作品タイトル不明
第190話
酒呑童子が要求していることはすぐに理解できた。
だけど、あの痛みを、苦しみを、悔しさを、寒さを、また味わうのは嫌だ。
嫌だ、嫌なんだ。
もうあの苦しさは味わいたくない。
だけど――。
走馬灯のように、テンジの頭の中に仲良くなった多くの人たちの笑顔が流れ込んできた。
すぐ後ろにいる千郷ちゃんに、冬喜くん。
チャリオットの九条団長に、炎さん。
さらにその後方には福山さんだって、リィメイ学長だって――。
そのさらに奥には探索師でもない一般人がたくさんいる。
いつも安く美味しい料理を出してくれたカフェの店主に、最高のレモネードを作ってくれるおじさん、他にもっともっとたくさんの人がそこで生きている。今を生きようと必死に避難をしている。
(今、僕がここでこいつに負ければ――)
嫌でもそんな場面を考えてしまう。
たかが学生でしかないテンジだが、今この状況では誰よりもこいつを抑えられる存在なのだ。
もちろん自分でもそんなこと分かっている。自分のステータスが歪だからこそ、この状況が成り立っていることも分かっている。
今のテンジに足りているモノと、足りていないモノ。
その足りないモノを補うには、酒呑童子の要求を飲むしか道はない。
気が付くと、テンジは悟ったように笑っていた。
「わかった……酒呑童子、お前の要求を飲むよ。代わりに、ありったけの力を僕に寄こせ」
ふっ、と。
テンジは必死に握り締めていた刀から力を抜く。
次の瞬間には、モンスターがここぞとばかりに力を籠めて、その刀を遥か遠くへと吹き飛ばしていた。
まるで先ほどまでの激突が嘘だったかのように、戦場は静かになった。
苦しそうに息を荒げるモンスターの声と、くるくると虚しく空を舞っている刀の音、それだけが鳴っていた。
そして――
モンスターの瞳の色が変わった。
「ルォォォォォォォォォォォォォオオッッッ!!」
一発逆転のチャンスと見込んで、腕を鞭のように振るう。
それが無抵抗のテンジの腹に深々と突き刺さった。
「ゴホッ……」
突然の激痛に顔を歪めたテンジ。
それでも自分の腹に突き刺さったモンスターの腕を離さないと、両手でがっしりと握り締める。絶対にこれ以上の距離を離さないように、全力でホールドする。
あまりにも奇妙なテンジの行動に、モンスターの瞼が僅かに大きく見開いた。
「あの日の再現だ。これで満足か? 酒呑童子」
テンジはにやりと不敵な笑みを浮かべると、ふらりと上半身を乗り出す。
モンスターの瞳孔からあれをくり抜くように、歯を立てる。
白い瞳を噛み千切った。
そのままゴクンと、胃の奥へと瞳を押し込んでいった。
次の瞬間には胃のあたりから、地獄の業火が全身を駆け巡っていく。
『忘れるな小僧……俺らが求めているのは、それだ。いいだろう、地獄の神髄を味わうがいいさ! 叫べ、天城典二!! 俺の 真(・) の(・) 名(・) は――』