまで――残り2日。
「一年生A-2チーム帰りましたぁ。パイン、チェウォン、ミナ、飛鳥、午後休憩入りま~す」
行方不明者の捜索への手伝いを名乗り出てくれた生徒のうち、午前からずっとダンジョン内で捜索を続けていた彼らが休憩のために地上に戻ってきた。
そんな彼らの前にはちょうどまさに外へと出ようとしていた、ほんの数日前までは学園の担任でもあったミーガン・ピュー先生の姿があった。
不意に目が合ったパインはにっこりと笑いかける。
それに応えるように先生も足を止めると、四人を労うように頭をポンポンと二度優しく叩いた。
「はーい、みんなお疲れ様。あっちでリィメイ学長がクッキー配ってたよー、超美味しいからお昼ごはんの後に食べてみな! さて、私はもう一回ダンジョンに行ってくるかなぁ~、もう閉鎖まで時間もないしね」
「えっクッキー!? やったぁ。じゃあ先生あとでね~、私たちもご飯食べたらまたダンジョンに戻るね。テンジもまだ見つかってないし」
「そうね……本当にどこへ行ってしまったのかしら」
少しだけ不安そうに眉間にしわを寄せるピュー先生の額に、パインはぴたっとその小さな指を押し付けた。そしていつもの太陽のような優しい表情で笑う。
「大丈夫だよ、テンジは」
「そうね、あの子は心配ないわよね。ありがとうパイン」
「うっふん、私はテンジの親友だからね!」
「本当にテンジが好きね。じゃあそろそろ行くわね、四人とも午後も気を付けて団体行動を心掛けてね」
「「「「はい!」」」」
生徒四人の元気な声を聞いて、ピュー先生は再び崩壊寸前のダンジョンへと戻っていくのであった。そして休憩に戻ってきた四人も食堂で腹ごしらえを終えてから、再びダンジョンへと入場したのであった。
† † †
「ねぇ、今声聞こえなかった!?」
再びパインとチェウォン、ミナ、蛇門の四人はダンジョンにやってきていた。
彼ら一年生が任されていたのは比較的安全で、他のプロと比較してもこの辺りの土地勘に優れているであろう第三階層全般であった。
その第三階層の郊外で、パインが突然そんなことを言いだしたのだ。
それでも反応の悪い三人に対し、パインはさらに語気を強める。
「ねぇ、飛鳥! 聞こえたよね!」
「まったく」
「聞こえたよね!? チェウォン」
「ぜんっっっぜん」
「ミナ!?」
「んー? ごめん、イケメンのこと考えてた」
三人の反応が悪いのも無理がなかった。
パインは特に気合が入っているのか、少し藪が揺れただけで「何か聞こえた!?」と言い出したり、ちょっとだけ柑橘系の香りが漂ってきただけで「テンジの匂いだ!」なんてたびたび言い出していたのだ。
さすがの三人も少しだけうんざりとしていた。
「いいや、絶対に聞こえた! 行くよ!」
パインは無理矢理にでも連れていくと言い、三人の腕を必死に引っ張っていく。
そうして歩くこと百数メートルほどのことだった。路地裏から不意に、深く灰色のパーカーフードを被った一人の男性が飛び出してきたのだ。
その男性は四人と僅かに目が合うと、びくりと体を驚いたように反応させた。
すぐに三人の目の色が変わった。
彼が逃げている理由は分からないが、間違いなく行方不明者の一人なのだろう。たとえその男性が万引き犯だって、殺人犯だって、なんだって構わない。それは法律の届く場所で戦えばいいのだ。
それよりも今は、目の前の男性を地上へと帰すことが何よりも重要な彼らの役割なのだ。
「私はマジョルカエスクエーラの生徒です! このままダンジョンに留まれば、あと二日と経たずに出口は塞がってしまいます。理由は何も聞きません、まずは一緒に地上へ帰りましょう」
パインはその怪しげな男性を刺激しないように、穏便な言葉を選ぶ。
しかしその男性にはまるで響かなかったのか、すぐにパインたちに背を向けると茶色い紙袋を抱えながら再び路地裏へと逃げるように走っていった。
どうやらその男性は一般人のようで、探索師と比べると身体能力は低い。
逃げる理由はわからないが、パインたちも彼をこのままダンジョンとともに自殺させるわけにもいかないので、仕方なく探索師としての能力を行使する。
「飛鳥、お願い」
「わかった」
パインの冷静な声を聞いた飛鳥は、自身の能力を発動する。
瞬きした次の瞬間にはその場から姿かたちが消えていた蛇門は、路地裏へと逃げた男性の前に堂々と立ち塞がっていた。
突然、目の前に現れた蛇門に驚き足を止める男性。
「なぜ逃げる? このままだと死ぬぞ」
「……っ!?」
なぜか男性は困ったような表情を浮かべ、じりじりと足を下げていく。
そんな二人のもとに三人がようやく追いついた。
ちょうどそのとき、蛇門ははっと何かに気がついたように声を上げた。
「どこかで見た顔だな」
蛇のようにしなる蛇門の腕は、見事に男性のフードを外していた。
ふぁさりとはがれたフードの奥から現れたのは、
「あれ? レモネードのおじさん?」
「よ、よう……その覚え方は嬉しいね嬢ちゃん」
パインも馴染み深い、この辺りで美味しいレモネードを売り歩いていたあのおじさんだったのだ。一体なんでレモネードのおじさんがこそこそと逃げ回っているのか。まるで見当のつかなかったパインは少しばかり動揺する。
「ねぇ、私たちと逃げようよ。テンジから聞いたよ? 子供が生まれるんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「じゃあなんでこんなところで自殺なんて……」
パインがそう言いかけたところで、レモネードのおじさんは観念したようにハァと大きなため息を吐くと片腕を突き出す。
「そういうつもりじゃねぇんだ。……あ゛ぁ゛~!! どうすればいいんだよ」
「おじさんが一緒に帰ってくれるなら私は力を貸す。テンジはおじさんのレモネードが好きだったから、おじさんは絶対に地上に帰るべきだよ」
「そんなこたぁわかってるんだよ。だけどそうじゃねぇんだよ」
「じゃあ何なの!? さっきから歯切れの悪い言葉ばかりだよ、おじさん」
本当に困り果てたように天を仰ぐおじさん。
そんなおじさんが何か腹をくくったように、パインの瞳を睨み返す。
「ついてこい」
† † †
おじさんが案内してくれた場所は、普通のアパートであった。
その四階まで上がっていくとポケットから鍵を取り出し、普通に開錠していく。
ギギギッと錆びた蝶番の音が響いた。
次の瞬間だった。
「ア゛ァァァァアーッ!?!?」
耳をつんざくような、苦痛の叫び声が家の中から聞こえてきたのであった。