軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

211 樹の父親

お化け屋敷を出た後、驚きと怯えで若干疲れたような真昼の背中を支えつつ休憩所に目指していた周だったが、ふと見覚えのある後ろ姿を見付けて思わず「あ」と声を唇から落とした。

「……大輝さん?」

あまり見慣れた人間ではないので恐る恐るといった口調で背中に声をかけると、ピンと伸びた背筋のまま振り返ってくる。

記憶にある顔と変わらない姿に間違っていなかったとほっと安堵しつつ、改めてこちらも背筋を伸ばす。隣の真昼が不思議そうにこちらを見上げてくるので、彼に聞こえないように小さく「樹の父さんだよ」と囁いておいた。

「お久し振りです。少し髪型を変えたので分かりにくいかもしれませんが、藤宮です」

樹の父親である男性、大輝は周の顔をよく見て、人を寄せ付けないと言われる顔を少し和らげた。

「藤宮君か。見違えたな」

「あはは。まあ、前は見るからに根暗でしたからねえ」

「そういうつもりで言った訳ではないのだが……自信がついたような顔つきになって何よりだ、という意味だぞ。卑下しなくてもいい」

樹には小言が多いと愚痴られる大輝ではあるが、周の事は割りと気に入ってくれているらしく、周の変化も好意的に受け止めているようだった。

息子の事になると周からしても頭がかたいと言わざるを得ないのだが、それ以外では穏やかで常識的なので、周としても彼と話す事は苦ではないし、どちらかといえば好ましく思っている。

感心したような口ぶりや眼差しに少しの面映ゆさを覚えていると、大輝の視線が真昼に移る。

「そちらのお嬢さんは?」

「あー、ええと。俺が交際している女性です」

他人行儀な紹介の仕方になってしまったのは、大輝との距離感が掴みきれていないからだろう。友人の親と接するのは中々に難しいので、こればかりは仕方なかった。

真昼が気恥ずかしさと気まずさに微妙に体を強張らせたのが伝わってきたが、真昼自身は天使の笑みを口許にたたえる、軽く頭を下げる。

真昼にとっては見知らぬ男性なので他人向けの対応ではあるが、大輝の性格的には恐らくこれで正解だろう。

「初めまして、椎名真昼と申します。彼にご紹介いただいた通り、周くんとお付き合いをしております」

「これはご丁寧にどうも。私は樹の父で赤澤大輝と申します」

大輝は大輝で礼儀正しく腰を折った後、ちらりと周を見る。微妙に隅に置けないな、といった意味合いが込められている気がしたが、あえて気付かない振りをしてにこやかな笑みを返す。

「そうか……いや、何というか、藤宮君が女性とお付き合いしていたとは。何も聞いていなかったから驚きだよ」

「樹からは何も?」

「反抗期なのか話しかけてこないからな。言う必要もないと思ってるのではないかな?」

「まあ、友人の交際事情をわざわざ喋る事もないとは思いますから」

相変わらず樹は父親とぎくしゃくしているのだな、と嘆息しそうになったものの、それは表に出さないでおいた。

「藤宮君と交際している……という事は、愚息も世話になっていそうだな。いつもすまないな」

「いえ。こちらこそ赤澤さんにはお世話になっておりますので」

「そんな事を言って、迷惑をかけているのでは?」

「とんでもない。優しくて気遣いもしていただいてますし、いつも助かっていますから。今後とも是非赤澤さんとも仲良くしたいと思っております」

時折お節介がある、とは突っ込まずに真昼の称賛を聞いていたら、大輝はほぅと感嘆の息をつく。

「……藤宮君は、素敵な女性を見付けたようで何よりだよ」

「そりゃあうちの真昼はいい女ですので」

「そ、そういう冗談を今言わないでくださいっ」

まさか友人の父親の前でこうした称賛を口にするとは思っていなかったのだろう、白磁の頬が分かりやすく色付いている。

恥じらいに瞳を伏せて、大輝に気付かれないようさりげなく背中に掌によるダイレクトアタックを仕掛けてくる真昼に、周はひっそりと笑う。ぺしぺしといった程度の威力なので痛くも痒くもない。むしろ微笑ましくて口角が上がる。

「仲睦まじいようで何よりだが、そういったものを見せられるとあてられてしまいそうだな。喜ばしい事ではあるのだが」

「すみません、気を付けます。ところで、今日は俺達のクラスに寄ったのですか?」

「……いや、そのつもりではあったのだが……なんというか、雰囲気が、入りにくいというか」

「ああ……」

大輝はあまり給仕服に興味がない人間だ。漫画やゲームなどにも興味を示さないタイプの人間なので、周達のクラスにはさぞ入りにくいだろう。

「よければ俺達と一緒に入りますか? 自クラスですけど、客として入りたかったですし」

「……いや、君達の邪魔をするのは忍びない。折角恋人同士での自由時間なのだから。それに……今、教室には彼女も居るのだろう」

「……そうですね」

「私を見て萎縮させたり気まずい想いをさせるのも嫌なのでな。顔を合わせれば、恐らく私は強く当たってしまうからな」

困ったように笑う大輝に周も眉を下げるが、それ以上の追及はしない。

千歳と大輝の事については周もあまりいい思いは抱いていないが、大輝に悪意がある訳でもないというのも知っている。彼は彼なりに思う事があって千歳を拒んでいるのだ、とも。

分かっていても、出来ればしこりを解消してほしいと思ってしまうのが、友人としての気持ちなのだが。

「邪魔してすまなかったね。私は他を回るよ」

「でも……」

「空気を悪くしたくはないからな。君達は楽しんでおいで」

そう言って周達が引き留める間もなく立ち去る大輝に、周はそっとため息をついた。

「……千歳さんと、未だに?」

「ああ。……こういうのはあれだが、大輝さんは悪い人ではないよ。反りが合わない人間は居る。そもそも大輝さんの要求が少し高いってのはあるからな。悪意を持って千歳に辛く当たってる訳じゃない。……だからこそ、どうしようもないから困ってるんだけど」

簡単に千歳を認められるなら、既に認めているだろう。

交際相手を親が口出しするのは褒められた事ではないと思うが、親心としてはよりよい相手を見付けてほしいのだろう、というのも分かる。

樹はあまり口にしないが、赤澤家は家柄がよいので、尚更口出しするのだろう。

「何とかして認めてもらえたらいいんだろうけどさ。ままならないもんだよな」

「そう、ですね。……お二人は本当にお似合いだと思っていますし、深く結び付いています。それを分かとうとするのは、私としては嫌というか……やめてほしいです」

「そうだな。……大輝さんもそれを感じているから、今なるべく不干渉なんだと思うぞ。どちらかが折れて折り合いがつくまでは、ぎこちないままだろうな」

再度ため息をつけば、真昼も困ったように眉を下げて、周の二の腕に頭を預け「何か出来たらいいんですけどね」と小さく呟いた。