作品タイトル不明
第207話
ダンジョンの上空に隙間なく暗雲が立ち込め、モンスターの真上を中心に蠢いていた。不意に雲の中を青色の雷鳴が轟くと、雲の合間から麒麟のような龍型の生き物が見えた。
テンジは動画でも講義でも見たことのあるその雷雲を見て、思わずごくりと息を飲んでいた。憧れのその人の戦闘姿をこの目で見れる高揚感を、意識をなんとかつなぎ止めながら目を凝らしていた。
探索師に憧れた少年は、この動画が大好きだった。一瞬で雷雲が空を覆いつくし、合間から青い麒麟が姿を見せる。小さな頃から何度も何度も、それこそ穴が開くほど再生したその技が目の前で紡がれようとしていた。
「行け、オーブラカ」
思わずテンジは応援するように小さな声で呟いていた。
白い杖を携えた零級探索師のオーブラカは杖の先で空中に文字を描いていくと、ピリオドでその文章を閉ざした。
「――『 麒麟雲(キリウド) 』ッ」
瞬きする間もない、一瞬の出来事だった。
どす黒い雨雲の濁流が龍の胴体のように細長く形成され、モンスターに向かって一直線に降り注いでいく。内には電撃の濁流が流れ、外には雷雲が目まぐるしく荒れ狂う。その圧倒的物量に押しつぶされるように、ジェイもろともモンスターは飲み込まれた。
それからすぐのことだった。
雷雲の中から感電したようなモンスターの悲鳴が聞こえてきた。
しかし、次の瞬間にはその雷雲の濁流から糸を引くようにモンスターの右腕が飛び出してくる。モンスター特有の圧倒的な身体能力で、この超範囲攻撃とも言える魔法から脱出しようとしたのだ。
「なるほど、これは七年前の比ではないな……が問題ない」
オーブラカは小さな声でそう呟くとタクトのように、白杖を振るう。すると、その杖に従うように雷雲も形を変え、動きの速度を変え、パターンを変え、逃げようと走るモンスターをあっという間に再び飲み込んでしまう。
形や速度を自由自在に変化させ、主の意のままに攻撃を繰り返す。反撃させる隙も、防御させる隙も、息をさせる隙さえ見せない攻撃の濁流。そのオーブラカの能力が尋常なものではないことは、ここにいた全員が理解していた。
いや、これは世界でも彼だけが唯一なせる連続超広範囲魔法なのだ。
絶え間なく、雷の攻撃を与え続ける。
「ル゛ァァァァァァ!」
プスプスと白い肌から煙を立ち昇らせるモンスターは、これでは埒が明かないと判断したのか、次の瞬間には逃げの方向を適当に決めるのではなく、一直線に、最短距離で、雷雲の主であるオーブラカへと攻勢に出ようと方向転換する。
あまりに速い移動速度にオーブラカは一瞬驚いたように目を瞠ったが、問題ないと言いたげに再び魔法の操作に集中した。
そして――、
何もなかった空間に突然、赤い鎧の大男が現れる。
モンスターの目の前にはジェイが立ちはだかっていた。
「残念ですが、あなたはもう術中なんですよ」
眼鏡の奥で、腹黒い笑みが浮かぶ。
ジェイの十八番『血砂範囲』はとある条件を満たした場合に発動する、移動系の能力だ。特定範囲にいる敵は、ジェイ以外に攻撃を加えることができなくなるという効果がある。
もっと正確に表すと――術中にはまっている対象はジェイ以外の他人に攻撃を加えようと 意(・) 識(・) を(・) 切り替えた瞬間に、ジェイ自身が任意のタイミング、視界の届く任意の場所に転移することが可能になるという能力の制約がある。
ただし、そのとある条件と言うのがかなり難しい。一定量のジェイ自身の血液を敵の体内に忍び込ませる必要があるのだ。ジェイは数回の攻防の隙に、すでに自分の指先を切っておき、モンスターの体内に血液を忍び込ませていた。
そしてこの『血砂範囲』の驚くべき効果がもう一つある。
規定血液のさらに二倍の血液量を敵の体に忍ばせることができたならば、ジェイは対象からの攻撃を約95%カットするという――無敵状態に入る。
「ル゛ァァァァァァアアッ!」
「『血砂不動』ッ」
ガキンッとモンスターとジェイが再び衝突する。
ジェイは微動だにせず、逆にモンスターは大きく態勢を後ろに崩されていた。
モンスターは苦虫でも潰したような表情を浮かべながらも、反動を上手く利用しながら半歩後ろへと体を引く。そして、すかさずジェイへと攻撃を繰り出そうと右腕を振るった。
まさにそのタイミングだった。
その隙を狙ったかのように、オーブラカが『 雷神の拳(ソーフィスト) 』と言いながら杖を勢いよく水平に振るっていた。目で追えないほどの黒くて巨大な雷雲の拳がモンスターの横っ腹へと叩きつけられる。
「ル゛ォッ!?」
息つく間もない二人の連続攻撃に、モンスターは顔を歪めた。
あのピカピカ光って、異常なほどに速かったババア一人ならば何と言うこともなかった。だが、あのババアと同レベルの二人が合わさるだけでこんなにも反撃に打って出られないことをモンスターは想定していなかった。いや、世界を知らなすぎたのだ。
為す術もなく体が空へと押し上げられていき、足場のない上空へと体を投げ飛ばされるモンスター。そんなモンスターのすぐ真上に、第三の影がちらついた。
「相変わらず大味な攻撃だなぁ、オーブラカ」
空中で完璧な態勢を整えていたリオンの右腕には、今まで見たこともないほど密度の濃い赤紫色の螺旋が渦巻いていた。そんなリオンが神でも嘲笑うような見たこともない顔で笑う。
「貰いっと、その雷雲」
そう呟いた次の瞬間だった。
リオンの背中から見惚れてしまうほどに美しい赤紫色の翼が生えた。いや違う、天使の翼と見間違うほどに美しい螺旋の力が放出されたのだ。
リオンの能力はいたって単純明快で、『螺旋力』ただ一つ。
もっと正確に言うならば、空間座標を指定し、螺旋の速さや大きさ、円弧の大きさなどの様々な特殊パラメーターを指定することによって、空間に対し強制的な螺旋力を出現させる。
たとえばその螺旋で人を巻き取るように拘束することもできるし、ドリルのように肉を削り取ることもできる、体ごと捻り上げることもできる。上から押しつぶすように指定することもできれば、台風のように物体を巻き込んで一点集中でぶつけることもできる。
単純ゆえに、応用の幅が効くのがリオンの天職なのだ。
リオンの出現させた螺旋は今、オーブラカが空に発生させた雷雲全てを巻き込んでモンスターへと一点集中の砲撃へと変えようと動き出していた。
気がつけばその螺旋に巻き込まれた雷雲たちは、たった一つの直径三メートルほどの黒い球へと凝縮されていきリオンの手元に集まっていた。その間、僅か一秒ほどの出来事であった。
似つかわしくない獰猛な笑みを浮かべ、リオンは右拳を強く握り締めた。
「融合螺旋魔術――『 天螺雷(てんらい) 』ッ」
背中に生えた螺旋の翼が反動を押し殺す。
そしてリオンの拳に集まっていた螺旋が一直線に解き放たれた。