軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 天使様とベタな展開

周と真昼が初めて会話をした公園は帰宅途中にある。

周の住むマンションは家族用というよりは少人数で住むようなマンションなので子供は少ないし、周辺のマンションも似たり寄ったり。

そこからそう遠くない場所に作られた公園はこぢんまりとしていて、どこか寂れたような雰囲気をかもしていた。

子供達が遊んでいる訳でもなく、閑散としたその場所に――学校からの帰宅途中と思わしき真昼を見つけた。

「お前こんなところでなにしてんの」

「……何でもないです」

ベンチに姿勢よく座ったまま微動だにしない真昼は、周の姿を認めて瞳を眇めた。

今回は前と違い顔見知りであり話せる間柄なためにあっさりと声をかけたものの、彼女の声は硬い。

警戒されている、といった風ではなく、何かを表に出さないように気を付けている、といったように受け取れる。

「いや何でもないなら途方に暮れたような顔で座ってるなよ。どうかしたか」

「……別に……」

困り果てたような顔をしていたのが気になったのだが、真昼からその理由を口にする事はない。

外で関わらない、という条約が結ばれているものの、今回は真昼が何か困っているのでつい声をかけてしまった。

真昼としては、あまり関わってほしくないのかもしれない。

まあ言いたくないならいいか、と地味に表情を強張らせた真昼を眺めると、ブレザーに白い糸、というよりは毛が幾つも付着している事に気付く。

「てか制服に毛が付いてるけど、犬か猫と遊んでたのか」

「遊んでません。ただ、木の上で立ち往生していた猫を下ろしてあげただけです」

「なんてベタな事を。……あーそういう事か」

「え?」

「そこで待ってろ。絶対動くなよ」

真昼が言った事で何故ベンチに留まり続けているのか後れ馳せながら理解した周は、はぁとため息をついて一旦その場所を離れる。

真昼は、言い付け通り確実にあそこから動かないだろう。

というより、動けない、というのが正しいだろう。

変なところで強がりなやつめ、と一人こぼしながら近場にあったドラッグストアで湿布とテープ、コンビニでコーヒー用のカップ氷を購入して真昼のところに戻ると、やはりそのまま彼女は佇んでいた。

「椎名、タイツ脱げ」

「は?」

端的に口にすれば、真昼が極寒の声を出す。

「いやそんな声されても……ほら、ブレザーかけるし後ろ向いてるからタイツ脱げ。とりあえず患部冷やして湿布貼るから」

流石にタイツを脱がせて喜ぶ趣味はないので弁明もかねて購入品の入ったレジ袋を揺らすと、真昼の顔が分かりやすく強張った。

どうやら当たりだったらしい。

「……何で分かったのですか」

「ローファー片足だけ脱ぎかけだし微妙に足首の太さ違う。あとそこから立とうとしないからな。猫助けて足くじくとか本当にベタな事を」

「うるさいです」

「はいはい。ほらタイツ脱いで足だせ」

ちょっと見れば分かる事なのだが気付かれたのは想定外なのか、渋い顔をしている。

ただ、素直にブレザーを受け取って膝にかけたので言う事は聞いてくれるだろう。

周はそのまま真昼に背を向けて、コンビニで買ったカップ氷をビニール袋に入れて水を注ぐ。

こぼれないように口を縛りつつ、軽くリュックに入っていたタオルでくるんで即席の氷嚢を作ったところで、ゆっくりと振り返る。

真昼は、言われた通りにタイツを脱いで素足になっていた。

無駄な脂肪のない、引き締まりつつも柔らかさを感じさせる滑らかな脚のラインも、足首の不自然な膨らみも、露になっている。

「まあ腫れはひどくないけどあんま動いたら悪化しそうだな。とりあえず、寒いだろうが少し冷やしとけ。痛みが薄くなったら湿布貼るから安静な」

「……ありがとうございます」

「今度からは最初から素直に頼ってくれ。別に恩を売りたい訳じゃないから」

むしろこっちとしては散々貯まりつつある恩を小分けにしてでも返したいくらいなので、困り事の一つや二つ解決させてほしい。

脚をベンチの上に乗せて足首を冷やしている真昼は相変わらずの表情だったが、周の気遣いを拒む事はなく、大人しいものである。

「痛み、引いたか?」

「……まあ、ある程度は」

「じゃあ湿布するから、……変態とか痴漢とか怒るなよ?」

「恩人にそんな失礼な事言いません」

「そりゃよかった」

やましい思いは一切ない事を強調して、真昼の足元にしゃがんで膨らみ赤らんだ足首に湿布を貼る。

一応痛みの程度を聞いたところ立てるし歩けるけれど悪化しそうだから大人しくしていた、との事なので、ひとまず軽傷の範疇であろう。

湿布を貼って一緒に買ったテープで固定すると、じっと周を見下ろす真昼に気付く。

「案外器用なのですね」

「まあ、怪我の処置くらいは出来るよ。料理は出来んが」

少しおどけたように肩を竦めると、くすりと小さな笑みがこぼれる。

先程から堅い表情をさせていたので、少しでもリラックス出来たならよかっただろう。

ほんのり態度が和らいだ真昼に内心安堵しつつ、リュックからジャージの下を取り出す。

「ん」

「はい?」

「いやだからそんな顔するな。足見えるだろ。湿布貼ったままタイツはくわけにいかないだろうし。着用してないから安心しろ」

テーピングで一回り大きくなっている足首回りのままタイツをはかせるのも悪いし、違和感があるだろうから防寒と下着が見える事を防止するためにはいてもらうのがいいだろう。

特に他意はないと分かっているらしく、実に素直にジャージをはいてくれた。

はいた事を確認してから、貸していたブレザーを摘まみ、代わりにいままでシャツの上に着ていたパーカーを入れ換えるように真昼に渡す。

「ほいこっち着る」

「いやだからなんで」

「背負われてる姿見られたいのか」

流石に、怪我人を歩かせるつもりはないし最初からこうするつもりだったのだ。

どうせ帰る場所はほぼ一緒なのだから、周が連れて帰った方が効率がいいし怪我にもいい。

「あ、悪いけど俺のリュックだけ背負っといてくれるか。流石にリュック背負ったままお前背負えない」

「背負わないという選択肢は?」

「あのなあ、足捻ってるんだから安静にしてくれ。誰も居ないならともかく、ここに丁度いい足があるんだから利用でもしといてくれ」

「足ですか」

「なんだ、腕がいいのか。横抱きをご所望か」

「私を抱えて家まで帰れる筋力あるんですか」

「馬鹿にしてるのか。……まあ自信はないな」

真昼自体を横抱きにするのは出来るが、流石にマンションまで運ぶのは結構大変だろう。あと、人からの注目が大変そうなので出来ればやりたくない。

真昼も軽い冗談で言ったのは分かっているので小馬鹿にされた事は怒るつもりもなく、それだけ軽口叩けるなら充分だと笑った。

「ほら、着たならフードかぶってリュック背負ってくれ。あと、ついでに自分の鞄も俺が背負った後に持っといてくれよ、お前支えるから持てないし」

「……すみません」

「別にいいから。怪我人放って帰ったり歩かせたりするほど男は廃ってないから」

屈んで背を向ければ、おずおずと真昼が周の背中に体を預ける。

パーカーまで着させたので着込んでいる筈なのに、それでも触れた体は細くて頼りなかった。

首に回された手がぎゅっと絞めない程度に周を捕まえるのを確認してから、周はゆっくりと真昼を背負って立ち上がる。

やはりというか、軽い。

周に口うるさく言う割に本人は食べているのかと心配になる程度には華奢だったが、元々小柄なのでこんなものなのかもしれない。

ほんのりと甘い匂いがするし、不安げにぎゅっとしがみつかれているという状況は色々と思うところはあったものの、表にはおくびも出さずに帰路に就く。

背負っているという事で多少人から視線は浴びるものの、真昼が顔を隠すように埋めているため然程注目は浴びないのが救いだった。

「じゃ、これで」

真昼の自宅の玄関前まで運んで下ろして、周はこれ以上の干渉はすまいとあっさりと離れる。

壁を支えにしつつもきっちり自立出来ているので、怪我の具合もそうひどくはないだろう。幸いな事に明日から休日なので、数日安静にしていれば歩行に支障ない程度までは治る筈だ。

「今日は俺のご飯とかいいから安静にしてろ。なんなら栄養補助食品でもやろうか」

「結構です。作りおきありますので」

「そりゃよかった。じゃあな」

ご飯に心配ないのなら何よりだった。動かないで済むに越した事はない。

真昼が玄関の鍵を開けたのを見て、自分もそのまま自宅の鍵を取り出した。

「……あの」

「ん?」

声をかけられて顔を真昼に向けると、自分の鞄を抱き締めた彼女がおずおずとこちらを見上げている。

ほんのりと揺れる瞳に首を傾げると、少し困ったように視線をさ迷わせて、それでも意を決したのか周を真っ直ぐにみつめた。

「……今日は、ありがとうございました。とても助かりました」

「いいよ別に、俺が勝手にした事だし。じゃ、お大事に」

あまり気に病まれても困るのでさらっと流して、真昼がぺこりと頭を下げたのを見てから自宅の鍵を開ける。

そういえばパーカーとジャージを貸したままだった事に気づいたが、また後日返却されるだろうと予想をつけて、周はそのまま玄関の向こうに身を滑らせた。