軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.思い出す後悔は黒歴史となる

「お姉様、お体はもう平気なんですか?」

「……えぇ、昨晩を欠席してしまい申し訳ありません」

「いいえ、お姉様の体調が第一ですもの!」

明るく笑う姿は柔らかな日差しによく似ている。人を安心させる効果があるといえば良いだろうか、素直な性根が曇りの無い表情に現れていた。

自分の祝いの席に来ない義理の姉を心配するなんて、本当に心の綺麗な娘だ。

そしてその優しさを上手く受け取れない自分はきっと根本から性格が歪んでいる。大きな目安で見れば真っ直ぐ伸びているだろうけれど、きっと少しずつ曲がりくねった直線。

正直に言えば、自分の事など気にせず家族団欒に身を浸していてほしい。いっそ屋敷を別にしてもらっても全然構わない。

「皆には昨晩話したが、今度のお茶会にはメアリーも参加する事になった」

「……そうですか」

予想通りと言うか、記憶通り。前回は昨夜の祝いの席で聞いたが、それを回避した所で未来が変わるわけではないらしい。ある程度分かっていたので驚きは無かった。

貴族の習慣なのか性質なのか、一定の周期でお茶会が開催される。行事によってはパーティーもあるのでそれらを総称し『社交界』と呼んでいるのだが。貴族にとっての大切な務めの一つで、最も見栄を張り礼儀を気にしなければならない場所。子供だからといって容赦などなく、むしろ子供だからこその交流は色々と問題があったりする。

色々な噂が飛び交う中、善悪問わず噂が話の中心になる社交界に当事者を行かせるのはあまり宜しくないと思うのだが。

恐らく父は、そういった事に対して全く無頓着なのだろう。無関心とかではなく、知らないのだ。

その美しさと才覚で沢山の味方を得てきた父は、現実主義のくせに夢見がちという矛盾を抱えている人だから。人のほの暗い感情を知っていながら、それが自分の愛する娘に向けられるなんて夢にも思わない。大人と子供の許容範囲を見誤っているのか、父の時代は今よりも妾の存在が明けっ広げだったからか……どちらにしろ結果は同じ。

仕事ではどんな冷酷な判断も真顔で下せるというのに、娘に対する盲目ぶりはある意味ヴィオレットの時と通ずる物がある。無関心と盲目では月と石ころ程も差があるのだが、下手に周りを刺激する事を考えると自分の方が幾分マシかもしれない。

恐らくメアリージュンは茶会の中心になるだろう、それもあまりよろしくない方向で。

何かしらの対策を取る時間は……残されていなかった。

× × × ×

嫌な予感をひしひしと感じる日々の中、色々と降り掛かりそうな火の粉の対策を考えてみたものの功は奏しませんでした。元々日も無かったせいか、それとも他人事だと思っているせいか……後者を否定出来ないのが悲しい所だ。

ヴィオレット本人は前回の様な嫌がらせをする気皆無なので、後は彼女に近付かなければいいだけだ。メアリージュンに降り掛かる災厄については、本人で何とかしてもらえると助かる。

「メアリー、よく似合っているわ!」

「あぁ、本当に綺麗だな」

「ありがとう!お母様、お父様!」

両親に囲まれて表情に花が咲いているメアリージュンは、ヴィオレットの心配する現状を欠片も理解していないらしい。

ヴィオレットも身に染みているメアリージュンの優しさはそのまま認識の甘さに直結している様だ。それは彼女の美徳でもあり、今回に至っては短所と言えよう。長所と短所は紙一重である。

ドレスを着て嬉しそうにはしゃぐ本人も、それを称える両親も、完成された家族の姿は確かに祝福したくなる光景かもしれない。

「ヴィオレット様」

「……出発まで部屋に居ようかしら」

本来ならばそこに加わるべき人物を無視していなければ、の話だが。

あまりにも自然に、事情を知らぬ者には一人娘が可愛くて仕方がない子煩悩な両親にしか見えないだろう。

長女の存在を無視して固まったそれは、今のヴィオレットにとっては何の感情も芽生えないほど馴染んだ『家族団欒』の光景だ。最早傷付く事の方が馬鹿らしい。

「ではお茶の用意を」

「今からお茶会に行くのに?」

「ヴィオレット様がお茶会でほとんど飲食をなさらない事なら把握済みです」

「ふふ、マリンは何でも知っているのね」

「えぇ、ヴィオレット様の事はなんだって」

マリンがヴィオレットに仕える様になって七年、すでに両親よりも側にいる時間は長いだろう。そして性格も好き嫌いも、血の繋がりしかない彼らよりずっとずっと知っている。弱い所も、強い所も、悩みやコンプレックスだって。

最終的に罪を選んでしまったヴィオレットだが、それでもマリンの存在は家族を恋しがる自分を救ってくれていた。

「それじゃあお願いするわ、銘柄は任せるから」

「畏まりました……ヴィオレット様」

「なぁに?」

楽しげな声の漏れる扉に背を向けて、身を包んだドレスを軽く持ち上げる。ふわりと広がる裾は華やかさを演出するが、目に見えるよりも随分と動き難い。きっと美しく着飾れた事に心を踊らせている異母妹は気付いていないだろうけれど、そしてそれを教えられる人物は彼女の側にいない。父が知っている訳もなく、彼女の母も娘同様お茶会に参加するのは初めてだから。

本当は自分が教えるべきなのかも知れないが、彼らの団欒を壊した上上手く説明出来る気がしない。

正しくヴァーハン家の血を引き継ぎ、何の憂いもなく家族であるはずなのに、家族団欒には入れないというのは何とも奇妙な。

結局、ヴィオレットはどこまでも家族とは縁遠いらしい。

「本日も、とてもお美しくていらっしゃいます。御召し物も本当によくお似合いですよ」

「……ありがとう、マリン」

灰色の髪と目に合わせた、鮮やかな赤色。大人びて見える自分の容姿に合わせて、デザインも可愛さよりも上品さのある物を。髪型も髪飾りも、自分で決めてマリンに再現してもらった。

彼女の褒め言葉に含まれる思いは、間違いなく本物で本心。今さら社交辞令やお世辞を言う関係ではない。

それを充分に分かっているのに、ヴィオレットの脳裏に過ったのは自分の抜けた穴すら存在しない家族の姿だった。

傷付いている訳ではない、不満だってない。

今さら期待も願望も抱きはしないが、それでもふと気が付いたのは。

(そういえば……一度も褒められた事無かったな)

表彰される様な事から、今日の様に着飾った姿も、ただの一度だって父から褒められはしなかった。

褒められた事もない、共に暮らさず話さず、目さえ合わない家族とは……他人の方がよっぽど円満な関係を築けるだろう。

(考えれば考えるほど、私のした事って無駄だったのね)

振り返るほど黒く塗り潰されるかつての記憶、正に黒歴史というやつだ。褒められた事すらないのに愛されたいなど、滑稽にも程がある。

「……今後に活かしましょう」

思わぬ所から流れ弾に当たった気がしなくもないが、これ以上考えたところで傷が増える事態にしかならない。

ヴィオレットは数回頭を横に振って気分を切り替えると、マリンの美味しいお茶を待つ為に自室へと戻った。