軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.居場所とはどういう場所をいうのだろう

「はぁ……」

机に鞄を置き、椅子に座ると同時にため息が漏れた。

朝食中は両親がいるため自分は空気に徹すれば問題ないが、登校中はそうもいかない。別々で家を出ようにも、メアリージュンが一緒に行きたいといえば優先されるのはそちらだ。

自宅の車中も落ち着かず、ようやく一息つけたのはメアリージュンと別れた後。我が家よりも学園の方が心穏やかで居られる気がする。

学園に行きたくない場合は引きこもりという選択が出来るのだが、逆の場合はどうすればいいのか。これは本気で別宅への引っ越しを検討した方がいいかもしれない。

「……今日はどこかに寄ってから帰りましょう」

下手に家に帰るとメアリージュンに捕まった時が面倒くさい。朝食も夕飯も供にせねばならないなら、せめて下校時間をずらすくらいの悪あがきは許して欲しい。

「ヴィオレット様、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

隣の席から聞こえてきた挨拶にはちゃんと笑顔を返す。遠巻きに様子を窺っていたのは噂が広まったその日くらいで、次の日から段々と元の空気に戻っていった。

今はもう普通に挨拶もするし、時には世間話にだって発展する。新しい母が出来たといってもヴィオレットのは血も縁も無い相手だ。それが態度に出ていたのかは不明だが、少なくともヴィオレットが噂の内容に関して気にしていない事は伝わったのだろう。

とはいえ、元から交流の少ないせいか日常の変化はそれほどないのだけど。

(平和に過ごせるなら、どうでもいいか)

今さら一人でいる事を寂しいと感じる神経はしていない。噂による気遣いは無用だったと周りが察知してくれたなら、それ以上を望む気は更々ないのだ。

机に頬杖を付き、視線を床に落とす。

一見だらしないと言われかねない姿勢も、ヴィオレットの造形にかかれば絵画のモデルにしたくなる高貴さが漂うのだから、美しさの影響とは恐ろしい。

結局の所、ヴィオレットの人生をほの暗い物にした原因も父に瓜二つなその容姿であり、遡れば母を虜にした父の美々しい姿にあるのだから。

× × × ×

授業が終わり、お昼の時間が訪れる。この学園にお手製のお弁当を持ってくる者は少数。稀に我が家のジェフが一番だと言って持って来ている者もいるが、基本的に自宅学園問わず一流が用意する事に代わりない。健康管理に加えある程度の我が儘なら叶えてくれるという点でも、わざわざ持参する方が面倒に思えるくらいには充実している。

そして多くの生徒と同じく、ヴィオレットも学園の食堂で満足している側の人間だ。しかしヴィオレットの場合は好き嫌いがない訳でも味にこだわりがない訳でもなく、ヴァーハン家に属している人間に余計な手間を掛けさせたくないという一点のみの理由なのだが。

勿論、学食に対する特別な不満がある訳でもない。ただどちらの料理も等しく美味しいなら、気を遣わずに済む方を選んだというだけで。

本来なら馴染みの深いお抱えのシェフの方が良いと思うが、ヴィオレットにとっては父に近い相手は軒並み気疲れする相手でしかない。立場的には自分の方が雇う側だとしても。

何にせよ、今は目の前の昼食をどうするかだ。

朝マリンが用意してくれた分は綺麗に消化され、良いタイミングで胃が空腹を訴えている。音を立てて鳴き出す前に昼食にありつきたい。

空っぽのお腹に後押しされ、足取りは早くなる。すでに所々でテイクアウトした昼食片手に友人と歩く生徒達がいる、という事はすでに食堂はある程度人がいるのだろう。

(あまり人が多い様だったら、私もテイクアウトで外に行こう)

この広い学園内、窮屈さは感じないが問題は人の量。クラスメイトはもう噂を気にしていない……かは分からないが、一見して気にしている素振りは見せないでいてくれている。

しかし、噂自体が沈静化したわけではない。むしろこの間の騒動を考えると、気にし過ぎるに越したことはないだろう。

人が集まる所に話題は集中しやすく、噂とは精度の低い伝言ゲーム。例え当事者であり、事実と違う話が広まったとしても、関わらない以上の対策はない。

「──ヴィオレット嬢!」

突然呼び止められて、肩が震えた。自分の名を呼ばれただけで過剰反応だとは思うが、正直自分の名が呼ばれる時は面倒な事になる確率が高い。相手がユランであれば愛称である分分かりやすいし、警戒する理由もないのだが。

ゆっくりと顔だけで振り返れば、紺色の髪をした男性が片手を上げてこちらに近付いてくる所だった。

「ミラ、様……?」

「こんにちは、ちょっと久しぶりだね」

眼鏡越しに柔らかく笑んだ表情に肩の力は抜けるが、警戒心は強めるべきだとも思った。

紺色の髪に、暗い色味の翠眼。黒い縁の眼鏡が知的な印象を与えるけど、右目の下にある泣き黒子がセクシーだと噂する令嬢も多い。神秘的な美しさというよりは、どんな服装も美しく着こなす男性の格好良さというべきだろう。

ミラニア・デオール、三年生であり学園の生徒会副会長であり、クローディア王子とは親友という間柄。

今のヴィオレットにとっては思わず身構えたくなる肩書きが目白押しだ。

「ごきげんよう……お久しぶりですね」

とはいえ、一概に警戒心を剥き出しに出来ない理由もある。

伯爵家長男であるミラニアとは、同じ貴族同士何度となく顔を合わせて来た。というより、学内にいる面々の大抵は幼い頃から同じ社交の場を経てきた顔見知りが多い。世間だけでなく、貴族のコミュニティは以外と狭いのだ。

クローディア王子は言わずもがな、ミラニアもその容姿故に人目を集めやすく、彼自身の人柄から親しくなるのに時間はかからない。

そして同じく、容姿と家名から人目を集めるヴィオレットと知り合うに至る経緯は容易に想像出来る。

とはいえこのタイミングで声を掛けられるとは……あまり宜しい展開ではい。

「お昼?いつもの子達はいないんだ」

「え……」

いつもの子とは誰か、一瞬意味が分からなかったが、すぐに検討が付いた。かつてヴィオレットの側には常に人がいた。

かつて、といっても巻き戻った日々の事ではない。今からほんの少し前……まだヴィオレットが学園に入ったばかりの頃から二年に上がるまでの一年間。つまりまだメアリージュンとは対面する前、母が息しかしなくなっていた頃。

黙っているだけ様々な人の目を集めるヴィオレットを利用したがる令嬢達が、それこそ掃いて捨てるほどに。

(そういえば……噂が広まってから誰も来ないわね)

元々友人と呼ぶには色々と問題の多いタイプだったから、今さら自分から声をかけるつもりは欠片もなかったけれど。だからといって向こうからも声が掛からないというのは、よくよく考えると蜘蛛の子散り過ぎな気もする。

彼女達の興味が継母の噂で飛んでしまう程度だったと思えば、簡単に納得出来るから言われるまで気にもしなかった。むしろ楽とさえ思っていたくらい。

友人擬きの存在がどうでもよくなる異常事態ではあったけど、だからといってすっかり忘れていた自分もそれなりに薄情ではあったらしい。

もしかすると周りの同情めいた視線には、噂以外に友人を失った自分に対する哀れみも含まれていたのだろうか。

そうとは知らずに前回は自ら同情の海に飛び込んで一度は去った友人擬きにすがっていたなんて……黒歴史が更新されて辛い。

「そうですね……多分この先彼女達と話す事はないでしょう」

「え……?」

「彼女達の興味は、もう私にありませんもの」

『もう』というか、元々無かった気もするけど。

愛に飢えていたあの時は、例え打算にまみれて腐った欠片であっても向けられる想いならば何でも良かった。大きさも美しさも、愛されない事に比べればどうな物だって有り難い。

今思うと、あれは愛の振りをした塵だったけど。そんな物を吸収し続ければ壊れるに決まっている。塵を食べればお腹を壊す、当たり前を理解していなかった自分の責任だ。

「ミラ様もご存じでしょう?私の……我が家の噂を」

「それは……」

「もっともそれはただの切っ掛けに過ぎないのでしょうけれど」

元々彼女達の中でヴィオレットの価値は、家柄と注目される美貌に他ならない。その恩恵に預かりたい、感覚としてはアクセサリーと同じだろうか。

装飾品ならば、劣化して捨てられるのは当然。あまり誉められた認識ではないけれど、これはヴィオレット側もそう変わらない認識だったので両成敗だろう。

「そんな事より、私に何か用事があったのでは?」

彼と自分は世間話をする為に話しかける様な間柄ではない。

幼い頃から知り合ってはいても友好関係は皆無。生まれ持った家庭環境からひねくれた性格をしていた自分は嫌われこそすれ、微かな好意もあるはずがないのだ。

それが疑問符に乗って伝わったのか、ミラニアの表情が目に見えて曇った。

「この間の茶会で、クローディアと何かあった?」

「……ご本人に聞いているのではありませんか」

「それが今回に関しては一切口を開かないんだよねー」

ならば何故ヴィオレットを狙い撃ちで質問してくるのか。クローディアとヴィオレットの間に横たわる関係性がどういった物か、ミラニアだってよく知っているだろうに。

「でも悩んでるのは一目瞭然なんだよ。だから……君なら知っているかと思って」

何故そう思ったのか問うてみたいような聞きたくないような。良い解答が返ってきそうにないのは、かつて自分がしでかした事への感想だ。

先日の茶会で起こった事は正直あまり言葉にしたくない。出来る事なら忘れたいくらいだ。

「…………」

「……じゃあ、聞き方を変えようか」

黙り込み、困惑に表情を歪めているヴィオレットを見て何かを察したらしい。少しの間何かを考える素振りを見せた後、ゆったりとした動作で首を傾げて見せた。

「ユランとのあいつの間に、何かあった?」