軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64 天使様と毒のある薔薇

その日は、天気が悪かった。

窓の外を見れば、どんよりと重い色の雲が空に敷き詰められていて、日の光は一筋も見えない。空から何か落ちてくるのなら、光よりも先に雫だろう。

そのせいか、もう三月も後半だというのに肌寒い。

暖房を入れてソファに腰掛けるものの、なんというか落ち着かない。視線がつい真昼の部屋の方向を見てしまう。

おそらく、今日何かしら真昼の親が真昼に接触を図るのではないだろうか。

今日は夕飯を作らないと言っていたのは、恐らく会った後の感情を顔に出さないためなのではないか。

あんな傷付いたような表情をした真昼を思い出すだけで、胸のあたりがもやもやと澱が溜まったように不愉快な気分になる。

たまらず『もし何かあったら連絡してくれ』なんてメッセージを送ってしまうくらいには、心配だった。

そんな落ち着かない状態で部屋を見回していても仕方ないので、一旦夕ご飯の確保にスーパーに向かった。

買い出しをする時も、どうしても頭にちらつくのは真昼の顔だ。あんな顔をさせる親と会うなんて、相当辛いのではないだろうか。

どこか怯えたようにも見えたあの表情に自然と唇に力がこもる。

不審者に見られないようにすぐに表情を戻したものの、どうしても気分は明るくならない。

買い物かごに惣菜を入れる手つきもやや乱暴になってしまって微妙に中身が暴れてしまい、ちょっと後悔した。

はあ、とため息をつきながら商品を精算して、ゆっくりと曇天の下帰って――そして、自分の家があるフロアにエレベーターで戻った時に、異変を感じた。

自宅に繋がる廊下に足を踏み出そうとして、止めて陰に一度身を隠す。

真昼の部屋の玄関の前に、二人ほど人が立っていた。

一人は、見慣れた亜麻色の髪の少女、真昼だ。

そしてもう一人、こちらは見慣れない女性だった。

少し遠目に見た感じではあるが、かなりの美人といえる女性だ。

小柄な真昼と対峙しているからこそ分かるが、その女性は背が高い。真昼との差を考えて小柄な男子程度には背丈があった。

それでいて大柄に感じさせないのは、その女性のプロポーションが均整とれたものだからだろう。体に合わせたパンツスーツからでも窺える起伏に富んだ体つきは、女性の理想体型の一つと言える程にバランスが整っている。

セミロングの明るい茶髪をゆったりと肩に流した姿は、貫禄があった。

しっかりとアイラインの引かれた瞳は化粧を抜きにしても気の強さを主張していて、真昼と対峙していても眼差しの鋭さが和らぐ気配はない。

かなりの美人ではあるが、あまりにも顔立ちも雰囲気も鮮烈で、どこか近寄りがたい、そんな印象だ。いかにもやり手の女性といった雰囲気を醸し出している。

真昼が清楚な百合と例えるなら、彼女は鮮烈で華美な薔薇、と言えるくらいに、雰囲気や見た目の質が違う女性だった。

「ほんと、可愛げのない子ね。あの人によく似てるわ。鬱陶しい事この上ない」

そんな声が紅の引かれた唇から漏れて、周は目をみはった。

真昼と話しているという状態から彼女の母親だとは察していたものの、母親の口が侮蔑にも近い響きの言葉を実の娘に向けた、という事実に愕然としていた。

あれは、実の親が娘に向けていい言葉でも表情でもない。

あんな態度を実の親から取られたら、誰だって傷つくに決まっているだろう。これを、真昼は我慢してきたのか。

「せめて私に似たならまだよかったものを……あの人に似てしまったから。まあいいわ、大学を卒業すればほぼ無関係になるのだから、気にしても仕方ないし。必要な書類については今まで通り郵送でいいわ」

「……はい」

「じゃあね。今後余計な事で煩わせないで頂戴ね」

か細い声で返事した真昼に鼻を鳴らして、踵を返した。

エレベーターホールに向かってくるので、微妙に気まずさを覚えつつも周も廊下に出る。

すれ違い様に彼女はちらりとこちらを見たものの、何も言わずに去っていった。

立ち止まっていた真昼は、周の姿を認めてくしゃりと顔を歪めた。

「……聞いてたんですか」

「ごめん」

嘘はつけず、素直に謝った。

盗み聞きをするつもりはなかったが、あのタイミングで出る訳にもいかなかった。

それに、今の真昼を放っておけなかった。

「その、あの人は」

「……椎名小夜。私の実の母親です」

最近は柔らかい表情が多かったが、今の真昼は出会った当初よりもずっと硬質な雰囲気で、しゃべる度にぎしりと軋んだような音がしそうな程にぎこちない。

「元々、私も母に嫌われてるのは知っていましたし、今更って感じですのでお気遣いなく」

声音は淡々として抑揚がないもの。

それが強がりだと言い切れるくらいには、周は真昼を見てきたし側に居たつもりだった。

苦しい、痛い、辛い――そんな感情を押し隠している事なんて、すぐに分かる。

静かに部屋に戻ろうとした真昼の手を掴んでしまったのは、無意識なものだ。

ただ、おそらくその無意識は正しい。

このままだと、真昼は良くない方向に思考を持っていきそうだから。

きょとん、とした後にほんのりと弱々しい笑顔を浮かべて周の手を優しく振りほどこうとした真昼に、周は離すものかとしっかりと手を握る。

締め付けないように、それでいて強く握った手首は、驚くほど頼りなかった。

「一緒に居ろ」

周が普段真昼には向けない強い言葉で告げると、真昼はくしゃりと顔を歪めて、困ったように微笑んだ。

「……別に、平気ですよ? 周くんが心配しなくても」

「俺が一緒に居たいから言ってるんだよ」

我ながら俺様のような発言だと思ったが、発言を引っ込めるつもりは更々なかった。

まっすぐに真昼を見つめると、真昼は弱りきったような笑顔を浮かべて、それから抵抗の力を抜いた。

それを承諾だと強引に受け取った周は、真昼の手を引いて自宅に入った。