軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

297 甘くないけど甘いもの

「渡すのが遅れましたが、今年のチョコレートです」

食事を終えた後にいそいそと箱を周に差し出してくる真昼は、どこか緊張した面持ちにも見えた。

「ありがとな。わざわざ手作りしてもらってちょっと申し訳ないというか」

「周くんは私が作ったものの方が喜ぶでしょうに」

「そりゃ勿論。今年は楽しみにしてた」

基本的に真昼の作るものは全て美味しいのでその辺りは一切心配していないのだが、その真昼が腕によりをかけたという事なら期待も高まる。

何だかんだ凝り性の真昼は周のためなら試作に試作を重ねていそうなのだが、誕生日の時のようにお腹の心配はしていない辺り一安心だ。

なので純粋にわくわくとした気持ちで箱を受け取ったのだが、何故か真昼は微妙に不満げに視線を落とす。

「……去年は楽しみにしてなかったみたいな」

小さな呟きに、そこを気にしていたのかと苦笑してしまう。

「貰えるもんだとは思ってなかったからな。別に欲しかった訳じゃないし」

去年のバレンタインは、真昼と付き合うなんて考えられない時期だったし、そこはかとなく信頼してもらって懐に入っている事自体は感じていたが、チョコをもらえる間柄と言い切るには周に自信は持てなかった。

当時の周は真昼からもらうなんて全く思ってもいなかったし期待もしていなかった、だからこそもらった時は驚いたし嬉しかったのだが、真昼は「欲しかった訳じゃない」と周の言葉を繰り返す。

「真昼の思う意味じゃないぞ。バレンタインそのものに興味がなかったしもらう土俵にすら立ってなかった、っていう認識だったの。あの時真昼からもらえるとか思ってたら思い上がりも甚だしいだろ」

「……そ、それはそうかもしれませんけど、もしもとか、ちらっと考えなかったのですか?」

「ないなあ。だってあの真昼だったし」

今の真昼は周にでろ甘だし好きだという態度を隠しもしないが、当時の真昼は結構ツンツンしていたし周の事を明確に好きという感じでもなかった。親しい友人、くらいの認識でいたと周側からは思っていたので、チョコの事は意識すらしていなかった。

そもそも、男性にはあげないという事を聞いていたのだ。ここでもらえるなんて思ったら自意識過剰にも程がある。

当時の真昼を思い出してばっさりと否定した周に真昼は不服を隠そうともしていない。尖らせた唇が可愛らしくて、つい笑ってしまう。

「そういう顔してるとがぶっとしちゃうぞ」

「え」

「冗談。……さっき沢山したし、腫れたら困るので」

ご飯前に別の甘い物を貪っていたので、今の真昼の唇はいつもよりこころなしか血色が良い。

サッと唇を指で抑える真昼はぷるぷると身体を震わせて、先程よりも赤い顔で周を見上げる。

「だ、誰がしたと……」

「俺」

潔く名乗り出れば真昼の小さな手のひらがべちべちと周の腕を叩いてくるが、痛くも痒くもないので彼女の気が済むまで好きにさせておく。

「ごめんって。……ちゃんと抑えたぞ?」

「周くん、夢中になるといっぱいしてくるからやです」

「嫌?」

「……やです」

「そっか、残念」

そのいや、が本気のものでないのは、分かる。嫌よ嫌よも好きのうちとはまったく思わない周だが、この場合の真昼のいやは否定の嫌ではない、というのは察している。無論、本気で嫌がっているなら周も無理強いするつもりはない。

「と、とにかく、今年は頑張って作りましたので。周くんのお口に合えばいいですけど」

今日はもう駄目、という事で会話を打ち切った真昼が周の手にしている箱に視線を移す。

先程真昼から受け取ったのは、クリーム色の長方形の箱にチョコレートカラーのリボンを巻いたもの。軽く揺らすと中に複数個入っているような音がするので、大きさ的にもそれなりの個数が入っているのは予想出来る。

今年はチョコレートの加工品ではなくチョコレートをメインにしたもの、らしいのでやや硬質な音にも納得出来た。

「真昼の作るものならなんでも喜ぶけど……俺の好みに合わせて作ってくれたんだからもっと嬉しい。開けてみてもいい?」

「はい」

寧ろ開けてくれないと困ります、と頷くので彼女が促すまま丁寧にリボンをほどき箱の蓋を持ち上げると――十個程の艷やかな光沢を持ったチョコレートが整然と並んでいた。

形は四角形同じ大きさで統一されているが、見た目に少しずつ差異がある。恐らくチョコレートのパーセンテージが違うのだろうという色の濃さの違いからナッツがトッピングされていたりチョコレートが線状にかけられていたりと見た目で楽しませてくるものだ。

驚いたのは、パティスリーでしかみないような表面にカラフルな模様が付けられたチョコレートなどもある、という事だ。手間がかかっているのかありありと分かる。

よい意味で手作り感がないというか、高級品として売り出されていてもおかしくない、という出来上がりのものだった。

「……これ、手作りだよな?」

「何で疑うんですか!」

「いや、あまりにも……綺麗というか立派すぎて。すげえ」

「今回はボンボンショコラですから見た目もしっかり拘らせていただきました。といっても転写シートでかなり見栄えよく見えてるだけですよ」

頑張った甲斐があった、と胸を張る真昼だが、周からしてみればありがたくも頑張りすぎたのでは、という気持ちが少し湧く。

「いやそんな事は……というか、これもしかして味」

「一つ一つ違いますよ?」

当たり前のように言われて、周は脱帽するしかない。

「……よく頑張ったな。本当にありがとう、嬉しい」

「ふふ、頑張りを褒めるにはまだ早いですよ。肝心の味も確認してください」

ささ、とわくわくした眼差しで勧めてくる真昼に勧められるがまま、本日一口めになる予定のチョコレートを眺める。

「食べる順番とかはある?」

「周くんのお好きに……と言いたい所ですが、味が繊細なものから食べるのがおすすめですね。これとこれ辺りです」

「シェフのおすすめ通りにいただきますとも」

一番は作り手のおすすめ通りに食べる事なので真昼が勧めてきたチョコレートをつまみ、まずは半分齧る。

齧った途端に口の中に広がるのはほろ苦いチョコレートと爽やかな柑橘の香り。この苦味はチョコレートだけのものではなく、柑橘の苦味も含まれている。

苦味を感じるが決して不快なものではなく、甘さをより引き立てるために敢えて計算して感じさせているものなのだろう。刺すようなえぐみは一切ない、ただあっさりとしながらも奥行きのある苦味。

遅れてやってきた甘みとほのかな甘酸っぱさは甘いものが苦手な人でも美味しく食べられるであろう塩梅になっており、口の中にチョコレート特有の濃厚さを残しつつも甘ったるさが残らないさっぱりとした後味になっていた。

「うま」

これはお世辞でも何でもなく素直な感想だった。

割と味には厳しい側の周であるが、掛け値なしの称賛を送りたい程のもの。

思わず残っていたチョコレートの半分を待てずに口に放り込んでしまうくらいには美味しいもので、更に増えた口内の幸せに瞳を細める。

「お口に合いましたか?」

「勿論。滅茶苦茶美味しい。甘すぎないけど苦味が強いって訳でもなくて甘さと苦さの美味しい比率狙った感じがする」

「ふふ、周くんの味覚は大体把握してますので、このくらいが美味しいって予想で作りましたとも」

「え、なに胃袋だけじゃなくて舌も掴まれてるの俺」

好みど真ん中をぶち抜かれた上にそれが計算尽くめのものだと言われたら周としては震えるしかない。末恐ろしさと、喜びが半々だが。

「周くんの好み通りに残りも味を決めてますので、どれを食べても楽しめると思いますよ?」

いたずらっぽく微笑んだ真昼には、到底勝てそうにもない。

今度は次の大好きを口に押し当ててくる真昼に笑って、彼女が運ぶ甘くないけど甘いチョコレートを喜んで受け入れた。