軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92 天使様とぎゅー

「……真昼」

食後、樹の言っていた事を思い出して周はためらいがちに彼女の名前を呼んだ。

隣に座っていた真昼が「はい?」と首をかしげつつ、こちらを向く。

「あー、あー……なんだ。その、だな」

「はい」

何か言いたい事があるのだろう、といった態度で大人しく周の言葉を待っている真昼に、周はどう言ったものかと悩んだ。

別れる時に「抱き締めるくらいの甲斐性とか度胸持てよ」と全力で背中を物理的に押された、という理由はあるが、本当に抱き締めても許してくれるのだろうか、という好奇心にも似た興味がある。

それに、真昼は細くて柔らかくていい匂いがするので、やはり年頃の男としては触りたくなる、というのも少なからずあった。こればかりは、青少年なら誰にでもある衝動のようなものだ

ただ、馬鹿正直に「抱き締めてもいいか」なんて聞くのはまずい。何を考えているのかと白い目で見られる可能性がある。

かといって、急に抱き締めても拒まれそうで、いかんともしがたかった。

「……来週はテストだな」

なので、弱気になって話題を変えてしまった。

明らかに本題ではないだろうと分かっていそうなものだが、真昼は周が話す気がないと分かったらしく苦笑。

「そうですね。まあ、今回はそう範囲広くないですから楽と言えば楽なものですけど」

「おう」

急な話題にも真昼は対応してくれたが、自分の情けなさと度胸のなさが突きつけられている気がして胸が重かった。

はあ、とついついため息をついてしまう。

「……どうかしたんですか?」

「いや……俺ほんと駄目だな……」

「なんで自己否定。誰かに何か言われたんですか?」

「いや今回のは違う」

自分のへたれ加減に絶望しただけである。

「まったくもう。よく分かんないですが元気だしてください」

周の頭に手を伸ばして撫でてくるので、周は拒むつもりもなく好きにさせる。

真昼の手つきは、丁寧で優しい。何というかまどろみを誘う柔らかいもので、撫でられるとつい体から力が抜けそうになる。

すっかり先ほどまでの緊張もほどけていき、つい真昼にされるがままになっていた。

「はー……言えるかよ……」

「何をですか」

「抱き締めてもいいかとか」

「言ってますね」

ぱち、と瞬きをして真昼を見ると、真昼もこちらを見上げている。

「……聞かなかった事には?」

「出来ませんね」

無茶な事言わないでください、と言わんばかりに瞳を細められて、周は頬がひきつるのを感じていた。

本当に、話すつもりはなかったのだ。

幾らなんでも交際してない異性がそれを言うのはまずいのではないかという理性とへたれさが故に押し留めていたのに、気が緩んでうっかり洩れてしまったのである。

恐る恐る真昼を窺うが、真昼は気持ち悪がるでもなくきょとんとした、どこか呆けたような驚いたような、気の抜けた顔をしていたものだから、こっちが驚いてしまう。

「それくらいなら別に怒ったりはしませんよ。周くんも男の子なんだなってくらいですかね」

「……その納得のされ方も嫌なんだが……」

「違うのですか?」

「別に誰でも触りたいって訳じゃないし」

男の子だからという理由なら、女なら誰でもいいという事になってしまう。

周としては、真昼だからこそ腕に収めたいし、柔らかさを堪能したい……と言ったら変態のように聞こえるが、触りたいのであって、たとえどんなグラマラスな美女が宛がわれてもノーと言う自信がある。というか見知らぬ女性は、どんな意図があれみだりに触れたくないが。

周がきっぱりと否定した事に、真昼は固まった。

それからうっすらと白磁の肌が内側から淡く染まり出して、再び失言をしてしまったと気付いてしまう。

こうなるとこちらも恥ずかしくなって居たたまれず、頬が熱を帯びて視線を右往左往させた。

「その、あー」

「……ぎゅー、しますか?」

おずおず、と切り出されて、周は言葉を詰まらせた。

したいと言った、というか洩らしたのは確かにこちらなのだが、まさか本当にさせてくれるとは誰も思うまい。

もちろん真昼は誰にでもこんな誘いをかけてくる訳ではないし、周を信頼してそう言ってくれているとは分かっていたが――その申し出は、周の心臓に非常に悪い。

頬を染めて僅かに潤んだ瞳で上目遣いされて、その上でそんな風に言われて、理性の歯止めが利く訳がなかった。

おずおずと、真昼に手を伸ばして、華奢な体を腕で包み込んで薄い背中に手を回す。

こうしてちゃんと抱き締めるのは二回目なのだが、真昼が泣いたあの日とは違って、真昼は自分の意思で周の腕の中に居る。

なんというか、あの日はあまり感触なんて確かめられなかったが、今こうして抱き締めてみれば、改めて細くて頼りないと思ってしまう。肩幅は狭いし腕は細くて折れそうだ。

その癖、なんというか……胸元から鳩尾にかけてあたる柔らかいものは質量がはっきり感じられるので、真昼のスタイルのよさを全部堪能してしまっている。

首筋から強く香る甘い匂いは、とてもよくない気分になりそうだった。

ただ、むらむらすると言えばそうなのだが、落ち着く、というのも本音だ。

すっかり真昼が側に居て安心するようになったというか、触れていて幸せな気持ちになる。

「……周くん、一回三十秒のハグでストレスは一日の三分の一分減るそうですよ」

腕の中で僅かにみじろぎした真昼が小さく呟く。

「九十秒したら全部なくなるのかね」

「さあ。……でも、今日のストレスはなくなっていってる気がします」

「そうかい」

「今日は色々と聞かれましたからね」

その言葉に、今日の真昼がクラスの女子達に言っていた事を思い出す。

「あー。……その、……一番大切な人、って」

ためらいがちに聞いてみれば、周の胸に顔を埋めていた真昼が顔を上げた。

表情は、恥ずかしそう、というものではなくて、どこか寂しげな微笑みだった。

「……私にとって、世界って小さいんですよ。好きな人も掌に収まるくらいにしか居ません。小さな箱庭に住んでいるのです。……周くんは、その中で一番近しくて大切な人、です。私を、私でいいと言ってくれた人」

「……真昼」

「だから、周くんはもう少し自信を持ってくださいな。堂々としてればいいのですよ」

卑屈なんですから、と苦笑いを浮かべる真昼に、少しだけ目頭が熱くなった。

「していいと思うか?」

「もちろん。私を励ました時の勢いでいいのですよ?」

「……そっか」

「自信がなくなったらいつでも私が背中を押してあげますし、ぎゅっとしてあげます。心強いでしょう」

「ん」

なんとも力強い言葉をくれた真昼に、周は表情を隠すように真昼の肩に顔を埋めた。

支えているつもりで支えられているなんて笑えなかったが、それも自分らしいのかもしれない。

「……周くんのストレスは抜けました?」

「もう少しさせてくれ」

「はいはい」

少しだけ甘えるように真昼にもたれると、真昼はわざとらしく仕方なさそうに返事しつつ笑った。