作品タイトル不明
163 自信
「まひるんご機嫌だねえ」
周が獲得したヘアピンを身に付けた真昼は、非常に機嫌がよさそうだった。
千歳が指摘せざるを得ないくらいに、彼女は花を飛ばしている。
花だけではなく甘い笑みまで周囲に飛ばしていて、下手したら矢まで飛ばしてすれ違う男性陣の心臓まで射止めていそうなので末恐ろしい。
周囲の男性を虜にしていく姿は天使そのものなのに、その笑顔は魔性を帯びている。
流石の樹もここまで真昼が上機嫌なのは初めて見るらしく、たじろぎと照れを見せていた。
ある程度耐性がある筈の周ですら胸の高鳴りを抑えきれない。
「おい周、これは止めないと」
「それは思う。可愛いけど、被害者が大変な事になる」
間違って何か真昼に危害を加えられても困るので、幸せそうに頬を緩めている真昼に周は軽く握った手を引っ張り、真昼の耳に顔を寄せる。
「真昼。喜んでくれて嬉しいけど、そんな顔を人に見せたら駄目だ。悪いやつに連れ去られそうだし……それに」
「それに?」
「……そういう可愛い顔は、俺と二人の時に見せてくれないと、嫌かな。俺だけのものにしたいし」
だから見せるのは嫌だ、と真昼だけに聞こえる声で囁けば、ぽふっと音を立てそうな勢いで顔を赤らめる真昼が出来上がった。
こくこくと一生懸命首を縦に振ってくれる姿は素直で健気で可愛らしいのだが、先ほどつけたヘアピンがずれてしまっている。
真昼を止めつつ優しくピンの位置を直してついでに頬を撫でておくと、今度は真昼は固まって、それから周の二の腕に軽く額を当てて顔を隠してしまった。
多分照れたんだろうな、と思いつつ握った真昼の手を指の腹で撫でるときちんと反応するので、完全にキャパオーバーになった訳でもないようだ。
「そこの二人、魅了がやんだのはいいけど今度は目の毒になってるからな」
「真昼が可愛いから仕方ない」
「いや今回のはお前が悪いと思うしお前に原因があるぞ……周を根暗って評価してた女子に今の見せてやりたいくらいだ」
「何だいきなり」
「まひるんも覚醒した周には弱いねえ、破壊力マシマシだもんね」
覚醒って何だよ、と呆れつつくっつく真昼に視線をやれば、何故だか上目遣いで微妙に睨まれた。
「……周くん、さっきの台詞はそっくりそのまま周くんにお返しします」
「お、おう?」
「絶対ですよ」
かなり念を押されたので頷くと、少し安堵したような真昼が額でぐりぐりと二の腕を押してくる。
こういう触れ方好きだよな、と思いつつ好きにさせていたら、千歳がにまにまと笑っているのが見えた。
「まひるん限定天然たらしは相変わらずだねえ」
「たらしって……あのなあ」
「まあまひるんが満更でもなさそうだから私は止めないんだけどー。それよりお腹空いちゃったからあそこのイカ焼き買いに行かない? 甘ったるいからしょっぱいもの食べたいし」
「お前まだ甘いもの食べてないだろ……」
「そっちじゃないんだなーこれが。まあいいから行こうよ、周囲のためにも」
周囲のためにも、と言われて周囲にちらりと視線を向けると、顔を赤らめた方々と視線が合う。
男女共に真昼の恥じらい具合と可愛らしさに当てられたのだろう。男性からは地味な嫉妬の眼差しを受けたので、そうに違いない。
人が多く居るところで真昼を照れさせるんじゃなかった、と地味に後悔しつつ、周は千歳の提案に乗って真昼の手を引いてイカ焼きの屋台に向かって歩き出した。
「んー、やっぱ祭りのご飯って味が違うよねえ。雰囲気効果なんだけど」
この前にも焼きそばと唐揚げを食べていたのに余裕そうな表情でイカ焼きをぱくついている千歳は、実にご満悦そうな表情だった。
出店の並ぶ大通りから少し外れて用意されていた休憩スペースで立ち食いをして居るのだが、やはりここでもちらちらと視線は感じるものだ。
(まあ、真昼も千歳もタイプが違うけど美少女だからなあ)
清楚可憐を体現したような美少女の真昼と、活発で愛嬌があるボーイッシュさが魅力の千歳、それぞれベクトルは異なるが美少女には違いない。
当然人目を惹く。
それも、今は千歳がイカ焼きを興味深そうにみていた真昼にあーんと食べさせているので、可愛らしい二人が仲睦まじく触れ合っていたら男性の視線は釘付けになるものである。
美味しかったのかふわりと淡く微笑む真昼に、うっとりとした嘆息をこぼす男性が見えるくらいなので、余程絵になっているのだろう。
「可愛いなあ」
「可愛いけど俺ら差し置いていちゃいちゃしてるぞ」
「何だヤキモチか」
「女同士で仲良くしてる分には焼きもちはそうやかない」
「はは、なら見守っとけ。あれはあれでとてもよいと思うけど」
美少女が戯れる姿は格別ですなあ、と若干変態臭い言葉を口にしている樹ではあるが、気持ちは分からなくもない。
ただ口にしたら自分が変態になる気がしたので飲み込みつつ、二人が仲良さそうに笑い合っているのを眺めていると――近くから「あれ、椎名さん?」という声が聞こえた。
振り返ると、クラスメイトである男子数人が居て、真昼達の方を見ていた。
こちらもお祭りを絶賛堪能中なのか、お面をつけていたりわたがしの袋を手にしていたりと分かりやすくお祭りを楽しんでいるのが見てとれた。
先に反応したのは樹で、相変わらずの爽やかな笑顔で彼らに手を振りながら近付いていく。
「おーお前らも祭りきたのかー」
「白河さんが居たらそりゃ樹も居るよなあ。って事は藤宮も」
「ここに居る」
樹のように手を振ったりはしないが軽く手を挙げると、彼らにざわめきが生まれた。
「え、浴衣」
「浴衣じゃ悪いのかよ」
「いや、何か堂に入ってるっつーか……」
「普通に着てるだけだけど」
浴衣を着ている事以外は特別な事はしていないし、至って普通なのだが、彼ら的には浴衣の雰囲気が特別に見えるらしい。
まじまじと見られると何とも言えない居たたまれなさと痒さを感じて顔が渋くなるのだが、ゆったりとした動作で歩み寄ってきた真昼の姿を見ればそれもほぐれた。
「あら。お久しぶり……というほどでもないかもしれませんが、終業式以来ですね。皆さんお元気そうでよかった」
「おお……浴衣の椎名さん……」
もれなく見とれているクラスメイト達も想定内なので気にせず真昼を見つめると、視線に気付いた真昼がほんのりと頬を染める。
それだけでクラスメイト達が固まるので、真昼の可愛らしさがよく分かる。
「し、椎名さん、浴衣すごく似合ってるね」
「ありがとうございます、そう言ってくださって嬉しいです」
褒められても照れるのは周相手だけなのか、美しいよそ行きの微笑みをたたえて賛辞を受け取っている。
「それ、自分で着付けたの?」
「ええ。といっても浴衣は周くんのお母様にご用意していただいたものですけど……」
「母さんが見たいから送っただけだし、気に病まなくていいぞ。母さんは真昼を可愛がるためなら何でもするからな、割と」
恐らく来年の着物も用意してそうである。我が家には幾つも着物があるし母方の祖父母の家にはもっとあるので、嬉々として見繕うだろう。
また別の着物姿が見れるのかと思うと、周としてはいいぞもっとやれとエールを内心で送るしかない。
「でも、流石に申し訳ないというか」
「いいんだよ。真昼にとってもうちは実家みたいなもんだろ」
両親からも実家と思っていいと言われているしむしろウェルカムなので、遠慮される方が両親は悲しむだろう。
それを察した真昼がはにかみながら頷いて胸元を押さえているのを柔らかな幸福感を味わいつつ眺め、それからちらりと話しかけてきたクラスメイトを見る。
そういえば彼は体育祭の時に突っかかってきたやつだったな、と今更ながらに思い出すが、だからといってどうという事はない。
何をどうしようが、真昼の中で彼らは他人に過ぎないのだ。彼らが口を挟める隙なんて、一つもないのだから。
そんな事実に優越感を覚えてしまう辺り性格悪くなったかなあと内心で苦笑しつつ、それでも譲る気は更々なかった。
「んじゃ、楽しんでるの邪魔しちゃ悪いし、そろそろ移動しようか」
千歳もイカ焼きを食べ終わったし、と付け足して千歳を見れば興味深そうにこちらを見ていた。
さりげなく真昼の腰を引き寄せつつ、彼らに周なりのよそ行きの笑みを向ける。真昼は驚いたようだが、恥じらいに確かな歓喜を滲ませて、自ら周にくっついた。
「はい。じゃあ、また夏休み明けに」
「あ、う、うん……またね」
笑顔で真昼にそう言われてはそれ以上追いすがる事も出来ず、彼らは何とも言えない表情で周達が立ち去るのを見ていた。
彼らから離れてまた出店の並ぶ道を歩き始めたところで、樹が真昼とは逆側にたって少しだけ顔を近付ける。
「周、今のわざとだろ」
真昼に聞こえないようにしているのか、小さな声が喧騒と祭り囃子に紛れて聞こえてくる。
「どこの話だ?」
「そうだな、今の体勢もそうだが、実家のくだりも」
本当に、樹は賢く勘のよい男だった。
周なりの決意と主張を、きちんと理解していたようだ。
「さあな、どうだろうな?」
「……強かになったなあ、お前も」
褒めてるのか呆れているのか分からない声音で呟かれたので、周は褒められていると受け取る事にして意味深な笑みを浮かべるのだった。