軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45 天使様としあわせの空気

「真昼ちゃん、料理うまいわねえ」

初詣から帰って来て少し休めばもう夕方で、真昼は着替えていつものように夕食の準備を始めたのだが……周の家に一泊する志保子が手際を観察するべくキッチンに居た。

車で数時間かかる距離の実家なので、疲れているし元々一泊する予定だったらしい。家主の許可を取ってほしかったが、本来の家主は修斗なので文句は言えない。

幸い布団は万が一の来客用に一応一組余っているので、二人で使うのだろう。実家でも一緒に寝ているので、大して変わらない。

「ありがとうございます」

「ほんと、女子高生なのに上手よねえ。私が女子高生の頃なんてこんなに出来なかったわあ」

「母さん今でも真昼より出来ないだろ」

「何か言ったかしら」

「別に」

キッチンからワントーン下がった声が飛んできたので、周は知らない振りをしておきソファの背もたれに体を預けた。

隣でくつろいでいる修斗が「あまり志保子さんをいじめない」と窘めてきたが、普段いじめられ、もといからかわれているのはこちらなのでこれくらいの仕返しは許容範囲だろう。

知らぬ存ぜぬを通す周にキッチンから「失礼しちゃうわ」という声が聞こえたものの、すぐに真昼に明るい声で話しかけている。

真昼も志保子に話しかけられて戸惑う事なく返していた。大分志保子の勢いと性格に慣れたようで、穏やかな表情を浮かべている。

遠目に二人が仲よさそうに調理しているのを眺めて、周はそっと安堵のため息をついた。

「志保子さんは、相当椎名さんの事を気に入っているね」

同じように二人の背中を眺めていた修斗は、微笑ましそうにしている。

「まあ、器量いいし可愛いし性格もいいから、母さんが気に入るのは予想出来ただろ」

「周はどうなんだい」

「……別に、普通にいいやつだと思うし、可愛いと思ってるよ」

「そうか」

さりげないチェックかと思ったが、修斗の性格上あまり詮索はしないタイプなので純粋な興味なのだろう。

周の返答に、それ以上追及をしない。

「周が毎日食べたくなる料理、楽しみだなあ」

「味は保証する。母さんが余計な事しなければ」

「心配しなくても志保子さんは椎名さんの料理を食べたがってるから、あくまでお手伝いくらいだよ」

「それならいいけど」

別に志保子は料理が下手という訳ではないが、真昼のような繊細な味付けとは違った大雑把な味付けをする事が多い。

繊細な味付けは修斗の担当であり、志保子は量と楽さを優先している。

勿論食べ盛りの息子を持った主婦ならそれは当たり前に近いのだが、周の好みは真昼の作った計算され尽くした味であり、真昼の料理の魅力を損なわれるのは嫌だった。

幸い志保子も真昼の手伝いに留めているらしいので、ほっと吐息をこぼして二人の調理風景を眺めた。

「うん、美味しいね」

「ありがとうございます」

流石に普段二人で使ってぴったりなダイニングテーブルでは四人食卓を囲む事は不可能なので、納戸にしまっていた大きめの折り畳みの机を取り出しての夕食となった。

修斗の素直な感想に安堵した真昼は、体から少し力を抜いている。

調理実習でもない限り手料理を周以外に食べさせる事はなかったらしく、些か緊張していたようだが……修斗の柔らかな笑みにようやく強張りもとけたらしい。

「すごく美味しいわ。これなら一人暮らしでも結婚しても困る事はなさそうね」

こちらを見ながらしみじみと呟く志保子に頬がひきつりかけたものの、無表情を保って味噌汁をすする。

出汁のきいた滋味深い味は随分と馴染み深くなってきたもの。

真昼の味付けにすっかり慣れ親しんでしまっていて、真昼の料理以外をあまり食べたくなくなってしまうのが、毎日手料理を食べる際の難点だろう。

「周、感想は?」

「もちろん美味しいよ。いつもありがとな」

志保子に求められずとも言うつもりだったのだが、急かされてしまった風に聞こえるだろう。

二人きりの場合は毎日美味しいと伝える事は忘れていないが、両親が居るので控えていたのだ。結果的には失敗であったが。

今回もいつものように褒めたのだが、真昼は何だかんだそわそわ、というか居心地悪そうに身じろぎしつつ「……はい」と小さな声で返事した。

ほんのりと頬が朱を含んでいるのは、恐らく両親が居るからだろう。

三人から立て続けに褒められれば、周に感想を言われ慣れている真昼でも多少なりと照れてしまったに違いない。

「可愛いわねえ真昼ちゃん」

「志保子さん、あまりからかわない」

「からかってるつもりはないのよ。本当に、今時珍しいピュアないい子だなあと思っただけよ?」

「そ、そんな事はありませんので……」

「まあ、それはあるな。ピュアっつーか純情っつーか」

「周くん!?」

ピュア、というのは間違っていない。大して見かけがいい訳でもない男がシャツの前を開けたのを見ただけで顔を赤くしたので、純情且つうぶと言ってもいいだろう。

「あらあら、私達が知らない間に何かあったのかしら?」

「別に何も」

「何もありませんっ」

真昼からも否定の声が飛んできた。

純情やピュアは別に貶している訳ではないのだが、あまりそう言われるのは嫌らしい真昼が強く否定しているので、周もそれ以上口にする事はしない。

「まあ、私は周が椎名さんを傷付ける事がなければ好きにしていいと思っているけどね。からかうのはほどほどにするんだよ、周」

「分かってるよ」

「……ほら、からかってるじゃないですか」

「純情ってのは本気だった」

隣に居た真昼に、机の下で腿をぺちりと叩かれた。

頬を赤らめてこちらをほんのりと睨んでくるので「ごめんごめん」と返せば、端整な容貌にむっとした表情が浮かぶ。その仕草が妙に可愛らしくて、周は真昼に怒られないように笑みをこらえた。

「……なんというか、こう、私達が見せてるようなものを目の前で見せられてるのよねえ」

「いいんじゃないかなあ。周もいつになく表情が柔らかいし」

「ん、ごめんな母さん達の分まで作らせて」

夕食を終えて二時間程談笑したところで、お開きとなった。といっても両親はリビングで寝るので、帰宅するのは真昼のみになるが。

両親には先に風呂に入ってもらっているので、周一人が彼女を送りに外に出た。見送る必要はないのだが、一応念のためと、今日あった志保子達の無茶ぶりを謝るためでもある。

「いえ、大丈夫ですよ。楽しかったですし」

「そうか」

気分を害した様子がないのは幸いだった。

むしろ、楽しそうだったのかもしれない。

「……それに……」

「それに?」

「……少し、しあわせな気持ち、分かったので」

か細い声で吐息にも似た呟きを口にした真昼が浮かべるのは、どこか寂寥を伴った笑みだった。

風が吹けばかき消されてしまいそうな、そんな儚い笑顔。瞳にかすかな憧憬が混じっているのが分かるようになったのは、周が彼女の家庭環境を察してきたからだろう。

なんだか放っておけなくて、周はたまらず彼女の頭に掌を載せて、わざと少し乱雑な動作で撫でた。

嫌がるような表情は浮かばず、ただ驚いたように周を見上げてくる。

「な、なんですか」

「別に」

「別にじゃないです……髪ボサボサになっちゃいます」

「どうせ風呂入るだろ」

「それはそうですけど」

「……駄目だったか?」

「だ、駄目じゃ、ないですけど。……せめて、事前に言ってください」

「触った」

「それは事後報告です」

「ごめん」

先に言えば遠慮なく触らせてくれるんだな、と思ったものの飲み込み、素直に謝ると真昼は小さなため息をついた。

「全く……私だからいいですけど、本当は女の子の頭は軽々しく撫でるのはよくありませんからね」

「いやお前しかしないし……」

異性の体の一部に触れていいのは、基本親しい人間のみだと分かっている。陽キャのように気軽にスキンシップなんて、周には出来ようがない。

一応、真昼とは親しい分類に入ると周は思っているので真昼が嫌がってない事を確認しつつ触れてしまうが、真昼以外にはしようとは思わない。

そもそも、触れようとすら思わない。望むのは精々悪戯をした千歳にお仕置きする時くらいである。

他に触る訳ないだろ、と付け足せば、真昼は頭に載せた掌を振り払う事なく大人しくなる。

「……見てて思いますけど、周くんは修斗さんそっくりです。彼と知り合って間もない私でも分かります」

「どこがだよ。性格も顔もそんな似てないぞ」

「……そっくりです、本当に」

今度は大きくため息をこぼした真昼にちょっとむかついて頭をまた撫で回したが、彼女は嫌がらなかった。

(……そんなに似てるか?)

確かに隣に並べば歳の離れた兄弟に間違われるが、周と修斗は雰囲気が正反対だ。

性格も、正反対とは言わないが間違いなく似ていない。

それなのにそっくりとはどういう事なのだろうか。

疑問は幾つも浮かぶが、真昼はそれ以上何も言うつもりはないのか、瞳を細めて周にされるがままになっている。

思う存分撫でてから手を離せば、真昼はハッと我に返ったらしく周を見上げて微妙にうろたえていた。

「なんだ、もう少しして欲しかったか?」

からかい混じりに聞いてみれば、真昼のうっすら赤らんだ顔による「からかわないでくださいっ」と反論がきたので、この辺でやめておこう。

どうやらご機嫌ななめになってしまったのか、不服そうな顔を隠さず自宅のドアを開けて中に身を滑らせてしまう。

ちょっとやり過ぎたかな、と後悔したのも束の間、真昼がドアの隙間からこちらを覗いてくる。

「……周くん」

「何だよ」

「……周くんの、ばか」

淡く紅色に色づいた頬で拗ねたような、それでいてほんの僅かに甘えるような響きの言葉を紡ぎ、扉を閉めた。

(……ばかはどっちだ)

真昼のせいで、心臓が突然跳ねてしまったではないか。

そっとため息をついて、周はしばらく熱を持った体を冷やすべく廊下の壁にもたれて、いつもより白く感じる息を吐き出した。