作品タイトル不明
第151話
炎鬼の色白で細身な腕に、青い血管がくっきりと浮かびあがる。
こめかみの辺りにも太い血管がぽこっと現れ、力んだ様子がはた目からでもわかった。
炎鬼たちは力任せに、手のひらに乗ったテンジを斜め上へと投げ出した。
炎鬼の痛みなどつゆ知らず、テンジは炎鬼の手の平を地面の如く強く蹴り出す。炎鬼は痛みを感じることもなく、痛みで声を上げることもない。そもそも痛みを感じない生物なのだ。
空高くその身を投げ出した。
じめじめした湿地の空気。強い日照りが照らしつけてくるこの第74階層の空へと、テンジは空気を弾丸のごとく裂くように飛んでいった。
落下地点を調整するように体幹を操作し、ゼノルドのちょうど真上――その上空に位置を取る。
頂点まで達するとふわりと臓物が浮いたような感覚に見舞われ、すぐにテンジの体は隕石のように自由落下を始めた。
態勢を整え、ググッと拳を握り締めていく。
「ヌォォォォォォッ」
危機を感知したゼノルドの、焦った咆哮が聞こえてくる。
それでもテンジは戸惑う様子は一切見せずに、淡々と重力に従って落下し続けていく。
目測で二十メートルほどまで接近した、ちょうどそのとき。
テンジ目掛けて黒い銃弾のような塊がどんどんと近づいてきた。その弾丸の奥には黒い厨二患者のような姿をした冬喜の姿――それだけでテンジはすべてを理解した。
(……ナイスアシスト)
それは冬喜の『シャドースナイパー』が繰り出す能力の一つで、味方には大きなバフ効果を、攻撃された相手には大きなデバフ効果を与える黒色の強力な弾丸。
テンジはそれを避けることなく、振りかぶっていた片手で受け止めた。
その右腕には黒い靄がぐるぐると纏わりつき、次第にそれは禍々しい腕の装甲へと変化した。
黒い甲冑のように変化したそれは、テンジの右こぶしを保護するように硬いものへと姿を変えた。
味方には強力な打撃力の向上を、敵には防御力を下げる低下を――そんな能力がテンジの片腕に宿った。
そして――。
「ああァァァァァァッッッ!!」
重力と加速力を味方にしたテンジの本気の拳は、真っすぐにゼノルドの腹へと直撃した。
ドゴッと豪快な打撃音が辺りに鳴り響く。
ゼノルドの悲痛の叫びが、辺りの地面を揺らす。
気が付けばテンジの拳はゼノルドの腹の硬い皮膚を拳一つぶん陥没させ、そこを中心に全身に大きなヒビを作り上げていた。
割れていくヒビに沿うように、冬喜のデバフ効果がゼノルドの全身に迸っていった。
「――『炎鬼刀』」
テンジは着地と同時に炎鬼刀を召喚する。
さらにスキル『斬結』『噴炎』『炎々』を武器に上乗せし、最大の火力を発揮する準備を整えた。
炎鬼刀を逆手で握り締め、陥没したゼノルドの腹に焦点を合わせる。
そして――力強く、何に逆らうこともなく刀を突き刺した。
ゼノルドの全身に地獄の赤黒い炎が駆け巡り、体の中をぼうぼうと焼き焦がしていく。
ヒビからは僅かに地獄の炎が漏れ出し、最後にはゼノルドの両眼から勢いよく炎が噴き出てきた。
それを最後に、ゼノルドの瞳から生気が消えた。
すぐに体の端から硬質化が始まり、硬質化した傍からボロボロと灰のように崩れ落ちていく。
その現象が終わりを迎えると、死骸の痕には宝石大のアイテムが転がっているのをテンジが発見した。徐に手を伸ばすと風呂敷がほぐれるように宝石が開かれていき、一枚の紙――第75階層への通行許可証――へと姿を変えたのであった。
こうして彼らは第75階層へと向かう切符を手に入れた。
テンジがマジョルカに来て約130日と少し、冬喜はここに来て約二年半近くの時を要して、ようやくその目的が叶った。
世界規模の天才が二人合わさって、ようやくたどり着ける場所。それがこのマジョルカダンジョン――強いては、零等級ダンジョンと分類されるダンジョンの厳しさ。
奥底から達成感がこみ上げてくる。
「ようやくここまで来れた。もう二年半くらいたったのか……ありがとう、テンジ」
「冬喜くんもお疲れ。一人だったらもう少し後になってたかもだね」
冬喜とテンジは合流し、お互いに労いの言葉を掛けた。
テンジもずっとここを目指していたのだが、冬喜もずっとここを目指していた。だから、二人はようやくここまで来たという実感を噛みしめるように、衝動的なハイタッチをしていた。
そこに千郷がスキップしながら近づいてきた。
「お疲れ~」
片手にはすっかりお気に入りとなったブレンドミルクティーが握られており、もう片手にはマフィンが大量に入った茶色の紙袋が抱えられている。
マフィンをほいほいと口の中に頬張りながら、千郷もハイタッチを要求してくる。
テンジと冬喜は武装を解除しつつ、その小さな手とハイタッチを交わす。
その後も相変わらずリスのようにマフィンを頬張っている千郷に、冬喜は徐に疑問を投げかけた。
「そんなにそこのマフィン好き?」
「うん」
「オーナーにでもなれば? それで日本の出店させれば日本でも食べられるよ。千郷ちゃんならそれくらいの資金あるでしょ?」
「…………それ有り!! なぜ今まで気づかなかったんだ、私!!」
こうして千郷は気に入った店のオーナーになることを決意することになったのであった。
三人は75階層への通行許可証を握り締めながら、転移ゲートへと歩き始めた。
そうして間もなくゲートへと到着し、千郷が率先して口を開いた。
「――第75階層へ」
まさかテンジでも冬喜でもなく、千郷がその言葉を言うとは。二人の目標だったのに、横取りされた気分の二人は思わず苦笑していた。
テンジは零等級ダンジョン『マジョルカアイランド』、その最終階層へと辿り着いた。
そこで待ち受けていた事実――たかが学生であるテンジでは知る由もない真実が、そこには眠っている。
誕生の時は間もなく、もう猶予はない。