軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116 天使様と例の男

校舎にたどり着けば、視線はより量を増していた。

側に千歳が居るものの、周と真昼が手を繋いで廊下を歩けば当然目を引く。千歳はのんびりと「ひゅー、注目の的だねえ」と感想を口にしているが、周としてはやはり視線を浴びるのは慣れなかった。

真昼は元々視線を向けられるのに慣れているのか堂々と歩いている。しっかりと握った手を見せるように歩いているので、お披露目の意味合いを兼ねているのかもしれない。

廊下を通れば「天使が男と……」「椎名さんがいつもと違う……」「あんなやつ居たか!? この間の体育祭の男とは全然見かけ違うし……」という声が聞こえた。残念ながらその体育祭で大切な人と示された男である。

その声に応える事はしなかったが、真昼は甘い色を混ぜた天使様の笑みを浮かべて周囲に振り撒いていた。

「周くん」

「ん?」

「そろそろ教室につきますけど、大丈夫ですか?」

自分達の教室が近付いてきたところで、真昼が問い掛ける。

「もう見せ付けてる時点で覚悟してるから大丈夫だよ」

「……そうですか」

「みんな驚くだろうなあ。まひるんのあの発言の後の休日明けに周がイメチェンしてるんだもん」

私もびっくりした、と軽やかな笑みを浮かべている千歳に、彼女と樹や門脇には連絡しておくべきだったかもと微妙に後悔していた。

付き合い始めたという報告をするのが恥ずかしくて後回しにしていたが、見守ってきてくれた彼らには真っ先に報告するべきだっただろう。

「……千歳」

「うん?」

「ごめんな、その、報告してなくて」

「いや付き合い始めたの体育祭終わってからでしょ? 多分二人いちゃいちゃしてて忙しかっただろうし、周はメッセージとかではなくて面と向かって言いたいタイプだろうから気にしてないよ」

いちゃいちゃして忙しかった、という認識は複雑なものの、確かに昨日は二人でくっついて過ごしていてそれ以外の事を考えていなかった。

それに、千歳の言う通り、色々とお世話になった千歳達には実際に会って言いたかった。千歳は言う前に察して、からかいに走ったので報告と言うよりは事実確認してもらった形だが。

「……さんきゅ」

「どういたしまして。ふふー、二人をくっつけた立役者と言っても過言ではない私をもっと崇めるがよいー」

「ははー。今度千歳様が気に入ってる駅前のクレープをお納めしますー」

「うむくるしゅうないぞー」

茶化した千歳に周も乗っかってやりとりをしつつ、真昼と共に自分の教室の扉に身を潜らせた。

「あ、おはよう椎名さ……え?」

初めに気付いたのは教室の出入り口付近でたむろしていた数人の女子だ。

机に座って何やら盛り上がっていたようだが、真昼の入室に気付いて視線を上げて……それから、真昼が手を掴んでいる周の姿に気付いたようだった。

視線が繋がれた手から周の顔に上がる。

その時彼女達の表情に浮かんだのは、誰だこの人は、といったものだった。

それも当然で、周はクラスメイトにこの姿を見せた事はない。

時折見かけられる、という事はあったかもしれないが、藤宮周としてこの格好で学校に登校した事はなく、彼女達の目には知らない人として映っているだろう。

けれど、先週の体育祭で真昼が周を大切な人だと公にした事は、生徒達の記憶には新しい。

少し考えれば、今手を繋いでいる青年が周とイコールで結ばれる筈だ。

その計算式の答えが導き出される前に、周は一度彼女の手を離して荷物を自分の席に置きに行く。

分かりやすく、自分が誰なのかを示すために。

気づけば教室がいつもより静かになっていた。

普段はおしゃべりに花を咲かせているクラスメイトも、周に視線を向けている。

「おはよう藤宮」

どこか気まずさすら感じさせる静寂の中、いつもの笑顔を浮かべた門脇と樹が周に寄ってくる。

自分を知っていてなおかつ普段通りに接してくれる彼らの存在は、今はとてもありがたかった。

「はよ、二人とも」

「なんだ、とうとう観念したのか」

「観念ってあのなあ。……まあ、捕まったし捕まえたよ」

彼らには散々相談をしていたし、樹なんか一番早く周の真昼への想いに気付いていたので、周が二人いわく例の男フォームで手を繋いで教室に入った事ですぐに交際し始めたと分かったようだ。

「ん、おめでとう。俺は藤宮と仲良くなったのは最近だからあんま長かったとは言えないけど、やっぱり焦れったかったから、やっとかあって気持ちだな」

「俺なんか半年は見守ってるんだぞ。このへたれめ」

「やかましいわ。悪かったな」

実際半年くらい周と真昼が歩み寄っていたのを見守っていた彼としては感慨深いのか、しみじみと頷いて「長かったなあ」と呟く。

樹にはよくも悪くもお世話になったし背中を押して、いや蹴ってもらったので、感謝している。時折お節介がすぎる事もあったが、それでも足踏みしていた周を応援して後押ししてくれていたのだ。

恐らく、知り合いの中では樹が一番この交際を祝福しているだろう。

「で、覚悟決めてその格好、と」

「おう」

「いやー、何か見慣れないから不思議な気分だわ」

「そうだね。こないだ見せてもらったきりだし」

門脇に見せたのはゴールデンウィーク以来なので、一ヶ月ほど前になる。それも一度しか見せていないので、見慣れないのも当然だ。見慣れているのは真昼くらいなものだ。

その真昼は千歳にべったりとくっつかれて頭を撫でられながら、他のクラスメイト達にわらわらと群がられている。

少し離れた位置に居たが、教室が静かなので何を聞かれているか聞こえてくる。聞こえなくても何を聞かれているのかは分かったが。

「あの、藤宮君!」

大変そうだなと眺めていたら、今度は周が声をかけられる番だった。

声の方を向けば、数人の女子が興味津々なのも隠そうとしない瞳で周を見ながら取り囲もうとしていた。

あまり異性が得意でない周としては、こういった状況は胃に悪いのだが、元よりこうなる事も覚悟していたので内心はおくびにも出さず彼女達の方を見る。

「……何か?」

「わ、ほんとに藤宮君だったんだ! 私の知ってる藤宮君と違ってびっくりしちゃって!」

「すごい印象変わったよねー」

「ほんとほんと! 前は地味な感じだったのに!」

「ちょっと地味は失礼でしょ」

「あ、ごめんね藤宮君」

「いいよ、地味なのは間違いないから」

女子達の勢いに飲まれそうだったものの、なるべく彼女達のペースに飲み込まれないようにしつつ苦笑を浮かべる。

彼女達の言葉は事実そうだったし、反論する気もないし苛つきもしなかった。

地味に留めていたのは自分だし、性格的にも目立つ事を好まなかったからこそクラスでは毒にも薬にもならない大人しい男子で通していた。

恐らく、このクラスの誰もが地味で平凡な男子という評価を周にくだしていただろう。

それが急に変わったのだから、戸惑いも頷けるのだ。

「随分とイメチェンしたねー」

「そうだな。変か?」

「そんな事ないよ、すごくよくなったと思う」

「むしろイケメンになってびっくりした」

「そう言ってもらえるとした甲斐があったよ」

あんまり面と向かって褒められるのは恥ずかしかったが、ここで否定しても仕方ないし謙遜は時に毒になるとも学習したのでありがたく受け取っておく。

なるべく柔らかい表情を心がけて頷けば、彼女達も楽しそうに笑った。

「ねえねえ、一つ聞いていい?」

「俺に答えられるものならどうぞ」

「気になるんだけどさ、前椎名さんと一緒に歩いてたのって藤宮君?」

とうとうやってきたな、と思った。

いずれ誰かに聞かれる質問だったので、ここではっきりと答えと意思表示をするつもりだった。

クラスメイトもこちらの会話に耳をそばだてているようだし、ここで宣言してしまえば学校中に伝わるだろう。

「そうだな、俺だな」

「つ、付き合ってるの? 今日、手を繋いできてたみたいだし……」

「ああ。お陰様で、先週から付き合い始めたよ」

明確に肯定すれば、きゃあと黄色い声が上がった。後ろで男子達の絶望の声と怨嗟の声が聞こえてきた気がしたが、敢えてスルーする。

どうせこの後男子達にも問い詰められるので、その時に受け止めればいいだろう。

「え、どうやってあの椎名さんと……」

「去年から縁があってな。自然と仲良くなったんだよ。な、真昼」

「はい」

質問攻めが終わった、というよりは周とやり取りしている姿を見せた方が早いと判断したのか、にこやかな笑みで近寄ってくる。

隣に移動して周に触れるか触れないかといった距離に立った真昼は、周に質問していた女子達に美しい微笑みを見せた。

「説明しにくいですが、色々あって付き合う事になったんです。ずっと私の片想いでしたから、本当に嬉しくって……つい、自慢みたいに手を繋いできてしまいました」

きゅっと登校していた時のように周の手に手を重ねてくる真昼に、周も小さく苦笑して真昼の手を握る。

「いや、俺の方が先に好きだったと思うんだが」

「私の方が先だと思いますよ? どちらにせよ周くんはずっと告白してくれませんでしたし」

「ごめんって。ちゃんと告白したので許してください」

「……私からだったと思うんですけど」

「今度はちゃんと俺からするから」

「何をするんですか」

「……さあな」

恋人の先にあるものなんて一つしかないので、真昼も考えたら分かる筈なのだが……真昼は不思議そうにしているだけだった。

周としては、今ここで言うものでもないし、責任が取れる年齢でもないので、まだ胸の奥に収めておく。恐らく、この言葉は、何年経っても色褪せず、変わらずにあるだろう。

その時になったらちゃんと自分から言うつもりなので、今はお預けという事にさせてもらうつもりだ。

誤魔化した周に少しだけ不服そうに周を見上げていたが、周が頭を撫でるとそれも収まった。

「……また誤魔化すんですから」

「いつか言うから勘弁してください」

「もう」

口では不満げでも、表情はご満悦そうだった。

ただ、何かに気付いたようで慌てて頬を押さえて顔を赤らめる。

その様子になんだと辺りを見たら、クラスメイトが絶句していた。

視線の先には、周と真昼が居る。

(――やらかした)

確かに真昼との仲を見せて真昼の彼氏という立場を確固たるものにしようとしていた意図はあったが、普段家でしているような会話をするつもりはなかったのだ。

つい癖で頭を撫でてしまったが、こんな風に触れればクラスメイトがどう思うかなんて分かりきっている。

「……周、お前ら無意識にいちゃつくから気を付けろよ」

元祖バカップルの称号を欲しいままにしている樹にまで注意されて、周は慌てて真昼の頭から掌を離しつつ頬に押し寄せる熱が表に出ないように唇を噛み締めるのであった。