軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マレーナとメイソンとワイン③

先日キャメロンが言っていた媚薬の入った瓶。これがゴミ箱に入っていたということは、マレーナがこっそりメイソンに飲ませたということ。

「なんて醜くて卑怯な女だ」

しかし、メイソンに許可も得ずに媚薬を使ったことをマレーナに抗議しても、口のたつマレーナのことだ。子を作るためだとか、同意を得たがメイソンが覚えていないだけ、なんて適当なことを言うだろう。実際、本当に記憶がないからそんなことを言われれば反論もできない。悔しいが、こればかりは自分の失敗だ。

それにマレーナは気が強いから、こちらがどれだけ強く出ても、それほど精神的なダメージを与えることはできない。

「本当に可愛くない女だ」

体が弱っていたときのほうが、よほど可愛げがあった。少なくとも、ごめんなさい、とありがとう、だけはこちらがうっとうしく思うくらい口にしていたのだから。それが今じゃ、以前より図々しくて生意気になってしまった。

「クソッ! 腹立たしい! 俺が婿養子という立場じゃなかったら、マレーナに好き勝手なんて絶対にさせないのに」

それに、またキャメロンとの約束をすっぽかしてしまった。

「……本当に最悪だ」

あのキンキンした声で文句を言われるのはげんなりする。自分が悪くはないとは言わないが、ずる賢いマレーナのほうが一枚上手だったのだから仕方がないというのに。

メイソンは、大きく長い溜息をついて、「あー、面倒だ」と呟いた。

そのころマレーナは、鏡台の前に座りキャメロンに髪を整えてもらっていた。鏡越しに見えるキャメロンは、機嫌の悪さを隠しきれず眉間にしわが寄っている。

キャメロンと鏡越しに目が合い、マレーナはニコッと笑った。キャメロンはますます機嫌の悪そうな顔をする。

「奥さま……昨晩も、メイソンさまと?」

「ええ、そうなの」

「……っ!」

マレーナから予想通りの返事を聞いて、こめかみに血管を浮かびあがらせるのはどうなのだ。

どうも最近のキャメロンは淑女教育が生きていないようだ。

(平静を装うこともできなくらい挑発できているってことね。それなら、もうちょっと挑発してみようかしら)

「彼ったら、とても情熱的なの」

「そ、そうですか」

「やだ、私ったら。こんなことあなたに聞かせることではないわね」

「い、いいえ。ぜひ今後のためにも聞きたいです」

「私たちのことなんて、まったく参考にならないわよ」

「いいえ、そんなことをおっしゃらず、ぜひ」

「ふふふ、そう?」

マレーナは鏡越しにキャメロンと目を合わせて、恥ずかしそうに笑う。

「実はね、子どものことを彼に相談したの」

「え?」

キャメロンが驚いて目を見はる。

「早く作らないと私もいい歳になってしまうし、できれば三人は欲しいと思って」

「三人……ですか?」

「私、子どもがたくさんいる生活に憧れているの」

「そう、ですか」

一瞬、ぎゅっと眉間にしわを寄せたキャメロン。マレーナはそれを見のがさなかった。

「そうしたらね、メイソンったら、私に似た子どもなら間違いなくかわいいだろうなって言って、三人と言わず、五人でも十人でもって言うのよ。十人はさすがに無理よね」

マレーナは楽しそうに笑いながら、鏡越しのキャメロンに「ねぇ?」と聞く。キャメロンは張りつけた笑顔で「そんなの、絶対にありえないですね」と答えた。

メイソンの裏切りは彼女をどれほど絶望させるのだろうか? とはいっても、マレーナが感じた絶望よりはましだろうが。

(それでも、この子がこんな顔をするなんて)

かわいらしく笑っていた幼い少女が、男を知り、望んではいけないものを欲し、醜く顔をゆがめる女になってしまった。メイソンの魔手にかからなければ、幸せな未来を望むことができたのに。

(メイソン、あなたはとんでもないことをしてくれたわね)

誘惑に勝てなかったキャメロンに罪がないとは言わないけど。

◆◆◆

キャメロンは、自室のベッドで何度も拳を振りおろしていた。

「なんでよ! なんで、あの人なんて!」

二回もすっぽかされた。メイソンはまた言い訳をするのだろう。あんなに言ったのに。次は大丈夫だってメイソンも言っていたのに!

「なにが子どもを十人よ! ふざけないでよ! 媚薬を飲ませる卑怯者のくせに!」

いや、メイソンは媚薬のせいにしているけど、そもそもマレーナを部屋に入れるのが問題だし、適当な理由を付けて断ればいいだけのことなのだ。

「どうして部屋に入れるのよ!」

そう言って思いきり枕をベッドに叩きつけた。

イライラして思わず親指の爪をかじる。最近特に右の親指の爪が短くなってしまっているのは、ストレスのせいだ。

「どうしよう、このまま本当にあの人に子どもができちゃったら」

そうなれば、自分はどうなるのだ? ずっと愛人のままなのか?

「いやよ、そんなの! 私はメイソンの妻になるんだから。伯爵夫人になるんだから」

敬愛していた主人を裏切ってまでメイソンに尽くしてきたのに、今さらこんなのひどすぎる! なぜ自分がこんな目に――!

「……ああ、そうか。もし、あの人に子どもができても、彼はなんのダメージもないってわけね」

すっと冷静になったキャメロンがそのことに気がついたとき、乾いた笑いがこぼれた。

生活だけを見れば、メイソンが不満に思うようなことはなにもないし、マレーナとのあいだに子どもができれば、メイソンの立場はますます安泰。自分が当主になることはなくても、自分の血を引く子どもが次期当主になるのだからそれについて文句はないはずだ。キャメロンとはずっと不倫関係を続けていけばいいわけだし。

「もしかしたら、メイソンはこのままでもいいとか思っているかもしれないわ」

実際、焦っているのはキャメロンばかりで、メイソンが本気で当主になろうとしているのかだって疑わしい。

いつの間にか自分ばかりが惨めになっていく。こんなはずじゃなかったのに。ただ、好きな人を手に入れたかっただけなのに。

「……そうよ、手に入れればいいのよ」

彼があてにならないのなら、キャメロンが行動を起こせばいいだけのこと。

「どうしたらいいのかしら? どうしたら。……あ……もし、私に子どもができたら? 彼はどうするかしら? 動かざるを得なくなるわよね。……そうよ。彼に動くきっかけを作ってあげればいいのよ。そうすれば、彼は思いだすわ。自分がなにを手に入れようとしていたのかを。そのためにはなにをしなくてはいけないのかを――!」