軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

257 気になる乙女心

バイトは週三回から四回、時々シフトの都合で増減するが概ねそのくらいの回数に収まっている。

土日も稼ぎ時とはいえどちらかは空けて自分や真昼と過ごす時間に費やしている。学生の本分である学業を疎かにする訳にも行かないのでオーナーの糸巻も納得していたし、バイトの真の目的も含めて色々と応援されていた。

今日はバイトの合間にある休みで、周は朝からゆったりしていた。

ゆったり、といっても筋トレや軽いジョギングは寝起きに済ませたし課題もさっさと終わらせて漸く一息ついた、といってもいいだろう。

昔より余程生活習慣も良くて健康的な生活をしているな、という実感が湧いてつい苦笑してしまう。

しっかりと朝にやる事を終えた周だが、気になる事があった。

そう、例の真昼の隠し事についてだ。

(今日も何かこそこそとやってたみたいなんだよなあ)

昼過ぎから周の家を訪れた真昼は、やはり微妙にぎこちなさがあった。おやつ時を過ぎた今でこそ落ち着いているが、周が視線を向けるとややぎくしゃくとした様子だったので、何かを隠しているのは明白だ。

別にそれを指摘する事はしなかったので、次第に平静を取り戻して今に至る。

ソファに腰掛けた周の隣に座った真昼は、落ち着いてこそいるもののどこか心ここにあらずといった様子に近い。考え事に気を取られていると言える。

折角の休みなので、少しくらい真昼を堪能したいと思ったのだが……ぼんやりとした様子の真昼に迫るのも悪い。せめて抱き締めてバイト生活で不足しがちな真昼成分を補給したいところだ。

「真昼」

「はい?」

「……ハグしても良いですか」

反応が帰ってきた事に安堵しつつ恐る恐る問いかけると、真昼はカラメル色の瞳をぱちくりと瞬かせて、それからふんわりと淡い笑顔を浮かべて頷いた。

そっと手を広げてくれるので、厚意に甘えてそっと包むように真昼の体を腕で包み込む。

今日は、チョコレートの匂いがした。

(……毎日甘い匂いがするんだよなあ)

幾ら真昼が甘いものが好きとはいえ、そんなに頻繁に食べるものではないし、体型管理をしっかりしているからこそ簡単には手を伸ばさない。

だというのに最近は甘い匂いを漂わせる事が多い。

側に居る周としては、甘いものは然程好きではないが甘い匂いは好きなので、近付いて触れる度に柔らかく香るおかしの匂いも嫌ではなかった。

いい匂いだな、という感想に留めて華奢な肢体を丁重な仕草で抱き寄せるのだが、もっとくっつきたいと引き寄せるためにやんわりと腰に触れた瞬間に、真昼がびくりと体を揺らした。

「やっ」

思わずといった様子でこぼれた拒む声に、周は急きすぎたのではと急速に頭が冷えていくのを感じた。

普段から側に居てくっついているからといって胴体に触れるのはよくなかったかもしれない。いくら彼女とはいえ、好き勝手触っていい訳ではない。気分が向かない時もあるし、そういう風に触られたくない時もあるのだろう。

まずったな、という顔をしつつそっと体を離すと、真昼が訳が分かっていなそうな顔で周を見上げる。

「……ごめん。調子に乗りました」

「え、い、嫌じゃなくて! 違うんです! ご、誤解させました! 周くんに抱き締められるのが嫌とかではないですよ!?」

周が拒まれたと思っている事を察したらしい真昼は、慌てて身振り手振りで意見を主張してくる。

「でも嫌って」

「い、嫌というか……今、お腹を気にしているというか」

「お腹?」

「……ふ、太った説が。腰を掴まれるのは、ちょっと」

そう言ってお腹に手を当てる真昼に、周は首を傾げるしかない。

自己管理が完璧な真昼はベスト体型を維持しているらしいし、外見や触った感触では太ったとは全く思わない。

先程もいつも通りの細さで不安になる程だ。むしろ多少肉がついた方がいいのでは、と健康的な面で心配になるくらいには。

「どこが? 細いままなんだけど。そもそも太る食生活してないだろ」

真昼が毎日家でストレッチや軽い運動をしたり時間がある時にジョギングしたりとしているのは知っているし、周の家にあるゲーム機でフィットネス系のソフトを遊んでいる事も知っている。

帰宅部ではあるが美を保つための運動は欠かさない真昼が太るとはとても思えない。

思えないのだが、真昼は何故か周と視線を合わせようとしなかった。

「……してたの?」

「ち、違います、ちゃんと運動は欠かしていませんし、むしろいつも以上にしてます。三食食事バランスも整えています。……います、けど……その、三食外で……」

「間食をしたと?」

「間食というか、……いえ間食をしました。それが原因です」

「珍しいなあ」

真昼はスタイルに気をつける分食事にも気をつけるので、真昼が危惧する程食べていたのは意外だった。

「まあ食欲の秋って言葉もあるくらいだし、ご飯も美味しいもんなあ。夏とは違った美味しい食材も増えてきた時期だし、おやつを食べすぎても仕方ないよ」

「……私が優柔不断で凝り性なのがよくないというか」

「え?」

「いえ。……とにかく、お腹を触られると、脂肪が……」

「真昼の余計な脂肪ってほとんどないと思うんだけど……細いし摘む肉とかないじゃん。それにちょっとついた所で誤差だしそもそも真昼は細いし筋肉ついて引き締まってるから多少柔らかさが強くなっても問題ないよ」

周からすれば細さに対する世間的な要求が過剰なだけだし、真昼はその基準でも充分細いだろう。

別に真昼が多少ふくよかになった所で問題ないし、細いから可愛い、綺麗で好きというものではない。そしてそもそも真昼そのものが好きなので体型は関係ない。健康面で不安にならない体型ならそれでいいと思っていた。

だから気にしなくていい、と大真面目に真昼の目を見て告げれば、真昼は小さく「ううう」と呻きながら周を見上げる。

本人からすれば大問題なのかもしれないが、周にとっては多少の脂肪の増加など気にするものではない。そもそも触り心地的に増えてないのだから、お預けをされる方が死活問題である。

「……ちょっとくらい癒やされたいんだけど、だめ?」

「だ、駄目ではないですけど……いいですけどっ」

若干ヤケになったような真昼に笑って、周は真昼を引き寄せた。というよりは抱えるようにして持ち上げた。

固まった真昼を抱えて、脚の間に座らせるようにしてソファに座り直せば、ぬいぐるみ抱き締め体勢が出来上がっていた。

ソファで抱き締めるとなるとこれが一番楽な体勢なのだが、真昼は恥ずかしさからなのか微妙に居心地が悪そうにしている。

ただ、素直に収まって周に体を預けてくるので、嫌という訳ではないだろう。

しっかりと前に手を回して、本人が気にしているらしい腹部にも触れたが、太ったという勘違いはどこから来るのかと思うほど細くて華奢だ。

「……やっぱり変わってないけど」

「努力はしてますので。でも、気にはなるのです」

「こんなに細いのにな。……まあ真昼が拘るなら俺はあまり強く言えないけど、無理はするなよ。どんな真昼でも好きだから」

「……はい」

真昼が度を逸しない範囲で痩せたいというのなら応援するが、別に痩せてほしいと願った訳ではない。太ったという勘違いは断固否定しておくが、その後の痩せようという気持ちや努力は否定したりはしないつもりだ。

無理だけはしないでほしい、と思いつついつもの柔らかな肢体を体いっぱいに感じるために優しくもしっかりと抱き締める。

どうしたらこんなにも細いのに柔らかいのか、女の子の体の不思議さを感じつつ、顔を肩口に埋めれば柔軟剤と真昼そのもののミルクっぽい香りに紛れて、甘い匂いが鼻腔に滑り込んでくる。

今日はチョコレート系統の匂いだな、なんて考えながら、首の付け根に唇を滑らせて軽く押し付ける。

別にどうこうしようなんて考えは一切ないのだが、真昼の肌に触れると幸せな気持ちになるし、白い肌が美味しそうだなと思ってしまう。男のサガなのでこればかりはどうしようもなかった。

滑らかな肌に唇を寄せて口付け、頬をすり寄せると真昼はくすぐったそうな声を上げた。

「……周くんって疲れが出てくると甘えん坊になりますよね」

「そっくりそのまま返せるんだけど……まあ、人肌が恋しくなるな」

真昼にも言えた事ではあるのだが、お互いに疲れていると相手にくっついて癒やしを得ようとする。体温や本人の香りを味わうと心地よくて幸せな気分になるのだ。

基本的には真昼の方が甘える頻度が多いものの、周も最近は疲れる事が増えてきたためにこうして甘える事も覚えてきた。

「好きにしてくださって結構ですが、痕はつけないでくださいよ。見えますので。……前のお泊りでされた時は千歳さんに見付かってからかわれたんですからね」

「ごめんって。……もう少し隠れる場所にしておけばよかったな」

あの時は周も興奮しきりで理性が半分仕事を放棄していた。勿論踏み越えてはいけないラインまでは踏み超えなかったものの、白い肌を彩るという欲求には素直に従ってしまった。

お陰で見える範囲にまでつけてしまったので、反省している。

あの夜の光景を思い出すと無性に恥ずかしくなって抱き締める力が強くなるのだが、腕の中の真昼は周の太腿をべちべちと強めに叩いた。

「そういう問題でもないのですけど!? 周くんって慣れるとそうなるんですね!?」

「な、慣れてる訳じゃないけど……その、やっぱり、俺のって徴、付けるのは、男的には嬉しいので」

一回肌を見た程度で慣れる筈がない。思い出すだけで顔に羞恥がのぼるし、欲求が鎌首をもたげてくる。それを理性で抑えつけているだけだ。

ただ、やはり欲求を抱く事自体は避けられないし、次があればまた同じように白い肌に周の唇が辿る軌跡を残していくだろう。

腕の中で不満げな真昼に「慣れる訳ないだろ、彼女の素肌なんだから」と呟きながら太腿を叩く手を自分の手で絡め取ると、真昼は急に大人しくなった。

耳が赤くなっているので、照れているのは明白だろう。

「……次は、本当に見えない所に少しで留めてくださいよ」

「次があるって前提を念頭に置いてくれるんだな」

「そ、それはその、……周くんがしてくれる事は、全部、嬉しいですし……触られるのも、心地よいですし好きです」

もじもじといった様子で小さく吐息をこぼすように呟いた真昼が愛おしくて、握った真昼の手に指を絡ませる。

周のする事なら大概受け入れるだろうし、触られるのも好きだと言ってくれる真昼にまた欲求が暴れそうになるが、何とか鎮めて首筋へのキスに留めておいた。

やはり敏感な真昼は体を震わせたものの、周の好きにさせてくれる。

「……とにかく、痕は今は駄目です。するならたん、」

「たん?」

「……何でもないです。気にしないでください」

「めっちゃ気になるんだけど」

「いいのですっ」

何かを言いかけて止まった真昼に首を傾げると、真昼は誤魔化すように語気を荒げて周に思い切り体重をかけてきたので、軽いなあと思いながら周は笑って受け入れた。