軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode79

モルス様の仕事を手伝った次の日、魔法省に顔を出すと、ウィオレス様が宙に浮いていた。頭に血が上らないのだろうか? 彼は逆さまになりながら書類を捲っている。

(なんという魔力の無駄使い)

浮遊するだけでも大変なのに、それを長時間無意識に発動させているなんてそんじょそこらの魔力では足りないのだ。

「ウィオレス様」

無駄だと理解していても、一応声をかけてみる。が、彼は案の定私のことを無視して宙に浮いて漂っている。そもそも私が部屋に入ってきたことにも気づいていないと思う。

眉間に皺を寄せている彼は目で書類の数字を追っている。そして下まで読み切ったらしく、いきなり声を荒らげた。

「何なんだこの提案は。無意味だろ。無能が考える政策だ。会議の議題にあげるまでもない。私の権限で却下だ!」

(あっ)

ウィオレス様は持っていた書類を放りだす。続けざまに無詠唱で部下たちの努力の結晶を切り刻み、ゴミ箱へ塵と化した書類を吹き飛ばした。

私は慌ててゴミ箱に駆け寄る。

見る影もない部下達の提案書は粉々で修復不可能にまで切り刻まれていた。

私だって前世で沢山の書類に目を通したから、無駄な書類を読む時間が惜しい気持ちも多少理解できるが……。

(…………いくらなんでも、人が時間をかけて作成した書類を)

無下にしすぎではないだろうか。というか、いつまで私のことをウィオレス様は無視するのだろう。流石に気づいてほしいのだが。

軽く睨みつけてる間にも、彼は指を一振して机上に山積みになっていた書類を手元に手繰り寄せ、目を通している。

沸々と怒りが湧いてきて、最近使っている手を今日も使うことにした。

「あ、魔術書が燃えてる」

「は?」

ふいと視線が移り一瞬、魔力が乱れる。私はすかさず自身の魔力をねじ込んで彼の浮遊魔法を強制解除した。

ウィオレス様は頭から床に激突すると思いきや、器用なことに空中で一回転し、その間に風魔法を床に向かって行使することで落下の衝撃を相殺した。

「あぶっな」

宙に浮かべていた書類を胸元で抱えているが、一部はパラパラと床に散らばった。

「まーた騙したな」

「何度も引っかかるウィオレス様が悪いのですよ」

普段はとても頼りになるのにこういうところだけは抜けているのだ。

彼は文句を言いたそうだが、分が悪いことを理解しているのか落ちてしまった書類を拾い始めた。私もしゃがんで集めるのを手伝う。

「そういえばおめでとうございます」

「何がだ」

「次の筆頭魔術師の正式な内定が公になりましたよね」

「ああ、それか」と今思い出したかのようにつぶやき、ニヤリと八重歯を覗かせて笑う。

「悔しいか?」

「いいえ、まったく」

さらりと受け流せばウィオレス様は不満げに唇を尖らせた。

「つまらないな。リーティアの方が魔力量多いだろ。順当に行けば魔力の多さで決まるだろうに」

「元々、ウィオレス様が引き継ぐ路線で物事が動いていたところ、私がぽっと出てきただけですから。それに、私の魔力については秘匿されてますよ」

(魔法省との関わりを深めると決めたのは、魔力制御はもちろんの事として、アルバート殿下の妃候補から少しでも逃れたい一心であったし…………この中での私の地位は確立しているから十分よ)

この五年間、魔法に関してはものすごく努力した。知識はあればあるほどいい。魔力制御も上手くなった。自分の魔力の特異な使い方も、エルニカ様からお墨付きを頂けたくらいだ。

そのおかげでまだ正式な魔法省の職員ではないけれど、ここにいる魔術師の皆さんからは職員と同じように接されている。

なのでわざわざ筆頭魔術師になる意味も、理由もないのだ。であれば、ずっとヴィザ様の元で学び、彼の魔法を継いでいるウィオレス様がこの省のトップに立つのは当然のことだ。

拾った書類をウィオレス様に受け渡す。

「まあそうなんだが。勿体ないが、公表したらめんどくさいことになるから、魔法省としてもひた隠しにしてくれていた方が助かるしな」

残念だと彼は呟き、集め終わった書類を整えた。

「…………少し話は変わりますが、どうして内定の公表がこのタイミングなのでしょうか」

「それは上の意向だ。師匠もお年を召されているからな。いきなりぽっくり逝かれるより、生きている間に色々引き継ぎを終わらせて混乱を少しでも無くしたいんだろ」

面倒くさそうにげんなりしたウィオレス様は、床に脱ぎ捨てていたローブを羽織った。

「あと、公表することで筆頭魔術師としての外での公務も私に押し付けられるからな。師匠はそっちが狙いだ」

窓を開け、窓枠に足を掛けた彼はひらひらと手を振る。

「もし忙しい私を少しでも哀れんでくれるのなら、執務机の山積みになった書類を片付けておいてくれ。夕方までには戻る」

私がなにか言う前に、彼は窓から姿を消した。

「………………絶対私に押し付けるつもりで溜めていたわね」

今日、私が魔法省に顔を出すことを彼は知っていたはずだ。

(前、手伝ってしまったのが悪かったわ)

書類仕事は得意というか慣れている。なので以前、忙しさに忙殺され目が虚ろ、呂律も回らなくなっていた彼を見て、流石に手を貸してしまったのだった。

それから度々私は手伝わされている。さすがに彼のみ扱える機密書類はきちんと隠されていて、私の手元に来る書類は一定程度制限されている。

そうやって丸投げするのではなく、任せても平気なものだけを残して私を頼っているのを知っているので、ついつい手を貸してしまう。

「まったく」

年上は敬いなさいと躾けられたけれど、ウィオレス様に対してはそんな気持ちもなくなってしまう。

書類の山を似たような用件ごとに分け、私が手をつけても構わないものにだけ目を通していく。

(回復系の魔法が使えない人のための薬。特に毒を盛られた際の解毒薬について)

最後に残った山に手を付けてみると、やけに専門的な内容だった。あいにく、魔法薬と言えど薬関係には詳しくない。けれども知っておいて損は無いし、回復関連はもしかしたらルーファス陛下の死を回避するために役に立つかもしれない。

とはいえ、あまり知識を持っていないので備え付けられた書棚から魔法薬の書物を探す。

「これはどうかしら」

背表紙の上に指をかけて書棚から取り出す。最初の魔法薬のページを開いてみると黒インクで大きなバツが書き込まれている。

「誰かの私物?」

魔法省は魔法に関するありとあらゆる書物を保管しているうえ、魔術師たちは珍しい書物を収集する癖がある。そのため、彼らの私物がこの塔に保管されている書物に交ざることがよくあるのだ。

訝しみながら再度書物に視線を落とす。捲っても捲っても、紹介される魔法薬には大きなバツが書き込まれていた。

「──『この本には書かれていない。どうしたら……助けられる?』」

最後のページには殴り書きの、一部は水でも零したのだろうか。滲んでいて読みにくいがそんなことが書いてあった。

この本の持ち主は誰かを助けたいらしい。既存のものでは効かず、新たな魔法薬が必要となるような状況に陥った人を。

「というかこの字、どこかで見たような」

滲んでいて筆跡の特徴は分かりにくかったが、私にとっては妙に見慣れた字だ。

そもそもこの部屋はウィオレス様専用だ。つまり……。

慌てて彼が目を通して置いていった書類の1枚を取った。流れるような筆跡で下部には署名が入っている。

私は署名と書物の殴り書きを見比べてぽつりと呟いた。

「やっぱりウィオレス様の字だわ」