軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

184 お風呂と髪のお手入れ

先に水着を着て浴室に入った周は、非常に居たたまれなさと緊張を感じていた。

真昼は水着を着るのに時間がかかるので先に入っていて欲しいとの事だったが、待たされる分胸の高鳴りは増していく。

水着姿を見た事はあるが、二人きりで、それも狭い空間で密着する、というのは初めてであり、当然喜びよりも緊張が強い。

そもそも、一緒に風呂に入るなんて経験を済ませた男女がするものではないか……と考えてしまって、むず痒さと恥ずかしさが襲ってくる。

湯に浸かってすらいないというのに、体が熱い。

早く真昼にやってきてほしいのか、来ないでほしいのか、自分でも分からない不安定さを感じつつ唇を結んでいると、背後からドアが軋む音がした。

ぎこちない動作で振り返ると、肌色の眩しい恋人がおずおずとこちらを見ていた。

そして、姿を捉えた瞬間固まってしまったのは、仕方ない事であろう。

(……これか、千歳が言っていたのは……っ)

以前、千歳は真昼が水着を二種類買ったと言っていたのを思い出した。

今回は、プールで遊んだ時に見たものではない。

今彼女が身にまとっているのは、白磁の肌とは正反対に近い、黒のビキニだ。

余計な飾りは一つもなく、シンプルに布が肌を覆っているだけのもの。露出面積も極端に多いという訳ではない。

それなのに扇情的に見えてしまうのは、彼女のスタイルのよさのせいだろう。

やはりというか、改めて見ても見事としか言いようがない。

無駄な肉のないデコルテも、強い勾配を描く膨らみも、なだらかなラインを描く腰部も、引き締まりつつもほどよい柔らかさが見える腿も、理想的なものである。

恥じらい気味に腕で前を隠そうとしているその仕草すら色っぽい。腕のせいで山が寄り合っているのが見えて、男として非常によい眺めであるが、今の状態で見せられるのはきついものがあった。

「……変、でしょうか」

「い、いや、そんな事は。似合ってる、けど」

「けど……?」

「……なんというか、刺激が強いなと」

絞るように呟くと、分かりやすく真昼の頬が染まる。

「……だから、プールでは着なかったのです。人に見られるのは、恥ずかしいです、し」

「じゃあ何で買ったんだよ」

「そ、それはその、千歳さんが……これくらいしないと、周くんは陥落しないよ、と」

「何を陥落させるつもりだったんだ……」

理性を陥落させたら真昼が大変な目に遭うと分かっていなさそうな千歳の発言に額を押さえつつ、ちらりと真昼の姿を改めて見る。

(……そりゃこんなもん見せられたら陥落しかねないけど)

それだけ真昼のこの姿は破壊力がある。今すぐしゃがみこんで落ち着くまで視界からシャットアウトしたいくらいには。

しかし、そういう訳にもいかないので、なんとか平静を取り戻そうと深呼吸しつつ、真昼の顔を見る。下はなるべく見ない方が落ち着けるだろう。

「……それで、だけど。……その、どうする? 髪、手入れしたいん、だっけ」

「は、はい。きっちり一式持って参りました」

「そ、そうか。……なんというか、真昼が楽しいならそれでいいけど……その、恥ずかしいな、やっぱ」

「そ、それはその、こちらもというか……提案したのは私ですけど」

頬の赤らみを隠しきれていない真昼は真昼で周の水着姿に視線を泳がせているが、意を決したように手にしていた防水バッグからヘアケア用品と思わしきものを取り出す。

「と、取り敢えず、始めましょうか」

「そ、そうだな。お願いするよ」

周としても真正面からずっと見続けるのはきついものがあるので、視界から真昼を外せるならそれに越した事はないだろう。

素直に椅子に腰掛けて真昼に背を向けると、小さく「うぅ」と唸り声が聞こえたので、これはこれで恥ずかしいのかもしれない。

ただ、準備をする手は止めていないのか背後からがさごそと物音がする。

「……先にブラッシングしますね」

「お、おう」

微妙に躊躇いの窺える声で告げた真昼は、周の返事を待ってからゆっくりと櫛を髪に差し込む。

感覚でしか分からないが、非常に丁寧に梳いてくれているようだ。

「最初に櫛で余計な埃やゴミを落としてしっかりお湯で流すのが大切なのですよ」

「そうなんだ。めんどくさくて風呂前に事前に髪をといてはいなかったなあ」

「周くんは髪も短くて絡まりにくいから、あまり梳くって考えはないのかもしれませんね。私は長いから絡まりやすいですし欠かせないのですけど」

「そりゃこんだけ長いのに綺麗に保ってるんだから相当神経使うよな」

真昼の髪は腰を余裕で通りすぎている。その癖枝毛はないしキューティクルもばっちり。サラサラとした滑らかな表面は、女子なら誰もが憧れそうな美しさを誇っている。

この髪を保つのにすごく苦労しているんだろうなあ、と感心していると、後ろから小さな苦笑が聞こえる。

「まあ、私は元々髪質がよいので、極端に神経を使うという訳ではないのですけど……注意しているのは事実ですね。綺麗な方がどんな服を着た時にでも見栄えしますので」

「……女の子だなあ、ほんと」

「自分に誇れる自分でありたいですから」

そう言ってブラッシングを終えシャワーを手にしたのが横目に見えたので、お湯ですすぐと理解してそっと瞳を閉じる。

真昼は「お湯かけますね」と優しく声をかけてから、シャワーからお湯を出して周の髪にかけていく。

「ここでしっかりと予洗いしておきましょうね。スタイリング剤を使用しているときはここである程度落としておいた方がよいです」

「講座が始まってますな」

「折角周くんは元々の髪質がいいので、手入れを心がけたらもっとよくなりますよ」

「……流石に毎日するのはめんどくささがあるな」

「……そこは横着したら駄目なのですよ」

全くもう、と呆れたような声をかけられる。

髪を洗っている間に少し緊張と羞恥が薄れてきたのか、ぎこちなさが消えていつものようなやり取りになっていた。

「まあ、将来的に一緒に入ってたら自然とやるようになるだろうという事で、ここは一つ手を打ってくれ」

毎日するのはちょっと面倒くさいなあという怠惰さからそう漏らしたのだが、シャワーで流していた真昼が固まった。

たっぷり十秒ほど後ろでフリーズしていた真昼は、ようやく解凍されたのかシャワーを止める。

それから無言でシャンプーを取り出して掌で擦っているのが、鏡にちらっと写っていた。

「あ、あのー、真昼さん?」

「……ナチュラルにそういう事を言うのが周くんの駄目な所です」

「えぇ……?」

しっかりと泡立ててから周の髪に泡を馴染ませていく真昼の頬は、赤い。

若干雑な手つきになっているのは、気のせいだろうか。

「……嬉しいですけど、もう周くんは志保子さん達を呆れたり出来ませんからね」

真昼が何を言いたいのか何となく理解して、ついでに後からながら自分が何を言ったのかも理解して、周もつられて頬が赤くなる。

昔はあれだけ一緒に入浴する両親を呆れて見ていたのに、自分も結婚したら毎日一緒に風呂に入ろう、という事を言っているのだ。両親を笑えない。

「……もう周くんはお口にファスナーしてくれないと私が困ります」

「……気を付けます」

折角お互いに薄れてきた羞恥がぶり返してしまって、周も真昼も顔を赤くしながらその後は無言で髪を洗う事に専念するのであった。