作品タイトル不明
迷い橋
カサカサと音を立て、落ち葉が山を作っていく。自然の中に聳える要塞は、気を抜くとすぐに草木が覆い隠してしまう。木々の剪定は専門家に任せているが、地面を滑る葉はマリン達の仕事だ。ヴィオレットに拾われたばかりの頃は背丈ほどある箒に振り回されたいたのに、今では肩にも届かない箒を手足の様に操れる様になった。
それだけの時間が経った。神の下から逃げた餓鬼も、愛に怯え愛を求めた少女も、もういない。マリンはただのメイドになり、少女は美しく笑っている。すでに幸せは出来上がった。マリンが切望した全てが、ここにはある。
マリンの願いは、最も強く望む事は、この幸せが永遠に続く事。ヴィオレットの幸福が、完璧な形で引き続いてゆく事──結局、どれだけ考えてもそこに着地した。
ユランとマリンが似ているのは、ヴィオレットの幸せを願う強さ。そしてマリンとユランの決定的な違いは、天秤が存在するか否か。きっとユランは、今のマリンの様な葛藤なんて、欠片も抱きはしないんだろう。
「マリンさん、そろそろお客様が到着されます」
「もうそんな時間ですか……すみません、ここの掃除を任せても?」
「はい。あの、ヴィオレット様がお出迎えに行くと」
「あぁ……分かりました。ここはよろしくお願いします」
今日はロゼット妃がラディア殿下を連れて遊びに来る日だ。字面だけみると仰々しいが、既に何度も体験しているので、今更慌てる事も無い。唯一違うのは、つい先日、ヴィオレットの第二子妊娠が分かった事だった。
安定期に入り、本人はすこぶる好調だと言っているが、彼女の周りは本人以上に過保護な人間が揃っている。今日だって、スケジュール変更を何度も打診した。ユランに至っては仕事を休むと言い出してシスイが呆れかえっていたくらいだ。しかしヴィオレット本人とヴァニラが友人の訪問を楽しみにしているので、子供達を見守る人数を増やす事で折り合いをつけたらしい。今日はいつもより人気が多い。
「ヴィオレット様、お出迎えは私達で行いますから、座って待っていて下さい」
「私もそのつもりだったのだけれど、ヴァニラが一緒に行くと言って聞かないの」
部屋に入ると、ヴィオレットの手を引っ張るヴァニラが居た。母の妊娠を察しているのかいないのか、ヴァニラは最近ヴィオレットにべったりで、何処に行くにも母を連れて行こうとする。可愛らしい反面、宥めるのは大変だった。
「ヴァニラ様、マリンと一緒に参りましょう」
「やっ! ママといっしょに行くの!」
「お母様はここでヴァニラ様とラディア様のおやつを準備してくれるそうですよ。今日はシスイさんがふわふわのパンを作ってくれました。ラディア様にも見せて差し上げましょう?」
目線を合わせて説明した時の成功確率は半々だが、今回はラディアの名を出した事もあり成功した。ゆったりとソファに座っているヴィオレットへ元気に手を振って、マリンの手を引き走り出す。と言っても小さな歩幅ではマリンの早歩きくらいにしかならなかったが。
玄関に降りていくと、ロゼット親子が丁度到着した所だった。ヴァニラとラディアは目が合った途端走り出し、手を取り合ったかと思うと遊びに飛んで行こうとする。それを阻もうものなら、柔軟な発想でとんでもない行動をされかねない。
「俺が行きます」
ロゼットの後ろに控えていたリツが、すっとロゼットの脇を通り抜け、きゃらきゃらと笑い合う小さな背中を追い掛ける。子供達に割かれる前提で人手は多いからか、リツ一人いなくなっても護衛には事欠かない。
「お待ちください、私も行きます」
とはいえ、彼一人にヴァニラまで任せる訳にはいかない。部屋までの案内を他の者に任せて、マリンもリツの後ろから元気な笑い声を追った。