軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 天使様と新学期

新学期が始まったものの、別にこれといって変わったという事はなかった。

皆思い思いの冬休みを過ごしたようではあるが、夏休み明けのような変化がある訳でもない。誰かが思いきったイメージチェンジをした、なんて事もなく変わらない顔触れだ。

普段のクラスの喧騒より幾分か騒がしいクラスを眺めながら静かに席についていた周に、影がさす。

「よう周、元気そうだな」

「お陰様でな」

周より後からクラスにやってきた樹だが、樹も変わった様子はない。

クリスマス以来会ってはいないのだが、相変わらずの軽薄そうな笑みである。

「どうだ、いい年末を過ごしたか?」

「……まあ、それなりにな」

「なんだよ言い淀んで。なんか進展とかあったのか?」

「進展ってお前なあ……そういうのじゃねえし、何もなかった」

本当は何もなかった訳ではないのだが、互いに本意ではなかったが真昼がうちに泊まった、なんて言える筈もない。

言えば千歳に伝わり、二人してからかいやひやかしを入れにくる事は想像に難くないのだ。

それ以外は別に両親が来て初詣に行ったくらいなので、何もないと言える範疇だろう。

「……ふーん?」

「別に何もねえよ」

「まあそれならそれでいいんだけどさ」

やけににやっとした笑みにやや苛つきを覚えたものの、突っ込んでも面倒くさいだけなので流しておく。

話を逸らすためにも何か話題を……とクラスを見回してみたが、特に変わった事はない。

女子が学年の王子こと門脇の側に居るのも相変わらずだ。囲まれてる本人はやや困った顔をしているのも、周囲の男子が地味に妬ましそうにしているのも、変わらない。

「相変わらずだな、あれ」

「まあいつもの光景だよなあ」

所詮他人事と眺める周と彼女持ちで他の女子に興味のない樹は、門脇の人気っぷりに苦笑しつつ他に変わった事はないかと周囲に視線を移動させていた。

「そういえば、椎名さん彼氏居るんじゃないかって聞いたんだけど」

数人の女子が固まって話している内容が聞こえて、周は体を強張らせた。

「あ、リサが言ってたよね。初詣に行ったら男の子と手を繋いでいたの見たって」

「言ってた言ってた。椎名さん誰にもなびく気配なかったけど、彼氏居たからなのかな」

「結構かっこいい人だったらしいけど、学校では見たことないってさ。他校の人なんじゃないかって」

心なしか、クラス中の視線が会話する女子達に向かっている気がした。あの門脇ですら、彼女達に視線を向けて話に耳をそばだてている気がする。

樹の視線だけは、こちらに向いているが。

「なあ周」

「知らん」

「まだ何も言ってない」

「関係ない」

「左様で」

小声で突っぱねた周に樹は苦笑し、それからひょいっと周の前髪を持ち上げた。

「まあ、お前割と顔いいよな」

「お前に言われてもからかわれてるようにしか思えん」

樹はお調子者であるが、見た目はやや軽薄な雰囲気を感じさせるもののイケメンの分類に入る。

そのイケメンにまあまあ顔がいいと言われても嫌味のように聞こえるのだ。

自分の見かけはそれなりによいがイケメンと言われるほどでもないと自覚している周としては、わざわざ顔の評価なんて聞きたくないものである。

ぺいっと前髪に触れる彼の手を払いつつ眉を寄せてみれば、樹の苦笑が届く。

「お前ってそういうやつだよなあ」

「うるせえ」

「まあ、らしいと言えばらしいよ」

そっけない態度のままの周に、樹は怒る事なく笑った。

「学校で噂になってたな」

夕食後、ダイニングテーブルの席について向かい合ったままこぼせば、真昼もどういう意味なのか理解したらしく表情を強張らせた。

一番困ったのは真昼だろう。

噂を聞く限り一応相手が周だとはばれていないらしいが、それでもいきなり彼氏居るのとかそういった詮索を周囲にされれば疲れもする。だから今日は周の家にやってきた時から微妙にぎこちなさがあったし、歩みが重かったのだろう。

「……周くんだとはばれてないのでいいですけど、すごく誤解されて誤解をとくのが大変です」

「手を繋いでいたくらいで彼氏になるもんなのか」

「知りません。とりあえず知人だときっちり否定しておきました。あとは噂が収まるのを待つだけです」

「ん、まあそうするしかないよな」

流石に自分が彼氏と誤解されるのは可哀想なので、出来れば早く噂に収束してもらいたい。一々他人にあれは彼氏なのかと聞かれ続けるのはストレスになりそうだ。

周としても、噂を聞く度に申し訳ない気持ちやら恥ずかしい気持ちやらで落ち着かないので、さっさと忘れ去ってほしい。

はぁ、とため息をついた周だったが、真昼はそっと瞳を伏せているだけ。

「……そんなに、恋人に見えたのでしょうか」

「さあな。俺からしてみれば、俺ごときが真昼の彼氏とかあり得ないけどな。もっと有能なイケメン選ぶだろうし並んでいても彼氏よりは知人だと思うけど」

「ごときじゃないです」

「え?」

思ったよりも強い声で返されて思わず真昼を改めて見つめると、真昼は先程の憂いを帯びたような表情ではなく、何故か少し……怒ったような、気の強さが透ける表情を浮かべていた。

「周くんは割と自己評価低いですけど、そんな事ないです。周くんはよく出来た人だと思います。優しくて、気遣いが出来て、紳士的で、その、すごく人柄は、よいと思います。……おしゃれした時は、すごく、かっこいいと思います、し」

自分の事を褒めてるのか疑うような褒め言葉が続くので、周も自然と頬が赤くなる。

まさか真昼にそこまでよく思ってもらっているとは思わなかったのもあるし、あまりに真剣に言っているものだから褒められる側として照れてしまう。

真昼は真昼で徐々に言っている言葉に気恥ずかしさを覚えているらしく、途中からたどたどしく躊躇いがちに。

それでも本音という事ははっきりさせようと周の瞳を見て伝えてくるので、余計に恥ずかしかった。

「そ、そうか……ありがとうな」

「……だから、あの、その……そんなに、卑下しないでください」

「お、おう……」

あそこまで正面から褒められると、それを違うと否定なんて出来ない。謙遜すら許されないような空気。

淡く頬を染めた真昼が俯いて恥ずかしさに震え出すので、周は周でわき上がるもどかしさと羞恥をどこにやればいいのか分からず、小さく唸った。

「……その、……食器洗ってくる」

「は、はい」

とりあえず周が出来たのは、その場を誤魔化して逃げる事だった。

戦術的撤退と言ってもいい。彼女の羞恥に震える姿を視界に収め続けるのは、心臓にとても悪かった。

すぅ、はぁ、と深呼吸をしてから立ち上がって食器をまとめてシンクに運ぶ間に、真昼はリビングのソファに沈み込んでクッションに顔を埋めていた。彼女は彼女で慣れない賛辞に悶えているようだった。

そんな姿に、周は小さく「そんな恥ずかしいなら言わなければよかったのに」とこぼしたが、真昼の言葉に少しだけ胸が軽くなったような気がする。

肯定された事に、少なからず安堵してしまったのだろう。

それを自覚しつつもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいので、冬場なのに冷水を使って無心で皿を洗う周だった。