軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

300 ホワイトデーの予定

「あれ、藤宮ホワイトデーシフト入れてるの?」

本日のバイトも終わり、帰宅する前にと従業員への連絡事が書かれるホワイトボードを見ていた宮本は、意外そうな顔でこちらを見てくる。

三月分のシフト表を出したとは先程糸巻も言っていたが、まだグループメッセージには投稿してないとの事だった。

シフト表は後日送るという事であったが、周は先にボードの方で確認してスケジュール管理しておこうとして、宮本の一言があった。

どうやら周の頼み事は無事に叶ったという事が、宮本の言葉から察せた。

「あー……その事なんですけど」

「え、何別れたとかじゃないよな」

「不吉な事言うのやめていただけませんか、縁起でもない。そもそも別れていたら俺は滅茶苦茶顔に出ますしバイトに出ていられる自信ないですしバイトする意味もなくなります。ひたすらに凹みますからね」

「ごめんごめん。じゃあ何でよりによってホワイトデーに出勤を」

「あー、それは……その、俺の彼女が、俺の事好きすぎるので」

「俺今で何で急に惚気けられたの」

「惚気けてません」

話は最後まで聞いてほしい、と一瞬呆れた眼差しになった宮本をじとりと睨む。

「まずこの前提があって、それで彼女がずっとこのバイト先見に来たがっていたんですよ。制服姿で働いている所見たいって」

「あー、でもお前は見せるのが恥ずかしいから来ないように言い含めていたと。そういえばそんな事言ってたなあ」

「……彼女じゃなくても、親しい友人辺りに慣れてないでわたわたしている所とか仮に失敗して叱られる所とか見られたらって考えると恥ずかしくなりませんか」

「気持ちは分かるぞ。俺も莉乃に笑われたからな」

「にやにやしてるの想像出来ます」

「マジでゲラってたからなあいつ。さておき、まあそれはそれとして俺は人前では叱らないしそもそも藤宮に叱る要素は特になかっただろ。どこかの誰かとは違って器具も丁寧に扱ってるしやらかした事もなかったからな」

「例のサイフォン連続破損事件はちょっと」

「あれは流石にオーナーも顔が引き攣ってた。怒りはしてなかったけど強めに窘められてはいたな。莉乃もこれはやばいと粛々と受け入れてたし」

大橋は良くも悪くもこざっぱり、いや大ざっぱな気質で、今でこそ丁寧に器具を扱っているがバイト始め当初は力加減をミスしてサイフォンを破壊する事が幾度かあったそうだ。

一回ならまだしも複数回やってしまったそうで、糸巻にそれはそれは窘められたそうだ。叱られなかった分逆に申し訳なかったらしくそれからは器具を丁重に扱うようになった、らしい。

当時を知っている宮本の遠い目を横目に、貼られたシフトを目で追う。

「さておき、つまり慣れてきたから彼女に働いている所見せてもいいって心境になったと」

「概ねそういう事です。あと、ホワイトデーのメニューが彼女好きそうだったので折角なら食べて欲しいなって」

「なるほどね」

「あ、勿論お返しがこれだけじゃなくてシフト終わりに一緒に買い物するつもりでシフト滅茶苦茶短めに入れさせてもらいました。オーナーの許可は取ってます」

「そりゃにっこにこのうっきうきで許可出してくれただろうなあ……」

「ええはいまあ……」

ホワイトデーの出勤時間がかなり短いのは、糸巻と相談の上である。

幾らバイトとはいえちょっと働いただけで帰るというのは先に申請しないと無理なので、きっちり事情を伝えた上で頼み込んだ。

本人にはとても言えないのだが、あの糸巻なら事情を汲んでくれそう、というか積極的に協力してくれそうだな、という打算ありで申請したのだが、案の定というか予想よりも乗り気でオーケーを出してくれたのでほっとしつつ少し罪悪感が湧いた。

お前も悪よのぉ、とからかうような笑みに眉を一度寄せてから息を吐き出し、それから頭を下げた。

「それで宮本さんも同じシフトなので先に謝っておきます。その日は早めに抜ける事になるので申し訳ありません」

「ん? ああいやいいよいいよ、そこで彼女優先せずにいる方がちょっと心配になるし。お前そういうやつなんだってなるから。イベント事は大事にしないとな」

そういうイベントが思い出になるからなあ、とからから笑った宮本は、シフト表のホワイトデーの予定をなぞって、肩を竦めた。

「そもそも、藤宮が前もって許可取った上でオーナーが調整してるんだろ? だからフェア込みでシフト入ってる人が多めな訳だし。オーナーがそれでいけるって判断してこのシフトになってるんだから、仮に回らなくてもそこは管理側の責任になるの。お分かり?」

「……ありがとうございます」

「まああと、俺もオーナーも、これから藤宮をあまり戦力の数に入れないようにするつもりだから」

「え」

「あーこれだと誤解招きかねんな。藤宮だけじゃなくて茅野もな」

「茅野も?」

「春から受験生だろ、どうしても外せないあれこれ出てくると思うんだよ。模試とか講習とか入ってくるだろうし。あんまり無理させられないだろ」

その言葉はこちらの事情を明確に意識したものであろう。

周も茅野も、来年度から三年生に上がり受験生となる。当然二年生の頃より忙しくなるし受験を意識したスケジュールを組む事になる。

多忙になるのは分かっていて、それでも周はバイトをする事を選んだし、周が決めた金額が貯まるまではバイトを辞めるつもりはない。

それでもどうしても外せない用事が出てくるだろうから、それだけはシフトを外してもらって働けるように学校でより集中しないといけないなとは考えていた。

「ああ、別にバイトすんなとかじゃなくてな。受験が優先って事も分かってるから、確実に動かせる戦力として数えるには至らないって判断してるだけなんだ、能力的にはしっかり戦力に数えられるから安心してくれ」

周に浮かんだ不安をそのまま読み取ったかのように笑う宮本は、今居る従業員の名前欄の下、空白になっている部分に指を滑らせる。

「ちゃんと藤宮も茅野も、仕事を問題なくこなしてサボる事もなくきっちり出勤してくれる生真面目なやつって前提が俺にもオーナーにもある。だからこそ、こっちがどうしてもって入れたらお前ら来そうなんだよなあ……って点を考えて、人手を増やして対応するつもりです。それに、藤宮長く続ける気はないだろ?」

「……夏頃にはやめるつもりです。目標の金額も貯まりますし、受験に向けて色々本格化する時期なので」

三年生が部活を引退する頃合いで周もバイトを辞めるつもりだ。その辺りについては最初から糸巻と話し合って納得した上で働くようになっている。

明確な目星こそつけていないが、周の買いたいものは市販品だと大体数十万円、オーダーするならその倍くらいはかかるものだ。

それが買えるように金額設定してシフトを入れていたし今の所問題なく貯金出来ているので、この調子なら先程宮本が言ったように夏頃には辞めても問題ない分貯まる。

「だろ? 俺もオーナーもその辺りが限度だろうなって分かってるからそれを見越して組めるようにしてるの。だから藤宮側が心配する事はないんだぞ」

「ありがとうございます。……宮本さん、滅茶苦茶オーナー側の意見で話ししてますね」

「相談受けてるからなあ。俺は割と長く居るからそういう相談オーナーが投げてくるし」

一バイトをこき使いすぎなんだよなあ、とぼやきつつも嫌そうには見えない宮本に小さく笑う。

「まあ俺もそのうち就活とか卒論云々で忙しくなるだろうし、あんまり人の事あーだこーだ言ってられなくなるんだけどな。ま、こういうのは学生を雇っている以上起こりうる代謝みたいなもんだとオーナーも言ってるから、お前も気にすんなよ」

「はい」

「……ちなみに、彼女さんへのあれこれは結構目標金額高いの?」

気になっていたのか声を小さくして、聞きにくそうながらも好奇心が覗く瞳を向けられて、周はどう答えたものかと頬をかきながら言葉を選ぶ。

「高いっていうかまあ、はい。学生の身分でここまでするのが重く見られないかとは思いますけど」

周が真昼に渡したいものは、明確な契約とそれを形にしたもの。

当初貴金属について大した知識がなかったので働く前に調べたが、一般的な学生が扱うにはほぼ無理な、かなりの大金が要求される。給料三ヶ月分とはよく言ったものだ。

昔基準の給料のものは学生の身分ではとても渡せる気がしないので周の手の届く範囲でその品は選ぶ事になるが、それでもおもちゃでもなく、確かに誓えるものを渡したい。

細い指を飾る、大切な約束を。

恐らく学生で相手の将来をさらう約束なんて普通しないし自分もかなり重い人間だと自覚しているが、宮本はあっさりと「一途って事でいいんじゃないか」と穏やかに言った。

「それだけ時間と労力をかけてでも渡したいって事は相当なもんだと思うし。それを嫌がる相手か?」

「いいえ。……喜んでくれるとは思いたいです。言い切ると自惚れになっちゃいますから控えておきますが」

「ならいいんじゃないのか。若いのによくもまあ覚悟決まってんなあとは思うけど」

「それだけ好きだという事なので」

学生の付き合いは遊びとか一過性のものとかよく言われるが、周のこの想いはとても一過性のものだなんて思えない。

恐らく、というか確実に、これ以上側に居たい、支えたい、守りたい、寄り添いたい――幸せにしたいと思う人は、この先現れない。その確信がある。

普通こんな想いを向けたら逃げられてしまうだろうが、真昼は受け止めた上で飲み干してくれた。飲み込んで、代わりに真昼の熱を周に灯した。

「お熱い事で」

「そういう宮本さんもあんまり人の事言えないと思いますけどねえ」

「うるさい」

「じゃあ宮本さんも静かにしておきましょうね。痛い所突かれたくないなら」

「か、可愛げねえ……」

「俺に可愛げなんて最初からなかったですよ」

いつからあったと錯覚していたのか、と喉を鳴らして笑った周に、宮本はわしわしと頭を掻きつつ分かりやすい大きな吐息を落とす。

ほんのりと頬が赤い事には触れないでおいた。