軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

千五百七十九年 十月下旬

明智光秀は 暗澹(あんたん) たる気持ちで頭を抱えている。事前に宇喜多直家は乱世の梟雄であると言う噂は聞き及んでいたため、強敵であるというのは覚悟していた。

謀(はかりごと) を多用する武将であると思い込んでいただけに、いくさ場に於いてすら勇猛であるとは考えが及ばなかった。

まさか備中国に於いて街道沿いに西へと進む途中、直家本人が率いる部隊が奇襲をかけてくるとは想像だにしていなかったのだ。

直家本人もさることながら、弓の名手として名を馳せた 花房(はなぶさ) 正幸(まさよし) 、鉄砲の名手である 遠藤(えんどう) 兄弟の 秀清(ひできよ) と 俊通(としみち) の活躍が凄まじく明智軍は思わぬ痛手を被ってしまう。

現宇喜多家当主の名代たる長船貞親からは手勢を率いて出奔したとしか聞いておらず、突風の如く奇襲を行い、明智軍が動揺から立ち直るや否や見事な引き際で撤退してみせた。

明智軍は 徒(いたずら) に出血を強いられただけであり、反撃らしい反撃を加えることすら出来なかった。

「宇喜多直家侮り難し。彼に関しては考えを改めねばなるまい」

宇喜多の戦術は実に理に適かったものであった。

遠征中の不慣れな道行に於いて油断が生じるであろう頃合いを見計らったかのような位置に兵を伏せ、山の木々に紛れて一斉に矢を射かけてからの騎馬による突撃を行う。

突撃を行った騎馬武者たちはその勢いのまま逃走し、追撃しようにも再び矢を射かけられて身動きがとれずにいた。

部隊を立て直し、鉄砲部隊で応戦しようとしたところへ小高い丘から逆に火縄銃にて銃撃される。

火縄銃の命中精度としては厳しい遠距離からの射撃ではあったが、それでもこちらの出鼻を挫くには充分な攻撃だ。

敵方の鉄砲に気を取られている間にも山裾に伏せていた弓兵たちは姿を消しており、派手に銃声を響かせていた火縄銃兵も見えなくなった。

振り返ってみても見事な奇襲であり、兵数の少ない明智軍にとっては看過できない犠牲が出ている。

その後も明智軍の行く先々に於いて直家は奇襲をかけてきた。

流石に前もって奇襲を警戒しているため、初回程の戦果をあげられないようだが、それでも徐々に出血を強いられ苦しい状況に追い込まれつつある。

しかし明智軍とて黙ってやられはしない。後方以外のどちらから奇襲を受けても即座に反撃出来るよう兵を編成しなおしており、直家の部隊は奇襲する度にその兵数を減らしていた。

幾度にも及ぶ奇襲の末、遂に直家の舞台は満足に奇襲を行うだけの数を保てなくなっていた。

「敵も味方も充分殺した! 死出の友連れがもう少し欲しかったが、最期にもう一勝負仕掛けようぞ」

直家の呼びかけに彼に付き従った臣下達は気炎を上げて応じる。直家は次の会戦が最期となると考え、年若い者は部隊から去らせて比較的年老いた者のみを残らせた。

「利勝に秀安か! 結局最後はいつもの顔ぶれよな。貴様らは宇喜多家の重鎮、わしのような暴君の供をせずとも良いのだぞ」

直家が宇喜多家三老のうち二人、 岡(おか) 利勝(としかつ) 及び 戸川(とがわ) 秀安(ひでやす) に声を掛ける。

「なにを仰る、殿のような陰険で腹黒い男に好き好んで付き合う物好きなど、わしをおいて他にはおりますまい?」

岡がそう軽口をたたくと、戸川も鎧の上から胸を叩いて応じた。

「ここに居るではないか。確かに殿は人望のないお人ゆえこの程度の人数しか残りませなんだが、殿の行状を 鑑(かんが) みれば充分かと」

さも愉快そうにそう言い放つと戸川は 呵々(かか) と大笑してみせる。

面罵(めんば) に等しい軽口だが、直家は彼らの素直な気持ちが嬉しくすらあった。

長い付き合いの彼らには直家を 嘲(あざけ) る気持ちなど欠片もなく、先祖伝来の宇喜多家を残すために直家が敢えて身を捨てることを誰よりも理解していたからだ。

「確かに殿は外道と罵られた男。外道の最期に爺が付き合うというのも一興でしょう」

知勇兼備の老将である 延原(のぶはら) 景能(かげよし) は己の年齢からくる衰えに限界を感じていた。もはやこれから訪れる織田の世には到底ついてゆけぬ老骨となり果てたのだ。

ならば過去の遺物である直家と共に最後に一花咲かせて散るのも悪くないと思えてしまった。

「ふははは! 延原、貴様はわしと同じく老いぼれゆえ供を許す一緒に死ね! 新しい世について行けぬ老人など死んだ方が世の為よ! ははははは!!」

もはや暴言でしかない言葉を吐くと、直家は満足げに微笑んで立ち去らなかった臣下を見回した。

確かに直家は褒められた君主ではなかったのだろう。それでも宇喜多家と、共に家を盛り立てた臣下達を彼なりに大事にしていたのだ。

その結果が最初から死ぬと判っている出奔に付き従った者達であり、またあの世で再会を誓う供となった。

「では死にに行くぞ! 皆の者ついて参れ!」

直家の言葉と共に一行は最期の場所と定めた忍山城へと向かうのだった。

彼らが忍山城へと向かったことは明智軍が放った斥候が把握しており、明智軍は奇襲に対する用心を続けながら忍山城へと迫っていた。

忍山城は備前・備中の境となる 勝尾峠(かつおとうげ) の西にあり、南北に伸びた山に築かれている。

忍山城は南北二つの城で構成されており、主郭となる南城の大手門が開け放たれていた。

まるでここから攻め入って来いと言わんばかりの振る舞いに対し、光秀は冷静さを保ったまま砲撃で応じる。

轟音と共に撃ち出された砲弾は南城の中程に命中するとこれを粉砕した。

光秀が戦果を確認すべく望遠鏡を手にした瞬間、雄たけびと共に大手門の陰から騎馬武者達が突撃を敢行する。

なんと直家たちは忍山城自体を囮にし、敢えて開け放った大手門の陰に隠れて奇襲の機会を窺っていたのだった。

しかし光秀とて何度も奇襲を許すほどの間抜けではない。

大砲部隊の背後には鉄砲隊が射撃姿勢で構えており、敵の接近を阻む陣形を取っていた。

それでも坂道を勢い良く駆け下りてくる騎馬武者に対して銃弾を命中させるのは難しかった。

数騎が銃弾の餌食となって倒れるものの、多くの騎馬武者が大砲部隊へと押し寄せる。

すぐさま大砲部隊の前へと躍り出た長槍兵たちが 槍衾(やりぶすま) を作るのだが、急増で密度が薄い槍衾は突き破られてしまった。

(こ奴らこそわしの最期を飾るに相応しい!)

勢いよく迫る騎馬武者を前に臆することなく身を投げ出して槍衾を作った兵を直家は心の中で賞賛する。

直家は勢いのまま駆け抜けると、反転して再び明智軍へと襲い掛かった。

「貴様が明智か!?」

「えっ!? いや――」

再び突撃する際に直家は明らかに光秀ではない将に声を掛けた。

想定していない問いと、 咄嗟(とっさ) に違うと応じてしまった将に隙が生まれる。

こういった駆け引きは謀将の面目 躍如(やくじょ) といったところだろう。

「ならば死ね!」

将からの返事を待たずに直家は彼の首を刎ねた。そのまま直家は当たるを幸いに周囲の兵を 蹂躙(じゅうりん) する。

決して進みを止めることなく暴れまわる直家達に、明智軍は相当の犠牲を出しながらも虎の子たる大砲は守り抜いていた。

元より兵数が明智軍の一割にも満たない直家達は、徐々に討ち取られたり、矢や鉄砲を受けて落馬したりしてますます数を減らしている。

「殿、あちらに青の桔梗紋が見えまする!」

「なんたる 僥倖(ぎょうこう) 、ついて参れ!」

「それでこそ殿! お供 仕(つかまつ) る!」

「褒めても褒美は出せぬぞ!」

光秀の旗印を目ざとく見つけた延原が直家に進言すると、彼らは一目散に旗印を目指して疾走を開始した。

既に二人の騎乗する馬は矢を受けており、もう幾らも走れない有様だ。

それでもここで光秀の首級をあげれば、大金星として後世に語り継がれる程の快挙と言えた。

「まだだ! まだ足りぬ! 冥途の土産にお命頂戴!」

そう叫ぶと直家と延原を乗せた騎馬が光秀の本陣へと迫る。

混乱をきたした中でも精鋭揃いの明智軍の将兵たちは直家の襲撃を察知して迎撃態勢を取った。

彼らは地面に突き立てた矢除けの盾を前面に押し出して勢いに乗った直家達の突撃を受け止める。

双方が激突した結果、その凄まじい衝撃によって盾を構えていた明智兵は圧死した。

しかし、死して尚倒れなかった為に騎馬もただでは済まずに直家と延原は落馬して地面を激しく転がった。

落馬の際に折ったのだろう、延原の右腕はおかしな方向へと曲がっていた。

対する直家の有様も 惨憺(さんたん) たる有様であり、兜を失い背中には二本の矢が深々と刺さっている。

そんな状況でも二人の老将は即座に起き上がると走り出し、その場を離れた。

「うはははは! どうじゃ、延原! 明智めに目にものみせてやったぞ!」

「お見事でございました。さてこれから如何されます? 命乞いでもされますか?」

「阿呆が! これをくれてやるんだよ!」

直家は叫ぶと共に手にした得物を投げ捨てると、小刀を使って自身の鎧を外すと腰布を裂いて己のイチモツを放り出した。

敵兵が追いすがる中、突如として足を止めて振り返った直家を警戒している兵に向けて豪快に笑って叫ぶ。

「わしを追いかけてさぞ汗をかいたであろう。今から褒美をくれてやる!」

そう言うと共に直家は間近に迫った明智兵に小便を引っ掛けてみせた。

立地的に坂を上った処から下に向かって豪快に放たれた小便は、狙い 過(あやま) たず明智兵の頭へと降り注いだ。

頭に血を上らせた明智兵が坂の下から直家を槍で突き殺そうと遮二無二攻撃するのだが、まるで 猿(ましら) のように左右へと跳んで避けながら直家は小便を出し終えた。

「生涯最後の小便は爽快であった! これにておさらばよ、延原先に逝くぞ!」

常人ならば今わの 際(きわ) に於いて小便など出せるはずもなく、それどころか萎縮してしまってイチモツを取り出すことすら叶うまい。

己の生涯に満足し終えた直家は、遂に小便を引っ掛けた兵の槍によってその体を貫かれることとなった。

それを見ていた延原が直家を助けるべく駆けだそうとしたところへ乾いた破裂音が響く。

山にこだまする銃声の余韻が去ると延原の体がぐらりと揺らいだ。

一発の銃弾が延原の額を貫通してしまったのだ。明智軍に支給されている単発式の新式銃とて、その貫通力は火縄銃の比ではない。

至近距離ならば鉄製の兜も鉢金も構わず貫き、延原の命に届いてしまった。

「延原…… ぐふっ、貴様が先に逝くとは何事だ……」

まるで糸の切れた操り人形のように力なく崩れ落ちる延原を見て直家は言葉を漏らした。

明智兵の槍は直家の腹を貫いており、誰が見ても明らかな致命傷であった。

直家は大量の出血と、蓄積した疲労とで震える膝を踏みしめると最期の力を振り絞って叫んだ。

「織田! 明智! 羽柴! 見ておるか! わしは最期まで殺して殺して殺し尽くしたぞ! これが宇喜多の死に様よ、とくと眺めよ!!」

力の限り血を吐きだしながら叫び終えると、直家は仰向けに倒れる。叫んだことにより 腸(はらわた) が飛び出し、そのまま命の灯火も消え失せた。

最期まで破天荒を貫いた直家の死に様は、光秀の心胆を寒からしめるに充分であった。

宇喜多直家の壮絶な討ち死には、明智軍を挟撃するつもりであった浦上宗景の心をへし折るには充分過ぎた。

「あの宇喜多が討ち死にだと! 馬鹿な、あの悪党がむざむざと殺される訳がない。敵の足を舐めてでも生き残るぐらいの生き汚い男だぞ!」

浦上の人生に於いて宇喜多直家という男は重要な位置を占めていた。

見目麗しい母親と共に流浪の身から救い上げ、母親を妾とした上で直家を 近侍(きんじ) に据えて肉体関係にも及んだ。

最終的に謀略の果てに主君たる自分を追い出して、備前・美作の国主にまで収まった大悪党であり、憎んでも憎み切れない間柄だ。

殺してやりたいほどに憎い相手であると同時に、その破天荒かつ奔放な生き様に何処か憧れていた己を自覚する。

自分より年若くして直家がこの世を去った事により、宗景は己の老いを自覚してしまった。

(直家亡き今となっては、備前・美作に興味などない。逆立ちしても勝てぬいくさに命を懸ける道理が何処にある?)

急に全てが虚しく思えた宗景は、早々に明智軍への追撃を断念して降伏を申し出た。

光秀としては渡りに船の申し出であり、予想だにしなかった大打撃を受けた軍を立て直さねばならないとあって、かなり浦上に有利な条件で降伏を受け容れる。

降伏を申し込んだ折に浦上本人が光秀の許へと現れたのだが、その表情からはまるで感情が抜け落ちたかのような空虚な様子が見て取れた。

まるで直家の裏切りの代償であるかのように直家の死によって厚遇を勝ち取った宗景だが、彼は家督を譲って出家するとさえ 嘯(うそぶ) いていた。

乱世に於いて波乱に満ちた生を過ごしたであろう宗景が、急に心変わりした原因は光秀には窺い知れない。

少し感傷的になっていた光秀だったが、それでも彼にはその場で足踏みしている余裕はない。

それでも明智軍がこの一戦で被った損害が余りにも大きすぎたため、兵站部隊を待って補給を受けた上で軍を再編成して西へ向かう必要があった。

秀吉の 後塵(こうじん) を拝することは明らかであり、 忸怩(じくじ) たるものを抱えながらも光秀は西を目指すのだった。