軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160 天使様のおきがえ

祭りが始まる一時間半前に、周と真昼は用意を始めた。

真昼は千歳を伴って浴衣を手に家に戻り、周は一人で浴衣の着付けに移る。

浴衣も着付けの知識が要るのだが、真昼については心配していない。彼女は着物の着付けが出来るので、浴衣くらいなんなく着てみせるだろう。

問題は周の方で、志保子に叩き込まれているとはいえ実践する事はまずなかったので、上手く出来ているか不安になる。

着終わった後鏡で確認してみるが、一応形になっていて着崩れているとかはない。

浴衣は紺の無地に小豆色の帯のシンプルなもの。あまりごてごてしたものが好きではない周としては、このチョイスはありがたかった。

鏡で見る自分は、それなりに上背がある事がプラスに働いて、それっぽい雰囲気が出ている。

元々よくも悪くも静かな顔立ちなので、雰囲気的には落ち着いたものにまとまっていて、恐らく似合っているの分類に入るだろう。

真昼の隣に並んで見劣りしないかは、人の判断に任せておく。

他人からの視線や評価も気になりはするが、結局のところ自分がどう思うか、そして真昼がどう思うかなのだ。

着付けが先に終わった周はソファに座って、ゆったりと待つ。

女性のおしゃれは時間がかかるものだと知っているし、時間に余裕を持って準備しているのでなんら問題はない。

浴衣とあればいつもより着替えに時間はかかるだろうし、浴衣なら髪を結い上げるだろうからセットする時間も通常の三割増しだろう。

その上でメイクまでするのだから、女性はすごいと周は素直に尊敬していた。

(何もしなくても真昼は当然可愛いけど、おしゃれすると女の子ってもっと輝くからすげえよなあ)

彼氏には可愛く見せたい、といういじらしい努力に微笑ましさと何とも言えない幸福を感じつつゆったり過ごしていると、どうやら用意が終わったらしく玄関で解錠音がした。

彼女のお洒落が楽しみなので振り返らずに近付くのを待っていた周に「周くん」と小さく声がかけられ、肩の辺りをぽんと叩かれる。

そこでようやく振り返って――口許を緩めた。

「可愛い。よく似合ってるよ」

「……そ、そんなにすぐ判断出来るものなのですか」

「出来る出来る。見ただけで分かるよ」

用意していた言葉なのではないか、と微妙に疑っている真昼だが、見た感想を伝えたらこれなので仕方ない。

志保子の見立ては非常に優秀だ、というのを改めて実感する。

周と隣に並ぶ事を配慮してなのか、真昼の浴衣は白地に紫陽花の落ち着いた雰囲気ながらも明るめの印象を抱かせるものだ。

濃淡のついた紺や藤色で描かれた紫陽花がなんとも大人っぽさと清楚さを醸し出している。季節からすればやや過ぎた感が否めないが、それでも非常に似合っている。

帯は明るめの紫で、シンプルなデザインの浴衣を映えさせるようなもの。帯留めはトンボ玉があしらわれたもので、涼やかさを醸し出していた。

「いつも可愛いけど、今日は清楚さの中に大人っぽさがあるな。しっとりした色っぽさがあるっていうか。可愛いって言ったし確かに可愛いけど、それより綺麗寄りかな。うん、似合ってる」

「そ、そう、ですか」

真面目に感想を述べると、やや恥じらいを見せた真昼が落ち着かない風に横髪を弄る。その姿を見て、ついつい笑ってしまう。

髪を結い上げている真昼はどうやら簪でまとめているのか、動く度に銀鎖の揺れものがゆらりゆらりと揺れている。簪は紺色の天然石と帯と同じような意匠のトンボ玉で飾られており、どことなく周の着ている浴衣に似た雰囲気を感じさせた。

「まひるんまひるん、あれ素だから」

「知ってますし身に染みてます」

「……これ責められてるのか」

「褒めてるけど責めてる、かなー?」

「何だそれ」

意味が分からず瞳を細めるが、千歳は笑うだけだし真昼は真昼でもじもじと身を縮めて恥じらっているので、意味を問う事が出来ない。

ただ、真昼も満更ではなさそうなので、悪い事ではないだろう。

「……あ、周くんも、よく似合ってます」

「そうか? ありがとう。真昼にそう言ってもらえるなら嬉しいよ」

一応それなりに合っているとは思っていたが、真昼に保証してもらえるのは大きい。若干彼女の贔屓目が入っている気がしなくもないが、褒められるのはやはり嬉しいものである。

素直に受け取ったつもりなのだが、何故か真昼はほんのり拗ねたような色を瞳に滲ませている。

「……俺、何かした?」

「自分だけ照れてずるいって事じゃないかなー」

「ち、千歳さん」

解説にうろたえる真昼の様子は、千歳の言葉が真実なのだと如実に示している。

どうやら周にも照れてほしかったらしいが、流石にこれくらいでは照れたりしない。嬉しくもあるし面映ゆくもあるが、真昼ほど恥じらう事はないだろう。

分かりやすく動揺した真昼に千歳も楽しそうに笑って「愛いやつめー」と真昼にくっついて撫でまわしている。

髪や服装、化粧を乱さないように触る彼女の妙な手つきの鮮やかさに感心すればよいのか、愛でていいのは自分だけだと主張するべきなのか。

余計に恥ずかしそうに頬を染める真昼に、まあ真昼が可愛いから二人が仲良くするのを見るのでもいいか、とあっさり許した周は二人が戯れるのを生暖かい眼差しで見守る事にした。