軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

254 職場の先輩達

慣れない環境にも次第に慣れていくもので、一週間もすればバイトもある程度の事はこなせるようになってきた。

基本的には接客を主な仕事としており、注文品を作るという仕事は任されていない。周としてはほっとしていたりする。

まだお客様に提供するコーヒーを淹れさせてもらう事はないが、練習として空き時間にバックヤードの方で淹れ方を指南してもらっている。この喫茶店ではコーヒーに拘っているので、味の妥協を許さないのだ。

豆や挽きの細かさによって抽出する湯の温度や時間も変わってくるらしい。お客様に提供する味はこの味、と決めているので、それを再現出来るようになるまでは練習させられる。

ただ、抽出時間や器具の使い方さえ覚えれば安定したコーヒーが出せるので、きっちり指導してもらった周にも練習を重ねれば出来るようになるものだった。

「うん、美味しい」

入店したお客様の数も少なく注文も落ち着いたので、フロアを茅野と大橋に任せて宮本から指導を受ける。

喫茶店といったら、といった風貌のサイフォンで淹れたコーヒーであるが、問題なかったようだ。

「ただもう少し抽出短くてもいいかな」

「タイマーは使ってるんですけどね……」

「慣れない器具でちょっと手間取ってるでしょ。あと、人へ出す事への緊張かな?」

「すみません。善処します」

厳しく指摘される訳ではなく、寧ろ丁寧で優しく懇切丁寧に説明してくれるのだが、やはり人に提供するという事に自信がない事も手間取る一因なのだろう。それに加えてサイフォンはガラス製なので、もし何かして壊したら……という危惧があったりする。

その辺りも見抜いているのか、宮本は「俺も最初の頃は触るの怖かったんだよね、壊しそうで」と軽やかな笑顔を浮かべていた。

「落としたり乱暴に扱わなければ平気だよ。藤宮君は物を扱うのも丁寧だからね」

「それならいいんですけど……」

「莉乃は初日で割ったから藤宮君は気を付けてると思うよ。まあ誰だって失敗はあるし、一つくらい壊してもこっぴどく叱られるなんてないから安心して。流石に一気に複数個割ったら流石のオーナーも困った顔で叱ってくると思うけど」

「まるで体験したような言い方」

「莉乃がやったから」

あの時はオーナーが引きつってたなあ、と懐かしむような眼差しと声で呟く宮本に、周は曖昧に微笑み返しておいた。

絶対に気を付けよう、と心に誓いつつ、宮本に淹れたついでに淹れた自分のコーヒーを口にする。

舌に広がる深みのある苦味。苦味はいつまでも舌に残るようなものではなく、マイルドではあるが奥行きのあるコクを感じさせてくれる。

周はあまり酸味の強いコーヒーは好きではないのだが、これは苦味と酸味と豆そのもののほのかな甘みがバランスよく主張しており、非常に飲みやすかった。

「あっ、いいないいなー美味しそうなののんでるー」

注文がないのをいい事に一息つくと、フロアの方から大橋がやってくる。手にはお盆と使用済みの皿が乗っており、お客様が退店して行ったので片付けに来たのだろう。

「藤宮ちゃん一口ちょーだい」

皿をシンクに一度置いてから周にねだりに来た大橋に、どうしたものかと周が逡巡した次の瞬間には大橋は宮本に首根っこを掴まれて周から引き離されていた。

「こら。藤宮には彼女が居るんだから、そういう誤解しそうな事をするな」

「あ、ごめんねそういえばそんな事を言ってた気もする。あたし兄がたくさんいてこういうの平気でしてたからさあ」

働くにあたって一応の事情を軽く説明していたので、宮本が止めたのだろう。大橋も素直に退いている。

呆れも隠さない宮本にへらりと笑う大橋は、ただの同僚というには非常に親しげな様子を見せていた。それはこの一週間で強く思ったのだが、本人に聞いていいものかと悩むところである。

「お二人は仲いいですね」

「まあ幼馴染だからねえ。もう二十年は側に居るし」

「腐れ縁と言っても差し支えはないね」

「ひどくない?」

不満げに宮本の脇腹にチョップを入れている大橋は、逆に横腹をつままれて悲鳴を上げた。

その様子は一朝一夕ではなり得ないなか睦まじさで、だからこんなにも親しげなのか、と納得してしまった。

ただ、幼馴染にしても距離は近い気がしなくもないのだが、周は幼馴染が居ないので距離感としてはこんなものなのか、と首を傾げた。