軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第18話

突然、テンジは閻魔の書の中へと吸い込まれていった。

閻魔の書はテンジの体を掃除機のように完全に取り込むと、仕事を終えたようにその場にポトンと虚しく落ちる。

そして、その場には閻魔の書だけが残った。

† † †

「うおっ!? 痛っ!」

テンジは体を何かに強く引っ張られたと思いきや、暗闇の中を何度かぐるぐると上下左右がわからなくなってしまうほどに回転させられ、少し気持ちが悪くなったところでどこかへと放り出されていた。

放り出された場所はどこかの森のようで、枯れ葉の山の上へと顔からダイブするはめになった。

「ぶっ!? なんか口に入った……」

ダンジョンで立ちながら閻魔の書を眺めていたと思いきや、気が付いたらよくわからない枯れ葉の山に頭を突っ込んでいたテンジは、口に入った枯れ葉の屑を口から唾と共に吐き捨てた。

そうして訳が分からないままゆっくりとその場に座り込み、周囲をきょろきょろと見渡す。

「……えっと、本当にどこ? ここ」

そこはテンジにとって見覚えのない森の中だった。

富士の樹海なんかよりも遥かに背の高い木々が見渡す限り延々と続いており、地面には人の影や気配すら感じない本物の鬱蒼と茂る草木が広がっていた。

思わず鼻の不調を疑ってしまうほどの濃い自然の香りが鼻腔を通り抜け、四方八方から虫の鳴き声と小鳥のさえずりが響き渡っている。

空を見上げれば、そこに青い空の姿形はなく、真っ赤な空が広がっていた。

そう、その森は明らかに地球ではない場所だったのだ。

「えっ? もしかして……クエストが始まっちゃったの?」

クエスト、つまり閻魔の書に書かれていた地獄クエスト『赤鬼との出会い』が始まってしまったのだと気が付いた。

明らかに地球ではない場所への突然転移、地獄を彷彿とさせる真っ赤な空、クエスト名に触れた瞬間の出来事。そのすべてが、テンジをクエストに導いたのだとわかった。

と、その時だった。

《地獄クエストが開始されました。制限時間は30分。条件その1:スクワット1000回を実行してください。時間内に条件が達成されない場合、このクエストは破棄されます》

「――は?」

テンジの頭の中に機械的な女性の声が響き渡ったのだ。

(30分!? スクワット1000回を30分以内にここでやれってこと!? それもできなかったら破棄って……クエスト失敗ってことだよね!?)

刹那の時間でテンジは状況を察知した。

決して頭が悪いわけではないテンジはすぐに数字を逆算していく。

(30分で1000回ってことは……一回、約1.8秒のペースで三十分間続けろってこと!? なんと鬼畜な!)

もちろん最初はある程度の速度を以ってスクワットをするつもりだが、それでも平均1.8秒で一回を30分も続けろだなんて、正直鬼畜以外の何者でもなかった。

「と、とりあえずやらなきゃ!」

一秒を争う事態だとわかり、アナウンスが鳴ってから15秒ほどでテンジはスクワットを始めるのであった。

始めた瞬間、目の前に閻魔の書の色違い模造品(青)が現れ、スクワットの回数をカウントし始めた。

その数字を見ながら、テンジは一心不乱に足を鍛えぬくのであった。

† † †

「し、しんどい……。でも、残り10回!」

スクワットを始めてから約28分が経過していた。

テンジは何度もぼそぼそと目の前の樹木に弱音を吐き続けながらも、なんとか時間内に終わりそうであった。

すでに目の前に浮かぶ閻魔の書の模造品には、「990」と表示されていた。

全身汗だくになりながらだったので、途中で上半身の服を脱ぎ捨てている。そのためほどよく鍛えられた腹筋が見え、体から白い湯気がゆらゆらと湧き出ている。

元より探索師を目指していたため、中学から筋トレを欠かしたことはなかった。探索師にとっては体が資本であり、動けない体では死ぬ確率が上がるだけ。

とはいっても、高校一年生の成熟しきっていない体で30分間のノンストップスクワットなんて地獄だっただろう。

「999! これで……1000回っ!!」

カウントが1000になると同時に、シュポンと閻魔の書の模造品が煙となって消えた。

テンジは気持ちいいほどに汗を飛ばしながら、盛大に叫んでいた。

そして力尽きるようにその場に倒れ込み、はぁはぁと達成感に飲み込まれるのであった。その足はぷるぷると意図せずに震えていた。

《達成条件その1の終了を確認しました。お疲れ様です》

「あ~、どうもどうも。本当に僕、おつかれ」

《続いて、達成条件その2:シャドーボクシング2時間を実行してください。一度でも手足が止まった場合、カウントが0に戻ります。実行回数が3回以上の場合、このクエストは破棄されます》

「えっ、ちょっと嘘だよね!?」

《10秒後にカウントが始まります。10、9、8――》

シュポン、と再び目の前に閻魔の書の模造品が現れ、そこには『残り:7,200秒』と表示されていた。

有無を言わせないアナウンスの声に、監督に怒られたような部活生徒のような動きで立ち上がり、恨むような眼で閻魔の書を見つめた。

「本当に……地獄に関係する天職だからって、地獄みたいなトレーニングを課すなんてギャグに昇華しないでほしいよ。いや、真面目に」

《――5、4、3、2、1。カウントが動きます》

それからテンジはただただ一心不乱にシャドーボクシングを始めた。

シュッシュッと勢いで息を漏らしながら腕を三回ずつ交互に振るい、足のステップは止めない。これだけを守って、悟りを開いたかのように無心になって動き始めた。

シャドーボクシングのトレーニングは何度かやった経験があったので、それを元にする。

しかし――。

《これよりシャドーが出現します。シャドーの攻撃には精神攻撃が含まれていますので、攻撃は受けないことを推奨します》

シャドーボクシングを始めて一分が経過したとき、アナウンスが再び意味の分からないことを言い出したのだ。

頭を傾け疑問符を浮かべるテンジの前に、やつが現れた。

「えっ!? ちょっ!?」

閻魔の書が光り輝くと、その中から真っ黒な靄のような何かで形成された人型の人形が現れ、テンジの前でボクシングのステップを踏み始めたのだ。

それだけでテンジは悟ってしまった。

シャドーボクシングってのは一人でやる自主練なんかではなく、本物のシャドーが現れてその攻撃を躱しながら、2時間ぶっ通しする本物のシャドーボクシングなんだと。

(あぁ、これ……また地獄が始まるよ)

テンジの予想通りシャドーはステップを踏みながら、攻撃を仕掛けてきた。シャドーの狙いは、顔面ただ一点だけだった。

慌てて避けたテンジであったが、ほんの僅かに頬を掠ってしまった。

その瞬間、テンジの心から「力」が急激に抜けていくのがわかった。

突然、心の中で燃やしていた炎が吹き消えたことで、思わずその場に膝をついてしまう。

「――あ」

疲れと精神攻撃で意識が朦朧としていたのだ。

ただ、気が付いた時にはもう遅かった。

《カウントが止まりました。10秒後に再びカウントが始まります。実行可能回数、残り1回。10、9、8、7――》

「ハァ、ハァ……。精神攻撃ってこういうことなのか」

自分の身で体感したことで、精神攻撃の怖さに初めて気が付いた。

疲れから意識が朦朧としていた理由も大きかったが、気が付いた時には勝手に足を止めてしまう。それほど精神を削り取る攻撃なんだと。

「ハァ、ハァ……これは本気で全部避けなきゃダメなやつだ」

テンジは一瞬の気の緩みも許されないんだと理解し、もう一度を気を引き締めるためにも頬を張り手で叩いた。

パチンッ、と乾いた音が響き渡る。テンジの頬には朱色の紅葉が二つ残っていた。

(これが特級天職『獄獣召喚』、か。一等級以上の天職だということはなんとなくわかっていたけど、それなりの代償や危険もあるってことだよね。この場合、地獄のようなクエストとミスればクエスト破棄という、おそらく天職の能力の一部を失う代償だ)

一体、これほどの地獄の後にどんな能力が待っているのか、期待せずにはいられないテンジであった。

《――3、2、1。カウントが動きます》

再び、正真正銘の地獄クエストが始まった。