軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.黒歴史で済めば安いものでしょう

話している最中に場を離れるなんてあまり誉められた行動ではないと分かっている。立ち去るだけでも様々な礼節が重んじられるなんて、貴族とは面倒な事を伝統と言い換える傾向が強い。

最低限の挨拶はしたが、ミラニアにとっての合格基準がどこなのかは不明。穏やかであり、細かい事を気にする質でない事も分かっているから恐らく大丈夫だとうけど。

今はそんな事より、もっと重要な事がある。

(見間違いなんて事は……)

いかに楽観視しても、その可能性はないだろう。

あの時窓の外に見えた、光を弾く美しいパールの色。自分の鈍い中途半端な色合いとは違う、心の純粋さが滲んだ純白。

知っている。見た事がある。今日の朝も隣で笑っていた人に、よく似ていたから。

「勘弁して……」

見なかったふり、何も知らないふりが出来れば最善だが、もし今回もヴィオレットを理由にした行いだったなら。そして今度こそ、メアリージュンが父に報告したら。

想像するだけで今の万倍面倒な自体になると予想出来る。メアリージュンに対する愛情だけで判断する父は、クローディアの正義感よりも質が悪い事だろう。

何を言われようと痛くはないが、保護者の必要な身で余計ないざこざを起こしたくはない。ただでさえあの家は息苦しいというのに、これ以上首を絞めたら死んでしまう。

ほとんど歩いているのと変わらない速度で、急ぎ現場に向かう。

いっそスカートを気にせず走ってしまいたかったが、それが許される身分にない事は理解している。母が望んだ父の分身として脚力には自信があるけれど、それを披露する場所はもうどこにもないのだから。

マリンは活発なヴィオレットも美しいと敬い称えてくれるけど、大半の貴族は、そして何より父はヴィオレットにそんな物は求めていない。麗しのご令嬢である事、それだけだ。

物心ついた頃からずっと男の子を押し付けられていた幼子が、自我の育ち切った後急に女の子に戻され、そこから完璧な令嬢の仮面を作り上げる。それがどれ程の苦行かなんて理解どころか考えもせずに。

「こんなに広い必要ないじゃない……っ」

長い道のりに思わず不満が漏れた。実際生徒数に対して敷地面積が可笑しい事は前から何度も思っている事だが、走れずに急ぐ今の身では余計に痛感するのだろう。

校舎もそうだし、庭も広すぎてうんざりしてしまう。

「どこに行ったの……」

ヴィオレットが見たのは、中庭で囲まれるメアリージュンらしき人影。

言葉で表せば簡単に探せそうに思えるが、その中庭がとんでもなく広いのだから言葉とは難しいものだ。中庭についてかれこれ十分、メアリージュンどころか他の人に声すら聞こえない。

時間を考えても教室に戻ったのか、静かな庭に草花が風で揺れる音だけが耳に残って。いつもなら静かで落ち着くと笑っていられるが、今はむしろ騒がしい所はどこだ。

闇雲に探した所で見つからないだろうと、一度足を止める。

考えろと、思い出せと命じれば素直に開いた記憶の扉。出来れば忘れてしまいたいけど、こういった時には便利なものだ。

かつて自分がメアリージュンにした事を、思い出す。集団で囲む事も、詰り蔑む事も、暴力に出た事だってある。黒歴史ではなく紛れもない前科。

消したい過去であり、実際消えてしまった経歴だけど、ヴィオレットにはしっかりと刻まれている。

だからこそ、こういった時どこを選ぶのか。自分はどんな場所を選んだのか。今メアリージュンを囲んでいる人の気持ちが手に取る様に分かる。

人気がなく、目立たない場所。暗い方がいいけど、不潔な場所は自分が居たくないから却下。人が近付くとすぐに分かったなら尚素晴らしいが、そんな場所は学園内にはない。

人が居ない人が来ない、そんな場所は山ほどあるが、最後に見た場所から考えると校舎の影になる方へ移動したのだろう。

「……あそこか」

脳内でピックアップした場所は、ヴィオレットにも馴染みが深い所だった。明確にいうなら、かつて自分がメアリージュンを呼び出しいじめた場所。

もう近付く事などないとないと思っていたが、これこそ運命と呼ぶべきだろうか。

相手に気付かれない様に、出来るだけ音と気配を消した。これも分身時代に培ったスキルだが、まさか役立てる日が来ようとは。

神経を尖らせて、耳をそばだてる。わずかな音でも聞き逃さない為に。

少しすると、聞こえてきた。探していた、出来れば聞こえずにいて欲しかった声が。

「ただの愛人が、子を生んで後妻に収まるなんて……まさに売女ね」

「お母様はそんな人じゃない……っ!」