軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08 天使様はエコで庶民的

「あ」

鈴を転がすような声が、背後から聞こえる。

最近は聞きなれてきた声ではあるものの、ここはマンションではない。近所のスーパーマーケット、その菓子売り場である。

一応人の目がある場所で彼女が周に反応するとは思ってもおらず、周も困惑しながら振り返ればやや目を丸くした真昼が立っていた。

手にはスーパーのかごが提げられており、中には本日の夕食に使うのか大根一本と豆腐、鶏もも肉に牛乳が入っている。

菓子売り場にふらりと立ち寄ったところで周と遭遇した、そんなところだろう。

「言っておくが、たまたまだ。尾行してる訳じゃないからな」

「知ってます。最寄りスーパーが互いにここな事くらい分かりますので」

先んじて言えば「むしろ何でそういう発想になったのか」と呆れた風にこぼして手にしているメモに目を通している。

きっちりと必要なものを書き留めているのは几帳面そうな真昼らしい。

可愛らしい花柄のメモに書かれた内容にしっかりと目を通したらしい真昼は、お菓子コーナーには見向きもせずその向かい側にある調味料の棚を眺めている。

しょうゆとみりん、と可憐な声で実に家庭的な品物を探している姿は、可愛らしくもあったがなんというか不思議な気分でもあった。

「みりんはこっちだぞ。ほら」

「あ、そっちじゃなくてみりん風の方です。未成年じゃ買えないですから」

「これ酒扱いなのか」

「甘いお酒扱いですからね。料理酒は塩を添加して飲用ではなくしてるので未成年でも買えますけど」

みりんを渡そうとすればそう言って首を振り、みりん風調味料をかごに入れている。

清々しいほど家事をしない周には初耳だったので、おもわず「へえ」と相槌を打ちながらぱたぱたと動く彼女の背中を視線で追いかける。

醤油が陳列されている棚をじーっと見ている真昼は、値段の書いたポップに気付いたようでむむ、と眉を寄せていた。

「……大特価お一人様一本限り……」

予備も買おうとしていたらしい真昼が残念そうに呟き、こちらを見てきた。

「……買えばいいのか」

「話が分かる人で助かります」

彼女の言わんとする事は察したので苦笑しつつ醤油のボトルを手に取れば、満足げに唇がほんのりと弧を描いた。

「……案外節約するんだな」

「節約、というよりは安く済むなら済ませるだけです。無駄があれば省くでしょう」

「日本人らしい気質というかなんというか。……ま、親からの仕送り生活ならそうだわな」

周も一人暮らしといえど、親に養ってもらっている。

割と裕福な家庭に生まれたからこそああいう綺麗で安全なマンションに住まわせてもらっているし、本当に親には感謝している。学費もあるし仕送りもそれなりにかかるので、なるべくではあるが無駄遣いは避けていた。

「……そうですね。養ってもらっているのですから、節制は大切です」

真昼は淡々と返してかごの中身を整理している。熱を奪ったような冷えた声だった。

一気に平坦な声になった真昼にたじろいだが、真昼が顔を上げた時にはもういつも通りの顔になっている。

一瞬だけ垣間見せた昏い瞳は、もう見えない。

「……ところで、あなたそれ買うんですか」

話を変えるように、真昼は周の持っているかごに入っていたレトルトの白米とポテトサラダを見て問いかける。

真昼から分けてもらう料理はもちろん美味しいのだが、それだけでは足りなくなってしまったので、普段はこうして主食とおまけのサラダを用意していた。

「晩飯だからな」

「不健康」

「やかましい。サラダ買ってるだろ」

「ポテトサラダですけどね。……どうしてその生活で体を壊さなかったのか……」

「大きなお世話だ」

もっと野菜を食べるべきでは、と瞳を眇めてこっちに無言の圧力をかけてくる真昼に、周はそっぽを向いてやり過ごした。

何だかんだちょこちょこ話しつつも会計が済んだのでレジ袋に買ったものを詰めるのだが、真昼は鞄の中からエコバッグを取り出してせっせと詰めている。

実に環境的で庶民的な天使様である。

しかし、詰めるのはいいのだが、量が多すぎるのではないかと少し不安になった。

牛乳に醤油、みりん風調味料の時点で三リットルはあるので、水と比重は違うだろうが確実に三キログラムはあるだろう。その上で食材、それも大根一本丸々買っているのだから、まあ重い筈だ。

綺麗に詰め込んでまとめているが、これを手にしてマンションまで帰るのは地味に重労働なのではないか。

(結果的に俺が居るから調味料と食材は多目に消費してるんだよな)

おそらく、いつもより多目に作った上で分けているのだろう。いつも分けてもらう分は普通に一食分に近いので、多く作りすぎるからとは言っていたが、最近はわざと多く作っている筈である。

結果的にかなり世話を焼かれているので、さすがにここでなにもしないというのは男が廃るだろう。

詰め終わったところでエコバッグの持ち手を掴んで持ち上げれば、周にはそう重くないが女子には長く持つのは一苦労の重量を感じる。

真昼も運動はかなり出来るようだが、純粋な腕力とはまた別だろう。というか服越しでも分かるほっそりとした二の腕に力を求めるのは無理な気がするのだ。

周の行動に、ぱち、と焦げ茶の瞳がまたたく。

驚いたようにも、感心したようにも見える。

「……別に奪おうってわけでは」

「それは心配してないです。……別に、それくらい持てますよ?」

「こういう時くらい素直に甘えといた方が可愛げがあるぞ」

「まるで可愛げがないという言い方」

「学校での態度と俺に対する態度を比べてから言え」

それは自覚しているのか、真昼がややたじろいだ。

学校で見せている、誰もが認める優しく温厚で謙虚な面を、周には見せていない。

正しく言えば、周にも優しくはあるが、言葉が端的と言えばいいのか。彼女の中では周用のオブラートの在庫はないらしい。いつだって率直な意見を述べる。

嘘をつかれるより余程よいので、周としてはあまり気にしないのだが。

真昼が口をつぐんだのを好都合と見た周は、たくさんの食料品が詰まったエコバッグと自分の荷物を手に、すたすたと出口に向かう。

後ろで慌てたような気配がしたが、周は構わなかった。距離が空こうがお構いなしに進む。

彼女の歩幅に合わせて待ってやりはしない。

ただでさえスーパーでは側に居たのだ。隣に並んで帰宅している所でも誰かに見られれば、面倒な事になるだろう。

互いに、この距離が一番都合がいいのだ。

無関係を装って大きな荷物を携え先を急ぐ周の背中に、小さく「……ありがとうございます」と声がかけられた気がした。