軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

綻び

「は? なんだって?」

メイソンが眉間にしわを寄せ、間抜けな顔をしてキャメロンを見つめたのは、大粒の雨が激しく窓を打ちつける日の夕刻。

キャメロンがなにを言っているのかわからず、二度も聞いかえした。

「だから、できたの」

「なにが?」

「子どもよ」

「誰の?」

「あなたと私の子に決まっているでしょ」

「は?」

メイソンはやはり理解ができないとばかりに目を見ひらく。

「もう、いい加減とぼけるのはやめて。これは現実よ」

「いや、ど、どうしてそんなことになるんだ? だって、避妊していただろう?」

「薬が効かなかったのよ」

「まさか……それじゃ、本当に?」

「もうすぐ三か月ですって」

メイソンは真っ青な顔をしてキャメロンを見た。キャメロンはメイソンに抱きついてメイソンを見あげる。

「もう、私たちあとには引けないわ」

キャメロンの言葉に、メイソンはますます青い顔をした。

マレーナの身の周りで奇妙なことが起こりはじめたのは、その日の翌日から。

朝出かけるために外に出ると、用意されているはずの馬車がそこにはなかった。

車輪の中央から放射線状に配置されているスポークが何本か折れていたため、急遽、以前使っていたキャビンに替える作業をしていたため遅れてしまったそうだ。

もしスポークが折れていることに気づかずに乗っていたら、途中で車輪が壊れて馬車が転倒していたかもしれない。

上の階のベランダから鉢植えが落ちてきたこともある。マレーナが歩いていた場所よりずっと先に落ちたため、けがなどはしなかったが、危険だったことには変わりはない。その日のうちに、ベランダからものがすべて撤去された。

料理から変な味がしたこともある。一緒に食事をしていたメイソンは気のせいだと言っていたが、食べたくないと言って下げさせた。念のためその料理をとっておくよう指示をしたが、なぜか料理は捨てられていた。

「あの人たちずいぶん焦っているみたいね。行動が雑すぎるわ」

執務室でヨハンと話をしているマレーナ。

「あまりにあからさますぎで、使用人たちも不審に思っているようです」

「周りがどう思っているか、なんて考えている余裕もないのかしら?」

最近起こっている出来事のすべてが、マレーナの命を狙っているように思えてならない。そう考えてしまっても仕方がないくらいあからさまなのだから、間違いなく彼らは焦っている。

キャメロンがメイソンをせっついたのか? それにしても焦りすぎだ。

「もしかして……子どもができた……?」

「……その可能性はあるかもしれませんね」

それなら今になって再びマレーナの命を狙いはじめたのも納得だ。

「……そろそろ、こんなばかげた騙しあいを終わりにするときなんだわ」

でもそれは、キャメロンの父サイレスに、事実を打ちあけなくてはいけないということだ。

できることなら、善良なサイレスがかなしむような話はしたくない。それでも、彼にも真実を知る義務があるし、負わねばならない責任がある。

「男爵をお呼びして」

サイレスがやってきたのはそれから五日後のこと。まさか娘が不貞を働いているなんて思ってもいないサイレスは、いつもと変わらぬにこやかな笑顔だ。

「それで、本日はどのような?」

しかし、サイレスが聞いてもマレーナは難しい顔をしたまま、なかなか口を開こうとしない。

「マレーナ様?」

「……サイレス様、これからお話することは事実であり、私の身に起こったことです。聞いていただけますか?」

マレーナの慎重な口調と、真剣な表情になにかを察したのか、サイレスは背筋を伸ばしてうなずいた。マレーナは、ゆっくりとその重たい口を開いた。

話を聞いている間、サイレスは口をぎゅっと結び、拳を握りしめうつむいていた。手の甲に涙が落ちたが拭うこともせず、マレーナが話しおえたとき、ようやく言葉を発した。

「ばかが……!」

二人の間に重い沈黙が流れる。

「申し訳、申し訳ありませんでした!」

床に座りこみ、両手を突いて額を床に押しつけたサイレスの声が震えている。

「恩あるマレーナ様に、仇で返すばかな娘に育てた私の責任です。このお詫びは必ず! 必ず!!」

「サイレス様」

「申し訳……ありません」

「サイレス様、顔を上げてください」

しかし、サイレスがその言葉に応えることはなかった。それどころか、さらに強く額を床に押しつけている。

「無理です。私はこの場で息をしていることさえ許されない」

「ふふ、大袈裟ですよ」

「マレーナ様の命を狙うなど」

「サイレス様、話を聞いてください」

「……」

静かに、そして穏やかにマレーナが言葉を発する。

「私はメイソンとキャメロンを絶対に許しません」

「もちろんです……」

「でも、私が許さないのは二人だけです。あなたは関係ありません」

「そんなことはありません」

キャメロンを育てた自分が関係ないはずがない。罪がないはずがないのだ。

「あのとき、ウェストモント領だってまったく無傷ではなかった。それなのにマレーナ様は二つ返事で支援してくださった」

「あなたが思うほど被害は大きくなかったのです」

「それでも無傷ではなかったはずです」

隣接しているウェストモント領とザイオン領はほとんど同じような天候被害を受けていたし、食料不足も同じように起きていたはずだった。それでも、国や周辺の領地から支援を受けることができなかったサイレスは、藁にも縋る思いでマレーナに支援を依頼したのだ。

「それを……不貞だなんて……恩あるお方の命を狙うなんて……!」

「……」

純真で愛らしい笑顔を見せていた娘が。恩に報いようと、自らマレーナの侍女を志願した娘が――。

「私は近いうちにメイソンとキャメロンの罪を問うつもりです。そうなれば、サイレス様も無傷ではいられないでしょう」

「覚悟しています」

「でも、あなたがキャメロンを助けたとしてもなにも言いません。裏切られたとも思いません。あなたは親としてするべきことをしてください」

「マレーナ様……。ありがとうございます……」

サイレスの瞳に宿った苦悩の色が、マレーナの胸を締めつける。彼の胸中を想像しても、実際に彼が感じている失望感や罪悪感を同じ質量で察することはできないだろう。

サイレスはとても誠実だ。だからこそ、キャメロンの裏切りは今後もサイレスを苦しめることになるはず。それをわかっていても、彼には事実を伝えなくてはならなかったことが苦しい。

ウェストモント伯爵邸に訪れた際には、必ずキャメロンの顔を見てから帰るサイレスだったが、今日は応接室を出るとキャメロンに会うことなく馬車に乗りこんだ。

「会えばなにをするかわかりません」

サイレスはそう言葉を残して、屋敷をあとにした。