軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第104話

ブラックケロベロスの口内に黒い靄が球体上に渦巻いていた。

その攻撃を一度間近で見たことのあるテンジは、死を想起させる焦りを感じる。

(あの攻撃は!?)

テンジが初めてブラックケロベロスと出会ったとき、隣にいた青年が瞬きするほどの一瞬で眉間を貫かれたあの攻撃だ。

レーザーにも近い攻撃を、精密に、高速発射するスキル。

「ミナ! チェウォン! パイン! あの攻撃は絶対に食らってはダメだ! 絶対に避けるか、防ぐんだ!」

「何!? テンジは知ってるの?」

「僕は一度あの攻撃で眉間を貫かれて死んだ人を知っている! 眉間は特に注意して!」

「わかった!」

ミナはテンジの説明で瞬時に状況を理解し、盾にもなるバトルアックスを少しだけ上の方に構えた。

チェウォンは集中の過程に入っているのか、テンジの声を聞いてはいるだろうが返事をすることはなかった。ただじっと瞼を閉じて、MPの奔流を従えている。

そうして――。

先に技が完成したのは、ブラックケロベロスの方であった。

口内の黒い靄が一層と目まぐるしく回転を始め、攻撃の予兆を見せた。

ミナは咄嗟に大きな声を上げる。

「来るよ!」

その声とほぼ同時に、ほんの一瞬、黒い靄の回転が完全に停止した。

「グロォォォォォォォォォォォオッ!」

針ほどの細いレーザー攻撃が放たれた。

その攻撃はやはり、チェウォンの眉間を狙って一直線に放たれていた。

ミナはテンジの言葉通りの軌道上に攻撃が来たことに感心しつつ、その斜線を切るようにバトルアックスを斜めに構えた。

攻撃を受けるのではなく、流す防御を選んだらしい。

しかし――。

「えっ!?」

ほんの一瞬のことだった。

黒いレーザーは、ミナのバトルアックスをまるで意に介さずに貫き、そのままチェウォンの眉間目掛けて飛んできたのだ。

まさか自分の盾がこんなにも簡単に抜かれるとは思ってもいなかったミナは、必死の形相で後ろに控えていたチェウォンへと振り返った。

「チェウォンっ!」

手を伸ばすが、レーザーに届くことはなかった。

「えっ?」

ミナの必死の叫びが聞こえたとき、はじめてチェウォンは瞼を開いた。

その綺麗な瞳には、自分の眉間に向かってくる一閃の黒いレーザーが映っている。

その攻撃が自分を殺すために放たれたものだと知ってしまった。

だからなのか、チェウォンはミナに笑顔を見せた。その意味がわからずに、ミナはただ一心不乱に手を伸ばすが……やはり届かない。

なぜ届かないのだ、なぜ私は攻撃を防げなかったのか、なぜ、なぜ、なぜ……。ミナの頭には後悔という文字が浮かんでくると同時に、藁にも縋る思いで彼女の心の芯にいた、有名なヒーローの姿が思い浮べる。

もしヒーローがここにいたならば、未来は変わっていたのだろうか。

「――赤鬼ノ短剣、召喚」

チェウォンの背後からそんな声が聞こえてきた。

聞こえてくるだけで、その方向に振り向く余裕もないチェウォンは静かに目を閉じようとした。死を悟った。

そこにすぅっと眉間を守るように赤黒い短剣が横から割って入ってきた。

視界に突然入ってきた見覚えのない剣に驚きつつも、チェウォンは目を閉じるのをほんの一瞬止めた。

短剣とレーザーが衝突する、その瞬間。

「えっ?」

かくん、とレーザーが何かに干渉されたように曲がったのだ。

その瞬間をしっかりと見ていたテンジは、思わず素っ頓狂な声を上げる。

曲がったレーザーはチェウォンの右太ももを貫いていき、地面の土に焼き痕を作った。

(なんだ? 今の……)

咄嗟にチェウォンを守ろうとしたテンジは、寸前で曲がったレーザーに驚きを隠せないでいた。

赤鬼ノ短剣に屈折なんて効果はなく、明らかに第三者が介入してきたのだ。

「くっ……」

テンジが驚いているとき、太ももを打ち抜かれたチェウォンは痛みを堪えながら、膝から崩れ落ち傷口を片手で押さえる。

そこにミナもすぐに合流し、無事だったチェウォンを心配しながらもバトルアックスをブラックケロベロスに向かって構えた。

――その時だった。

「グロォォォォォォォォォォォオッ!」

黒レーザーの第二射が放たれた。

今度は短い間隔で三発、ミナとテンジ、明後日の方向に一発に高速で向かっていく。

そのどれもが全て眉間を捉えていたのだが、寸前で屈折するように曲がり、ミナの太ももを貫いていく。

明後日の方向からも「痛っ!?」と、太ももを打ち抜かれたパインの声が聞こえてくる。

この瞬間、ここにいる生徒三人の太ももが打ち抜かれた。

そう、たったの三人だけだ。

テンジだけは、ジュゥゥゥと音を鳴らす赤鬼ノ短剣を興味深そうに眺めていた。

テンジは難なくそのレーザー攻撃を赤鬼ノ短剣で受け流して見せたのだ。寸前で屈折して軌道を変えたにも関わらず、咄嗟に剣の位置と角度を調整して柔軟に対処した。

そうしてテンジだけが無傷なこの状況ができてしまったのだ。

すでに100%の戦闘ができない女子三人に、全く外傷のない青年が一人。

そんな周囲の状況を、テンジはすかさず察知した。

(うーん、なんで寸前になって曲がるんだ? こんなの前に会った個体はしなかった。……ん? あぁ、そういうことか)

「どなたか知りませんが、僕には干渉不要です! むしろ困ってます!」

『あら、ごめんなさい』

テンジが大きな声で森に向かって適当に話すと、テンジの脳内にだけ女性の声が聞こえてきた。

そのピアノの音色のような声には聞き覚えがあったため、テンジは誰の仕業だったのかすぐに気が付いた。

(まじか、リィメイ学長自らこの試験を見ていたのか。ということは、今のは光の屈折を利用した魔法系能力って感じか。なんでわざわざ太ももに照準を合わせて屈折させているのかは、よくわからないけどさ)

この状況で生徒に何を求めているのか、テンジにはわからなかった。

だけど、こうなった今でも教師の一人も姿を現さないということは、テンジには一つの可能性を想起させた。

(僕一人でブラックケロベロスを倒せってことだよね、これ)

激痛のあまり、ミナとチェウォンはテンジのすぐそばで顔を歪めながら、必死に立ち上がろうとしている。

正直、戦力として数えるのは酷というものだろう。彼女らは一等級天職を持つ未来の一級探索師と言えども、まだまだ十六歳の女の子だ。

太ももに穴を開けられて、涙を浮かべているのに、戦力にするわけにはいかない。

(パインは……)

パインは痛みに強いのか、すぐに立ち上がってはいるものの、太ももからの出血が止まらない様子だ。

このまま激しい行動を起こせばさらに血が流れてしまい、すぐに使えなくなる。

もちろん最初のうちに戦闘不能になっているジョージは、盾にすらならない木偶の棒だから考えるまでもなかった。

テンジは周囲の状況についてすぐに整理がつき、リィメイ学長が何を望んでいるのか理解してしまった。いや、理解したくはないのだが、理解できてしまったのだ。

その狡猾さに思わずため息を吐き、ブラックケロベロスをジロリと見返す。

「……リィメイ学長、聞いてます?」

『聞こえてるわよ。何かしら?』

「まだ、僕は人前でこの力を使ってはいけないんです。千郷ちゃんと約束したので」

『大丈夫よ。緘口令は私直々に行うわ』

「ならいいですけど……せめてもう数か月くらい待てなかったんですか? もう少しだったんですけど。本当にあと少しだったんです」

『いいじゃない、面白そうだしね』

「……わかりました。あー、あと……一応感謝させてください」

『何が、かしら?』

「僕にとってブラックケロベロスは、いつかは乗り越えないといけない壁でした。それを用意してくれたことにです」

『そう、それは結果良しね。まぁ、私もさすがにブラックケロベロスが出るとは想定外なのだけれどね。じゃあ、頑張って』

そこでリィメイ学長とのリンクが解けたような感覚があった。

脳内でぶつりと何かが切れたような気がしたのだ。

「テンジ……逃げて」

その時、すぐそばで苦痛に顔を歪ませていたミナが、テンジの足にしがみつき顔を見上げて言った。

自分はもう使い物にならないと判断したのだろう。

しかし、テンジは冷静に笑って答える。

「ごめんね。僕はもう逃げないって決めたんだ」

優しくそう言うと、ミナの手を振りほどいて前へと歩み出た。