軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

千五百七十九年 十一月中旬

この日、四六の元服式が執り行われる 本満寺(ほんまんじ) は異様な緊張に包まれていた。

警備の都合と帝の臨席を賜るという建前から、近衛家 所縁(ゆかり) の寺社である本満寺が元服式の会場となっている。

本満寺は上京にある日蓮宗の本山であり、南北朝時代の関白、近衛 道嗣(みちつぐ) の子である 日秀(にっしゅう) 上人(しょうにん) によって創建された背景を持つ。

こうしたことから近衛家と強い関係性を持っており、境内には近衛家の家紋である「牡丹」が数多く植えられている。

しかし、品種改良されていない牡丹の旬は春であり、開催時期が不明な四六の元服式が秋や冬にずれ込むと寒々しい光景を晒してしまう可能性があった。

そこでは四六の元服式が話題に挙がった頃より義娘である静子の知識を借り、温度管理を行うことによって開花時期をずらす努力を積み重ねてきた。

その甲斐あってか元服式を行う本堂の前には十一月中旬であるにも拘わらず、晩秋から初冬に掛けて開花するよう調整された牡丹が温度管理された農場より移植され、白く美しい姿を見せている。

余談だがこれを機に、史実では江戸時代に入ってから行われるようになった植物の品種改良が盛んになり、秋から冬にかけて咲く寒牡丹等が開発されることになる。

本満寺の敷地内は関係者以外が立ち入れないよう厳重に警備されており、寺の外構にあたる土塀には重武装の静子軍兵士が詰めている。

決して表舞台に出ようとしない静子を攻略する足掛かりになると、イエズス会を筆頭とする海外勢力からも問合せが殺到していたのだが、身内のみの儀式であると全て断られていた。

それでも京内の貴人が一堂に会する元服式を一目見ようと集まった群衆が、土塀の更に外側にある石垣を包囲するように人だかりを作っている。

これに対する警備兵たちは杭と縄を用いた規制線を張り巡らし、その内側には決して近づいてはならないという警告を布告及び、兵士らが群衆に呼び掛けていた。

警備に当たっている静子軍の兵士たちは連発式の新式銃を支給され、更にアタッチメントで銃剣まで装着した状態で携帯しているため、物々しい雰囲気を醸し出している。

また人々の出入り口となる山門にはガトリング砲が左右に一門ずつ据え付られており、数の暴力による強行突破を防ぐ鉄壁の布陣となっていた。

そんな厳戒態勢の中、渦中の人である四六は極度の緊張状態にあった。

名実ともに現時点で本満寺を爆破出来れば、日ノ本を動かす人物の大半が失われてしまうという参列者に四六は気圧されてしまい足元がおぼつかない。

生まれたての子鹿さながらの様子を見せる四六を静子は固唾を飲んで見守っていた。

(もう少し場数を踏ませておくべきだったかな?)

一般的な武家の元服式は次のような手順で進行する。

第一に会場の設営と参列者の着座、第二に『理髪の儀』、元服する者に対し 童髪(わらわがみ) から成人用の髪に結い直す。

第三に『加冠の儀』と呼ばれる烏帽子親が元服する者に『烏帽子』を被せ、最後に一連の儀式に立ち会った参列者と共に祝宴が行われ、元服者が大人として迎え入れられることになる。

しかし、四六の場合は少々事情が異なった。 今上帝(きんじょうのみかど) にご臨席を賜るに際し、加冠と同時に『五位』が叙されることとなっていた。

建前としては近衛家から分家し室町時代に一時断絶していた 鷹司(たかつかさ) 家が、信長の支援を受けて復興し 二条(にじょう) 晴良(はれよし) の子である 信房(のぶふさ) が家名を再興する。

その際に信房は信長より「信」の一字を賜っており織田家との関係性が深いことが窺えた。

この再興したばかりで経済基盤が不安定だった鷹司家に融資を行い、また荘園運営及び産業振興の道筋を立てた四六の功績を評しての叙任とされたている。

戦国時代に於ける五位とは内裏への立ち入りを許される昇殿の官位であり、武家・公家を問わず下級とはいえ貴族と扱われる地位に相当していた。

こうした状況の中、四六は蒼白な顔色をしつつも懸命に役割を果たそうと踏みとどまっている。

四六がこんな状態でも式次第は着々と進み、皆へのお披露目の後『理髪の儀』が始まった。

烏帽子親となる義祖父の 前久(さきひさ) が四六の頭を清め、総髪のように頭の高い位置で結んであった紐を解く。

背中の中ほどまで届く長髪姿となった四六に対して前久が櫛を入れ、髪を中央から左右に分けていった。

次に尾張名物として有名になっている理髪用 剃刀(かみそり) を用いて、頭頂部から髪をそり落としていく。

前髪及び頭頂部の髪がすっかりそり落とされると、四六の姿はまるで時代劇に登場する落ち武者か 河童(かっぱ) のような姿になった。

残った後ろ髪を左右から束ねて、真後ろで一本の 髷(まげ) に結い始める。

この際にこれも尾張名物として帝にも献上された椿油を用いて髪を纏め上げ、 元結(もとゆい) と呼ばれる細い紙紐を用いて結ぶ。

長い尻尾状になった髪を途中で折り返して重ね、更に元結で結んで固定した上で残りを前に流して髷が完成した。

剃り上げられた事により日の光を浴びて青々とした姿を晒す 月代(さかやき) と、椿油で艶やかに光る髷姿の四六が現れる。

因みに静子軍の兜は、樹脂や金属製の骨組みを用いることで通気性を保ったまま強度を担保しているため、必ずしも髷を結う必要はないのだが世間一般の常識に 倣(なら) ってこの髪形にすることを四六自身が決定していた。

次に前久が烏帽子を持ち上げ、内側についている 小結(こゆい) と呼ばれる紐を引き出し、四六の髷の根元で結んで烏帽子を固定する。

全ての工程を終えた前久が一礼して下がると、四六は立ち上がってその姿を周囲の皆に見えるよう背筋を伸ばして胸を張った。

如才ない前久は、四六の緊張を解すよう髪を 梳(と) かしている間にこっそりと話しかけてくれたお陰で、すっかり四六も日頃の顔色を取り戻しており、堂々とした若武者の姿を披露することが出来たのだった。

再び四六が着座すると、その上手へと信長が進み出てくる。

立っている信長に対して頭を垂れる形となった四六に対し、信長は声を響かせて告げた。

「ただいまより貴様の 諱(いみな) を『 長門(ながと) 』とする。新しい名と共にわしに仕えよ」

信長の声と共に脇に控えていた小姓である森蘭丸が大判の和紙を広げ、 墨痕(ぼっこん) 鮮やかに 揮毫(きごう) された「長門」の文字を見せつける。

戦国時代に於ける実名にあたる諱は、主君や親から文字を賜ることを 偏諱(へんき) と呼び、この場合は織田家の直系が継ぐ『信』の字をあえて避け、『長』を頂戴していた。

この時代では実名を呼ぶことが無礼として避けられるため普段は通称を名乗っており、四六の場合はこの通称に於いて静子から『静』の字を引継ぎ、『 静之(しずゆき) 』(以降は四六を静之と記す)と名乗ることとなる。

ここからは前例が無い為、前久に調整して貰った通りに静之が立ち振る舞うこととなっている。

まずは貴賓席から更に隔てられた特別席におわす帝の前へと静之が進み出た。

四方を 御簾(みす) によって隔てられているため、静之からは帝の姿を見ることが叶わない。

帝の特別席は 高御座(たかみくら) と呼ばれ周囲より高くなっているため静之は履物を脱いで壇上へと上り、踊り場のような中腹で静之は平伏した。

御簾の脇に控えていた前久が静之に向かって声を掛ける。

「畏れ多くも 今上(きんじょう) 様より御言葉を賜る」

帝の玉座が置かれた御簾の奥から、微かに香木の香りが漂ってくる。顔を上げることすら許されない絶対的な威厳に、彼は息を飲んだ。

静寂の中、かすかに聞こえる衣擦れの音に全身の感覚が研ぎ澄まされる。

重圧に耐えかねたように、その視線はゆっくりと床へと落とされ、一層深く頭を垂れた。

「汝が成した鷹司家への貢献を 嘉(よみ) し、五位を授ける。今後とも大いに励むべし」

厳かに告げられた御言葉と共に、前久が三方(三宝とも)と呼ばれる朱塗りの台を静之の前に置いた。

そこには帝から下賜された扇子と白金懐炉が載せられている。

高貴な香りが漂う扇子の骨組みは 白檀(びゃくだん) の香木が用いられ、貼られた和紙及び骨組み全体が濃い藍色に染められていた。

貴色である紫色を避けてはいるものの濃い藍色は紫に近い高貴な色であり、また『勝色』とも呼ばれ勝ちに通じるとして特に武家に好まれている。

このことからも朝廷が静之に寄せる並々ならぬ期待が現れていると言えた。

また皇室のご紋である『 十六葉(じゅうろくよう) 八重(やえ) 表菊(おもてぎく) 』が輝く黄金で 浮き彫り(レリーフ) され、 真鍮(しんちゅう) 製であろう本体に足満が土佐より持ち帰ったクロムでメッキが施された白金懐炉が重厚な存在感を示している。

こちらは帝から依頼されて尾張の職人が作り上げた一点ものであり、クロムメッキに金のレリーフが映える高級感と機能性が下賜品の格式を高めていた。

このクロムメッキは非常に高度な技術であり、下地にニッケルメッキを施した上に形成するなど手間も暇も掛っている。

静子軍の将が冬季に支給された白金懐炉は、本体が鉄に対して錫メッキを施したブリキ製となっておりメッキの厚みが薄いという欠点があった。

地金である鉄は燃料用アルコールで腐食してしまうため、容器の内面に僅かでも傷が付けばそこから腐食していくのだ。

翻(ひるがえ) って静之が下賜されたそれは二重のメッキ層に守られ、またクロム自体が非常に高い強度を誇ることから、相当に損傷しない限り問題なく使用できるという点でも一線を画していた。

要するに現時点で望む限りの技術と材料と最高の職人の腕が注ぎ込まれた、この世に二つとない最高の逸品となっているのだ。

静之は両手を伸ばして三方を 恭(うやうや) しく頭上に掲げる。

彼は平伏した姿勢のまま、その重みに耐えつつ、一歩、また一歩と慎重に後ずさっていった。

その動作は、明らかにぎこちなく優雅さからは程遠い所作であったが、それだけに畏怖と感謝の念は皆に伝わっている。

これを以て元服式の堅苦しい儀式が終わり、ここからは無礼講ではないものの祝宴へとなだれ込んだ。

元服式に参列していた人々が祝宴に向けて散会する様子を、群衆に紛れて見守っていたイエズス会の宣教師はそっとその場を離れる。

頬かむりをし、髪を炭の粉で黒く染めた宣教師は仲間の許へと戻ると、変装を解きながら深く嘆息する。

(あれがカブラル様のご懸念にあった織田家の武力…… この日ノ本に火縄銃が伝来して僅か三十余年、今や祖国よりも優れた武器を持つに至るとは!)

群衆に紛れながら静之の元服式を盗み見ていた宣教師は、警備に当たっていた静子軍の装備に驚愕していた。

兵士たちが携帯していた新式銃は、祖国が持つ最新式のマスケット銃と比べても遥かに洗練されており、銃口付近には鉤型の刃物まで装着されている。

更には山門脇に設置されていた物々しい大型の銃器からは言い知れない迫力を感じて、背筋に冷たいものが伝った。

最早日ノ本は極東の島国と侮って良い存在ではありえず、ヨーロッパで覇を競う列強に比肩し得る強者足り得るのだと評価を改める必要があると思い至る。

宣教師たちは記憶が薄れない間に、今見てきた様子を図入りの報告書に纏め始めた。

「はぁー」

静之の為に借り上げしている僧房へ戻ると、烏帽子を脱いで衣服の胸元を緩めて彼はその場にへたり込んだ。

今更ながら静之は、己が想像以上に疲弊していることを自覚する。

両足を投げ出すようにして座り込んで気が緩んだためか、突如として己の両足が小刻みに 痙攣(けいれん) し始めた。

思うようにならない肉体に抗するように、膝を両手で握りしめて足の震えを押さえ込む。

「静之、元服の儀式を見事やりきりましたね」

「は、母上。見苦しいところをお見せして申し訳ございません」

「静之、無理をしなくても構いません」

急いで身を起こそうとした静之を静子が手で制する。

絶対に失敗が許されない場面で、己よりも遥かに格上の人々を相手取って大役を務めて見せたことを静子は誇らしく思った。

「祝宴までには暫し時間があります、今はゆっくりと体を休めなさい。無理を押して粗相をしたのでは、本末転倒になってしまいます」

「はい。お言葉に甘えさせていただきます」

この後に行われる祝宴は、単なる祝いの場ではない。

大人として武家社会へ組み込まれる静之の顔見せの性質が強く、ここで有力な諸将との関係性を構築できるか否かによって彼の将来は大きく左右される。

「祝宴には出席できそうですか?」

「出ます! この程度で休むなどとは口が裂けても申しませぬ」

静之は未だ大人として武功を挙げていない。政治的には金融業で影響力を持つに至っているが、大多数の武家にとって評価される功績ではなかった。

つまり現時点での静之は静子の後継者と確定しただけであり、信長を頂点とした武力集団の末端構成員に過ぎないのだ。

積極的に交流の場へと赴き、顔と名前を売ることが大人としての第一歩であり、疲れた程度では休んでいられない。

「貴方が決めたのならば私は何も言いません。いざとなれば上様がお助け下さるでしょうが、最初からそれを期待してはいけませんよ?」

「はい、承知しております」

成人した以上は全ての言動に対して、自らが責任を持つことが求められる。

誰もが通過してきた道だけに、暫くは失敗に対しても厳しく責任を追及されることはないだろう。

しかし、いつまでもその温情に甘えることは許されない。

親は子よりも先に天へと召され、子はやがて所帯を持って親となることを期待されるからだ。

「明日には『具足始め』が控えていることを忘れぬよう」

静子の声を耳にした静之は、思わず体が硬直してしまう。

その様子から完全に頭から抜けていたのだと察した静子は、少し可哀想だと思いつつも言葉を重ねた。

「祝宴ではお酒を勧められることもあるでしょう。明日があることを念頭に置いて、自分で調整するのですよ?」

念を押すように静子は告げると、静かにその場を立ち去って行った。

室内に静寂が満ちた中、静之は顔面から床に突っ伏してしまう。

「あ……明日、いや今日を無事に乗り切れるかな?」

翌日、二条城にて静之の具足始めが執り行われた。

西国征伐が成された今、日ノ本で大きないくさが起こる気配などないのだが、武家の人間としては具足始めを行わない訳にはいかない。

昨日の疲労が色濃く見える中、それでも静之は信長直々の介助を受けつつ信長から賜った具足一式を身に纏っていった。

元々具足始めとは、父や主君等が伝来の具足一式を身に付けさせ、その際に具足の各部がどのような意味を持つのか及びその家の歴史や家訓などが伝えられるものだ。

新興の家である静子には先祖伝来の具足など有る筈もなく、またかつて静子が纏った具足一式も体格の違いから継承することが出来ない。

そこで実父である信長が具足一式を仕立て、それを身に着けさせる介添え人までを引き受けたのだ。

信長が静子に命じて新調させた当世具足は、外見こそ通常のそれと大差ないのだが、中身はまるで別物に仕上がっている。

静之は大将を務めるにあたり、明らかに周囲から浮いて目だって狙われる訳にはいかないため一見しただけでは革新的な甲冑に見えないよう様々な工夫がなされていた。

静之の甲冑は木製部分と金属部分、強化樹脂製の素材などが複雑に組み合わされ、重量は従来の具足の八割程度にもかかわらず、その強度は倍以上にも達している。

特に 大袖(おおそで) と呼ばれる肩から腕を守る部位には、ガラス繊維を樹脂で固めて樫の薄板を装甲したものを複数枚重ねており、その強度は新式銃の銃撃すら逸らす程である。

致命傷を負う可能性の高い部位には漏れなく強化素材が用いられ、各部品を繋ぐ繊維も鋼線を編み込んで容易には切れないよう仕上げられていた。

着々と静之が甲冑を纏っていくにつれ、自然と信長の声かけは少なくなっていった。

織田家から静子へ養子に出した以上、実父であろうとも必要以上に口出しをすることは許されない。

この儀式の間だけが親子に許された最後のふれあいの時間であったのだ。

(四六、いや今は静之か…… 実に大きく 逞(たくま) しくなった。わしの目が届かぬばかり不遇な幼少期を過ごしたというのに、真っ直ぐに育ってくれた)

不意に黙り込んだ信長を 訝(いぶか) しむこともなく、静之は親子の時間を噛みしめていた。

信長は決して子煩悩な父親では無かったが、それでも確かに家族に対する愛情を持っていたことが伝わってくる。

彼が立場上口に出来ずに噛み殺している想いを察した静之もまた、無言の時間で以て答えた。

互いに沈黙を保ったまま着付けが進んだが、それはお互いに気まずいからではなく、直接触れ合う手などから伝わる体温で会話するような奇妙で大切な時間であった。

静之が具足一式を身に纏うと、信長は無言のままその場を離れ、次に静子が静之の前へと進み出た。

彼女が手にするのは 一振(ひとふり) の太刀である。彼女はそれを静之に手渡すと告げる。

「これは私から貴方に贈る護身の刀です。貴方がこれを抜かねばならない時は、既に大勢が決しておりましょう。そのようなことが起こらぬことを祈って打たせました。銘を『 天墜(あまつち) 兼定(かねさだ) 』、受け取りなさい」

静之は静子から恭しく太刀を受け取ると、スラリと鞘から抜きはなって見せた。

その刀身は鏡のように滑らかであり、波紋のように揺らめく模様は天を泳ぐ龍のように神秘的な輝きを放っている。

兼定の名があるように、美濃の刀匠兼定に依頼して打って貰った一振であり、足満が土佐より持ち帰った新素材が用いられ従来の日本刀とは異なる仕上がりとなっていた。

技術の蓄積が出来ておらず試験的に数振り打って貰った中で、最も優れた一振がここにあるのだ。

静之は妖しい美しさを醸し出す刀身を再び鞘に納めると、それを腰に 佩(は) いた。

これにて具足始めの式典は終わり、二日続けての祝宴が始まることになる。

「つ、疲れた……」

何とか具足一式を脱いだ静之は、床に大の字に寝そべってしまった。

昨日からの疲労が蓄積し、この後宴会が控えているというのに暫く動けそうにない。

(ここまで違うのか、大人と子どもは)

本音を漏らすならば、静之は元服を若干甘く見ていた。

公の場に出ることは何度も経験していたし、他者から重圧を受けることには慣れてすらいる。

しかし、それは静之が子供であったことで手加減されていたものであり、最早一人前の大人として甘えを許されない立場での重圧は筆舌に尽くしがたいものがあったのだ。

静之は今まで静子の後継者ということで、周囲から大きな期待を寄せられ同年代の者より苦労をしていると思い込んでいた。

ところが元服をしたことにより、今後は実権が伴う後継者となった為、明らかに周囲からの扱いが変わったのだ。

自分よりも倍以上にも年を重ねた武将が、隙を見せれば喉笛を狙うと言わんばかりに野心を 滲(にじ) ませて接してくる。

これが予想以上に堪えたのだ。

「はあ…… 母上が私に事業を任せても、決して核心的な事業に触れさせようとしなかったのはこの為か」

静之は静子から彼女の事業や特権の一部を段階的に譲渡されていた。だがそれは静子が持つ権益の中でも、周辺部分に過ぎない。

核心部分については静之であっても関与を許されないのだ。

更に先日、家臣達に静之を主君と仰ぐかについては各自の判断に任せると宣言している。

これは静子軍の実権を静之は掌握していない状態であり、故に静子軍の最高司令官は静子のままとなっていた。

それについての不満はない。むしろ一部でも軍の実権を己に委ねなかった静子の英断に感謝しているほどである。

「おーい、生きているかー?」

瞑目(めいもく) したまま腕組みをしていると、静之の耳に聞きなれた声が届いた。

人払いを命じてある静之の待機所へと、先触れもなく訪ねて来るような人物は一人しかいない。

急いで体を起こすと、目の前の 襖(ふすま) が勢い良く開け放たれた。

襖の向こうには静之が予想した通り笑みを浮かべた慶次の姿がある。

「力尽きているかと思ったが、案外元気そうじゃないか」

「……いっそこのまま寝ていたいぐらいには疲れました」

実際に静之は疲労 困憊(こんぱい) であった。許されるならばこのまま翌日まで眠っていたいという言葉に嘘はない。

思わず目を瞑って考え事をしていたが、下手をするとそのまま眠っていたかも知れない可能性に思い至り、背筋が寒くなった。

忍び寄る睡魔を追い払うためにも、しっかりと慶次に向き直り会話を始める。

「お前さんは無駄に体に力が入り過ぎだ。あれでは疲れるだけで、むしろ動きは硬くなる。 臍(へそ) の下に力を込めて、他は脱力するぐらいで良いんだよ」

「肝に銘じます」

「ま、こればかりは俺が言っても仕方ない。自分なりのやり方を見つけるしかないもんだ」

「そうですね。次の機会にはご忠告を活かせるよう学びたいと思います」

静之の言葉を耳にした慶次の眉が上がる。

普段の静之ならば慶次の纏う雰囲気が変わったことに気づき、己の失態を悟るのだが疲労が彼の思考や判断を鈍らせていた。

ゆえに慶次がいつもの 飄々(ひょうひょう) とした雰囲気ではなく、命のやり取りをするいくさ人の表情へ変わっていることに気が付かない。

慶次は表情から笑みを消すと、 項垂(うなだ) れている静之の傍に片膝をついた。

「甘い事いってんじゃねぇ!」

そう叫ぶと共に慶次は静之の頬を平手で張った。

静之は何が起こったか判らなかったが、慶次の真剣な表情を見て、ようやく慶次が自分の言動に対して怒りを覚えていると悟る。

だがその怒りが何に対するものなのかを理解できず、困惑の表情を浮かべたまま熱を持った頬を手で押さえた。

そんな彼に噛んで含めるように慶次は言葉を重ねる。

「お前が一兵卒ならば無邪気に次を当てにするのは構わねえ。だがお前は静っちの後継者だ、当たり前に『次』があるなんて甘えは許されねえ! 甘い考えをしてりゃ、あっと言う間に足を 掬(すく) われるんだぞ」

「……はい」

慶次の 叱咤(しった) によって静之は自分が如何に甘い考えを持っていたかを理解した。

与えられることに慣れてしまい、自分には当然次に挽回する機会が与えられると慢心していたのだ。

次があると考えて行動していれば、初回に対する真剣さは失われてしまうだろう。

大人として静之は常に『今』を真剣に生き、『次』の機会を配下達に与えるべき立場になったのだ。

「静っちが言っていたがな、大人ってのは理不尽な仕事を押し付けられたり、不条理なことで責任を取らされたりすることがある。だが、それらに耐えて責任を果たすから大人なんだと。それらを積み重ねられる者だけが信用を得られるのだと」

「……そう、ですね」

「『今』を軽んじる者に『次』はない。失敗に対しては真剣に反省し、『次』の機会はお前が勝ち取るしかないんだよ。元服したてのお前には理不尽に聞こえるだろうが、大人ってのはそれを当たり前にやっているんだ。出来て当然、出来ないのはおかしいってな」

「特に私は母上の後継者を名乗っているから……」

「そうだ! 静っちが出来たことは、当然お前も出来る。出来ないなんてあり得ないと思われる。そんな連中相手に『次』があるから、今は駄目でも仕方ないなんて気構えじゃ、あっという間に食い物にされるぞ」

理解が及んだ途端、慶次に張られた頬の痛みを意識した。静之は口の端が切れて溜まっていた血を拭うと、居住まいを正して慶次に深く頭を下げた。

「私が未熟でした。早速のご指導ありがとうございます」

静之には叩かれたことに対する不満などなく、むしろ己が無意識に宿していた慢心を指摘して貰えたことに対する感謝すら抱いていた。

「俺は他人を偉そうに言えるほど、ご立派な人間じゃねえが、その慢心は破滅へ繋がるぜ」

静之の反応に面映ゆくなったのか、慶次は頬を掻きながら視線を逸らし、小さく笑みを浮かべるとそのまま立ち去る。

呆れるほどに素早い退出だったが、静之は思わず笑みを浮かべて彼の言葉を 反芻(はんすう) していた。

彼の言葉は厳しいものだったが、それこそが静之を『一人前の男』として扱ってくれている証左だと感じたからだ。

「まだまだ未熟ですが、 一角(ひとかど) の大人として見ていただけるように頑張らないと」

拳を握り締めながら静之は呟いた。

その後に開かれた祝宴では、足満が土佐から持ち帰った鰹の醤油漬けを炊き込んだ『かつお飯』が好評を博し、新たなる縁起物として定番になるのだが、それはまた別の話。