軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 天使様、羨む

「それにしても、よく周はこんな美人さん捕まえたわねえ。お母さんびっくり」

否定するのに疲れている周と、どうしていいのかわからない真昼は共に黙る。

それを肯定と見なした……というよりは何を言っても照れ隠しで肯定と見なす志保子は、好奇心を隠そうとしない瞳で真昼を見つめている。

「どう、真昼ちゃんから見て周はちゃんと生活出来てる?」

「え。……それはその……死なない程度には……」

「そこは出来てるって言えよ」

「だって、最初部屋汚かったし」

「やかましいわ。今は保ってるだろ」

「私が掃除手伝ってるじゃないですか」

「それはその、感謝してるけど。ご飯とか、掃除とか、その辺りは本当に」

そういった点で真昼には頭が上がらない。

彼女が居てこそ今の快適な暮らしが出来ているので、土下座の感謝くらいなら躊躇いなく出来る。真昼が嫌がるのでしないが、なるべく真昼をいたわるように日頃から努力する、つもりであった。

ただ、この発言をあまりよろしくない方向に捉えたのは志保子だ。

「まあ、周ったら今回だけじゃなくていつも真昼ちゃんにしてもらってたのね、仕方のない子だこと。……その言い方だと同棲でもしてるのかしら?」

「違う! なんでそうなるんだ! 隣に住んでるんだよ!」

「あら、じゃあ運命の出会いね! よかったわねえ周、こんな美人で出来た娘さんに尽くしてもらえて」

「美人で器量がいい事は否定しないが運命の出会い云々は異論がある」

「ロマンチックでいいじゃない」

「そういう意味で言ってねえ! 交際関係は全くないって言ってるんだ!」

「あらあら」

間違いなく照れ隠しだと認識している志保子に、周の頬がそろそろ真面目にひきつりかけている。

都合のよい、というより自分にとって素敵な妄想の糧になるような解釈をする母親に何度悩まされたか分からない息子は、ここ数ヵ月で一番重いため息をついた。

あまりの勢いに押されている真昼はというと、周と志保子を交互に見てはおろおろと見るからにうろたえている。

「真昼ちゃん真昼ちゃん、これは親目線の贔屓かもしれないけど、周は口はよくないし素直じゃないけど、割と誠実で紳士的だから、いい買い物したと思ってもらっていいわよ。まあ女性経験は皆無だからそこは真昼ちゃんが上手く操縦するのがいいわね」

「何言ってやがる母さんほんと黙れ」

後半がかなりの余計なお世話である。

「だってそうじゃない。むしろなんで彼女とか作らなかったのかしら。修斗さんに似て見てくれはそれなりにいいと思うのだけど。まあ野暮ったいからかしら?」

「余計なお世話だ」

「真昼ちゃんにカッコいいところ見せてあげたら?」

「やらんしこいつも見たい訳じゃない」

「またまたー。あ、なんなら真昼ちゃんが自分好みに仕立ててもいいのよ? 着飾れば周はそれなりに映えるし」

にこにこ笑いながら推してくる志保子に、真昼は困り果ててるのか曖昧な笑みを浮かべている。

あの冷静沈着な天使様をここまでたじろがせている志保子の存在は、ある意味すごいのかもしれない。

「母さん、本当に椎名困ってるから。つーか帰ってくれ」

「母親に帰れって偉くなったものねえ。まあでも彼女さんとの甘い時間を邪魔したのは事実だからそろそろおいとましようかしら」

「もう早急に帰ってくれ」

もう強く否定するのも疲れたし、真昼もこのテンションに付き合わされて苦労しているだろう。

真昼をみれば微妙にぐったりとしている。

当然だろう、基本的には物静かな彼女が、慣れている実の息子でも疲れるようなテンションの会話に付き合わされているのだから。

あとで労おう、と心に決めながらしっしと手を払うようにして志保子に向けると、微妙に不服そうな顔が返ってくる。

それでも残るとは言わなかったのは、一応はこちらを気遣っているらしい。明らかに見当違いの方向だが。

「あ、真昼ちゃん連絡先交換しましょうか。うちの周の生活態度とかもろもろ後で聞かせてちょうだい」

「え、は、はい……?」

最後に勘弁してほしい繋がりを作っていく志保子に、周は額を押さえた。

真昼はもうどうしようもなく流されていて、促されるままにスマホで連絡先を交換している。

これで間違いなく真昼のもとにもちょっかいをかけるようになるだろう。

(本当にすまん)

満面の笑顔で真昼の手を握って「周をよろしくね」と念押ししている志保子に、周はあとで父親に「頼むから手綱握っといてくれ」と送っておく事を決めた。

「疲れた……」

「すまん台風が来て」

滞在時間はそう長くなかったのに既に二人は疲弊しきっており、並んでソファに腰を下ろしていた。

どっかりと腰かけた周は顔を押さえながら深くため息をつく。真昼は遠慮がちにちょこんと座りつつも、普段ならぴんと伸びたせすじがいつもより曲がっている。

「ほんと、勘違いさせたまま帰らせてすまん」

「いえ、まあ、実害ないですし……」

「いや割と実害は……あの様子だと椎名気に入ったみたいだし……何かと構ってくるかと……」

その点は真昼に苦労をかける事になるので本当に申し訳ない。

息子の彼女(誤解)に加えて志保子の可愛いもの好きも相まって、おそらくめちゃくちゃ気に入っているだろうし何かと世話を焼こうとしてくるだろう。お節介、というレベルで。

「志保子さんは本当に藤宮さんの事大切にしてるのですね」

「聞こえをよくしたらそうだがしつこいぞあれ……」

親馬鹿というのとはまた違うが、不本意ながら可愛がってくれる。

おそらく周がだらしないせいもあるのであまり大きく文句は言えないのだが、それでも周としては構いすぎだと思っていた。

母親については恩義を感じているし大切ではあるが、面倒くさいタイプで距離を置いておきたい人間、というのが率直な思いである。

「……いいなあ」

小さく呟いた真昼に、周は彼女を見る。

「なにがだよ」

「お母様、賑やかだけど優しいし」

「あれはうるさいし過干渉気味だぞ」

「……それでも、いいなあって」

お世辞でなく、本当に羨ましそうな表情と、消え入りそうな小さく淡い声で呟いて、彼女は瞳を伏せた。

どこか憂いと影のある表情なのが見てとれる。触れれば崩れてしまいそうで、弱々しいと誰が見ても思う佇まいだった。

疲労だけには決して見えないようなか弱さと儚さを滲ませた彼女は、周の視線を感じたらしくふいと顔を上げて小さく微笑む。

何でもない、と言わんばかりにいつもの表情に戻した真昼は、珍しくソファの背もたれに体を預けた。

「真昼ちゃん、か」

「……なんだよ急に」

「いえ。……久々に、人に名前呼ばれたなあって。いつも名字でしたから」

あの人気者の天使様が名前で呼ばれない、というのは意外だったが、逆に真昼を名前呼びするのはおそれ多くて気が引けた人間だらけなのだろう。

学校では微塵も隙のない完璧な天使様なため、周りも気軽には呼べないようだ。

あと、あだ名で呼ぶ人も少なからずいる。本人はめちゃくちゃ嫌がっているが。

「まあ仲良い友人が居なければ親くらいだろうな」

「親には呼ばれませんよ、絶対に」

冷えた声の即答が来た。

思わず真昼の顔を見ると、何の色も表情には浮かんでいない。

まるで全て抜けきったような、無機質とすら取れる無表情。端整な美貌のせいか、まるで人形を相手にしているような錯覚すらある。

ただそれも一瞬で、周の視線に気付いた真昼は無表情を消し、どこか困ったように僅かに眉を下げた。

「……とにかく、珍しいなって」

そう呟いて、そっと吐息をこぼした。

真昼の親との折り合いが悪いのは、察していた。

親について触れてしまった時にたまに見せる冷たい表情や、親と外食をする事はない、誕生日が嫌い、といった発言から、家庭環境に問題があるのだと容易に想像出来たのだが――親から名前すら呼ばれない、とまでは思う筈がない。

『……いいなあ』

先程呟かれた言葉は、どんな気持ちで紡いでいたのだろうか。

「真昼」

自然と、呼ぶ事のなかった名前を、口にしていた。

ぱちりとカラメル色の瞳が瞬く。

不意をつかれたのか、どこか呆けたような、普段の態度と表情に隠れているある種の幼さが表に出ている。まさにきょとんといった表現が正しいだろう。

「名前くらい誰だって呼んでくれるだろ」

「……それもそうですね」

ぶっきらぼうに付け足せば、遅れて淡い笑みが浮かぶ。

ほんのりと安堵したような笑みに、胸がざわついた。

「……周くん」

小さな声で自分の名を呼ばれて、胸のざわつきが大きさを増す。

先程までは、母親に対してしか使っていなかったからか、あまり気にもとめなかったのだが……こうして面と向かって呼ばれると、むず痒くて、もどかしい何かが胸の中で渦巻いた。

「外では呼ばないでくださいね」

「……んな事分かってるよ。そっちこそ外で口滑らせるなよ」

「分かってます。秘密、ですもんね」

微かな笑みをたたえた真昼を直視出来なくて。

周は「おう」とだけ素っ気なく返して、体勢を変える振りをして彼女の笑みから逃れるようにそっぽをむいた。