軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246 趣味は人それぞれ

「あ、バイトの事なんだけど、始めるのはちょっと待ってねだって。シフトの相談と制服の関係で一、二週間待ってもらうって」

二人の夫婦漫才が落ち着いて改めて昼食をとり始めたのだが、思い出したかのように木戸が呟く。

「まあすぐに始まるとは思ってなかったから。ちなみに制服って」

「ああ、この間の文化祭みたいなやつじゃなくて、もうちょっとシンプルなやつ。女性店員の服ももっとシンプルなやつだよ、フリフリじゃないから安心して」

「流石にあの喫茶店で派手な服だったらどうしようかと思ってた」

たまたま他の店員が裏に引っ込んでいた時に糸巻と対面したために衣装が分からなかったが、周が危惧していたようなものではなさそうなので安堵してしまう。

文化祭の時は比較的落ち着いたものではあったが、多少華美なものではあった。あれをバイトのみとはいえ毎回身につけるのは厳しいものがある。

「あ、藤宮くんのサイズ教えちゃったけどいい?」

「いいけど、どうやって知ったんだ」

「この間の文化祭の時に見たやつと、あと見たら分かるから」

男子の体のサイズは服の上からでも大体分かるよ、と微笑まれたので、彼女の筋肉への愛がなせる技なのかもしれない。側で聞いていた茅野は呆れた顔を隠そうともせず「素直に変態って言っていいからね」と彼女にちょっぴり失礼な言葉をかけていた。

「まあ流石に大体分かるってだけで筋肉の質とかは触ったり見たりしないと分からないから……あ、セクハラはしないよ? 私は合意の上で検分させていただくのです」

「そ、そうか……いやまあ、サイズ教える手間が省けたなら良かった……かな」

「彩香、引いてるからねこれ。藤宮もこれを無理して褒めなくていいからね」

「人をこれ呼ばわりするのよくない」

ぷんすこと可愛らしく怒ってみせる木戸であったが、周と視線が合うとへにゃっと困ったように眉を下げる。

「なんかごめんね、変なところ見せて」

「え、いや別に今更というか」

「うぐぅ、刺さった。けど何も言えない……文化祭の時から普通に見せてたもんね……」

「や、まあ、うん。木戸が人とは違う趣味を持っているというのはよく分かったよ。別にそれをどうこう思う事は……まあ実害がない限りはないし、趣味嗜好なんて人それぞれだからな。気味悪がったり謗ったりするつもりはない」

人の好みはそれぞれなので、こちらに害がない限りは尊重すべきだろう。そもそも自分と違うからといって排除するような考えを持って育った覚えはない。

それから、真昼もひっそりと筋肉フェチに目覚めている気がしてならないので、あまり他人事のようにも思えなかったのだ。

まあ、拒むつもりも否定するつもりもないが、多少戦慄したりはするのはご愛嬌である。

そもそも他人に文句つける権利ないしなあ、と真昼お手製の出汁巻き卵を箸で掴みながらつぶやくと、木戸は感極まったように体を震わせて、満面の笑みで周の肩を嬉しそうに叩いた。

「藤宮くんはほんと育ちがいいというかいい人だねえ! 椎名さんが好きになるのも分かる!」

「……彩香」

「何そーちゃん嫉妬してるの? 大丈夫、私はそーちゃん一筋で……」

「や、それはいいけど藤宮が打ちひしがれてるから……」

肩を叩かれた衝撃で箸から出汁巻き卵が転がり落ちて、真昼お手製の肉団子を絡めてある黒酢ソースに落下していた。

レジャーシートや服に落ちなかった事は幸いだったが、出汁巻き卵の繊細な味付けを好んでいた周としては、この味変化に結構なショックを受けて固まってしまった。それを茅野が打ちひしがれたと捉えたのだ。

焦げ茶のソースにまみれた出汁巻き卵を眺めていた周に、木戸は慌てる。

「ご、ごめんね! そういうつもりなかったんだけど!」

「い、いや、いいよ、食べられるから。表面先に食べればいいし……」

「めっちゃ凹んでる! ごめんね! 後で椎名さんに土下座して作ってもらうようにお願いするから!」

「大丈夫だから……」

そんな深刻に凹んでいないつもりなのだが木戸が平謝りしてきたので周は軽く微笑むと、何故か物凄く申し訳なさそうな顔で頭を下げられるのであった。