軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

242 仕事場(予定)

若干拗ねた木戸を宥めながらようやくたどり着いた店は、落ち着いた佇まいの喫茶店だった。シックな雰囲気を醸しており、利用年代層も高そうな、やや高級感が窺える。

「……ほんとにここ?」

「何で疑うの。落ち着いたいい店でしょ」

「いい店っぽいとは思うけど学生が働くには不向きじゃないのか」

「だから藤宮くんみたいな若いけどしっかりした人を誘ったんでしょうが。とりあえず叔母さんに挨拶行こっか」

気は進まないけど……と小さく付け足しつつも前向きな木戸の姿に苦笑しつつ、その叔母さんとやらはどんな人なのか好奇心を抱いて木戸の後ろについていく。

重厚感のある扉を開ければ、懐かしさすら感じるからんころんという軽快なドアベルの音が鳴った。

彼女の先導で入った喫茶店は、外観からの期待に応えたように実に落ち着いたものだった。ダークオークと白が基調になった、シンプルかつ品のある内装であり、掃除もしっかりと行き届いた内側は上品さが漂っている。

壁には壁一面を隠すように本棚があり、びっしりと本が詰まっていた。

見た感じ、席数はそう多くはない。喫茶チェーンとは比べ物にならない程の少なめな席数は個人経営というものが如実に出ている。

ただ、そのお陰でチェーン店とは違う非常に静かで一息つけるような空間になっていた。

たまたまなのか、丁度いい事に客は居なかったので内装を眺めていると、奥からネイビーのエプロンを身に着けた女性が現れる。

パッと見、周とは一回り離れたくらいの、落ち着いた女性だった。

喫茶店か古書店に居るのが似合いそうといった黒髪ロングヘアーの美人であるが、木戸の叔母だとは信じられないほどに物静かそうな女性である。

「あら……彩香さん、いらっしゃい」

「お久し振りです、文華叔母様」

丁寧なお辞儀をした木戸に、文華と呼ばれた女性はおっとりとした眼差しを向けて微笑む。

「来てくれて嬉しいわ。総司君が居る時も滅多に寄り付かないから寂しかったの」

「う、それは申し訳なく……文華叔母様の邪魔になると思って」

「邪魔なんて……私、二人が居るだけで嬉しいのに。お仕事頑張っちゃうのに」

それはそれで問題なんです、と小声で呟いた木戸の言葉は届いていなさそうである。

一歩後ろからそんな二人を眺めながら、周は内心首を傾げる。

楚々とした外見と仕草に、木戸が苦手がるような要素が見当たらず周としては困惑しかない。少し話しているのを見た限りでは、ごく普通の女性といったようにしか見えない。

強いて言うなら木戸に対する親愛の意が瞳にたっぷりとこもっている、くらいだが、これだけで木戸が苦手と言う意味がよく分からない。

苦手意識は人それぞれなので文句はつけられないが、納得はし難いといった感じだ。

木戸が微妙にたじたじしていると、ふと女性の視線がこちらに向く。

ぬばたまの瞳が一瞬探るようなものを滲ませたが、次の瞬間には柔らかな眼差しに変わっていた。

「そちらの方が彩香さんの言っていたバイト志願の子?」

「あ、そうですね。彼がバイトをしたいと。藤宮くん、この人がこの店のオーナーの糸巻文華さん。私の叔母様だよ」

「藤宮周です。この度はお時間いただきありがとうございます」

「まあ……いいのよ、彩香さんの頼みですもの。彩香さんの目利きは確かだから問題ないと思っていますよ」

ふんわりと微笑んだ糸巻は、するりと撫でるように周を一通り見た後、もう一度笑みを浮かべる。

「ところで、彩香さんとはどういった関係で?」

「クラスメイトで俺の恋人の友人です」

何故だが悪寒がしたのできっぱりと否定すると、笑みは華やかなものになる。身を苛むような悪寒が消えたので、恐らくこの返事は正解だろう。

「そう、よかった。彩香さんと総司くんは相思相愛ですから、もし横恋慕とかあったら困ってしまいますものね」

「俺には将来を誓っている恋人が居ますので有り得ませんね」

「まあ、それは素敵……!」

黒の瞳が光を帯びたようにきらきらと輝きだして周が思わず微妙に後ずさるのだが、糸巻は気にした様子はなく頬を紅潮させている。それがまるで恋する乙女のような表情に見えて、少しずつではあるが何となく木戸が何を苦手としているか理解してきた。

「その歳で決意も固いのは素晴らしいですね。バイトを志願したのはその関係で?」

「はい。その、彼女に指輪を贈りたくて……」

「素敵! ええ、ええ、ここで働いてくれるなら是非……!」

「叔母様即決!? いや分かってたけど……!」

ろくな面接もなしに採用と言われて固まる周と、呆れたような困惑したような顔でため息をついた木戸に、糸巻はにこにこと実にご機嫌そうな笑みを浮かべている。

「叔母様、あまり根掘り葉掘り聞くのはよくないですからね」

「あら、嫌がる事は聞きませんよ? でも馴れ初めとかは……」

「叔母様の趣味と仕事に使われる藤宮くんが可哀想なので程々にしてください」

「許可は取りますしシチュエーションを参考にするだけですよ?」

「趣味と仕事……?」

「文華叔母様、喫茶店は本業じゃないから。本業は作家で他にも色々やってて、もう何で喫茶店やってるか分からないから……」

これで儲かってるから不思議、とこぼした木戸に、思わず糸巻を見ると底しれぬ笑みをたたえている。

「勿論、喫茶店の経営もきっちりしていますから、潰れたりなんて心配はしていただかなくて大丈夫ですよ。お給金も弾みますので」

「叔母様、ちゃんと時給計算してくださいね。お小遣いとかあげちゃだめですからね」

「そんなに心配しなくても……」

しゅんと眉を下げた糸巻に木戸が大真面目に説教していて、自分はここで働いていけるのだろうかと微妙に心配になる周であった。