軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode57

「──といっても、皆さん以前お越しになったことがありますが」

「そうですね。半年ぶりくらいかと」

アイリーン様が記憶を辿って指を折りながら数えている。

「前回はお茶会でお邪魔させていただきましたね。よく手入れされた花々を鑑賞するのは、とても有意義な時間でした」

初夏前、一度招待してもらったのだ。その時は公爵様や公爵夫人がエレン様と一緒に私達を快く迎え入れてくれた。

「そう言ってもらえると嬉しいです。お母様もお父様も二人を気に入っているので、これからも予定が合えば!」

エレン様は落ちたままだった鋏を拾って庭師の手に握らせる。

「さあさあ中にご案内しますね。私、今日の為に色々準備したんです! ティニア様が来るまでもう少し時間があるはず……で────」

魔法陣の展開音が聞こえてきて。エレン様の声は途中で途切れる。私達がいっせいに上空を見上げると、太陽を背にひとりの人間が現れた。

「あっ! また座標間違えたわ」

ばっちり目が合ったその人物は、浮かんでいる陣を解いてふわりと地面に着地した。

「ティ、ティニア様? え?」

口を魚のようにパクパクさせ、王女殿下の名前を呼ぶことしか出来ないエレン様は、何故上から彼女が降ってきたのだろうかと混乱中である。

それに対して私は、初めて会った時もティニア王女が上から降ってきた事を思い出し、この人の移動手段は何故馬車ではなく、魔力を膨大に消費する転移魔法なのかしらと考え始めていた。

「そうよね普通驚くわよね。これ、不法侵入になるかしら」

着地時に付着したホコリを払いつつティニア王女は尋ねる。

「いえ、到着方法が少し……独特ではありますが、招待したのはこちらなので」

「ならよかった。本当は馬車で正門から入る予定だったのだけど、渋滞にはまってしまって一向に動かなくて……めんどくさくなってひとっ飛び」

(そんなに簡単な魔法ではないはず……よね? 魔力だって無限ではないのに)

王族なので魔力量も多いのだろうと無理やり納得させる。そうでなければ時間に遅れるというだけで、短距離に転移魔法など使用しない。

「ちょ、ちょーっと早いですが。皆さん集まりましたね」

今日の参加者は私達三人とティニア様を入れた四人。キャサリン様達も招待するのかと思いきや、エレン様はしなかったらしい。

「段取り通りでは無いのですが、取り敢えず室内に案内しますね!」

エレン様はパンッと手を叩き、こっちですよ〜と先頭を切って邸宅内へ向かう。

私達三人はその後ろを親鳥を追う雛鳥のように、とことこついて行った。

◇◇◇

室内に案内された後、私達は応接室に滞在していた。ふかふかの赤毛の絨毯、庭園が一望できるガラス張りの窓からはあたたかな陽光が差し込んでいる。

私は窓際にある革張りのソファに腰を落ち着かせた。隣にはティニア王女、向かい側にアイリーン様が腰を下ろす。

「そのブレスレット可愛いですね。とてもお似合いです」

「そう?」

カップに口をつけていたティニア王女は、腕を傾け軽く振る。振動に合わせて少しぶかぶかのブレスレットが上下した。

「この手の物はあまり好みじゃないのよね。でも、リーティアが褒めてくれるのは嬉しいわ」

うふふと笑ってティニア王女はさらりと告げる。

「これ、魔力制限機器なの。見目が良くても魔法を使う際、感覚が狂うのが難点ね。狂わなければ文句なしの魔具なのに」

「…………制限機器ですか?」

(あれが?)

てっきり普通のアクセサリーだと思っていた私には、何も施されていない単なるブレスレットに見える。

けれど今の説明によると私のイヤリングと同じように、特別な細工がされているみたいだ。

頷きながらティニア王女は教えてくださる。

「そうよ。私、他の人より感情に左右されて魔力暴走が起きやすいの。だからアクセサリーにして保険で常に身につけているわ。制限されたくない時は外せばいいし、結構便利なものよ」

ティニア王女はブレスレットを取り外す。乳白色の宝石が取り付けられたそれは、至ってシンプルなもので飾りはあまり多くない。

「着けてみる?」

「はい」

ちょっと興味があったのでお借りした。

腕にはめて、本当に魔法が制限されるのか試してみようと思い、手の中にほんの少し魔力を集中させる。

(確かに魔力が妨害……かき消されるような感じだわ)

集中させようとしても分散してしまい、魔法として顕現出来ない。

「ふふっ魔法、使えないでしょう」

「そうですね、無理みたいです。お貸しいただきありがとうございました」

取り外したブレスレットをティニア王女に返却する。その際、私だけにしか見えない左手首のアザが目にとまった。

──愛し子であることから生まれる魔力。

どれほどの力を秘めているのか。片鱗はウィザ様とウィオレス様のおかげで知ることが出来た。

そうは言っても、己の魔力については知らないことばかり。ようやく来週からはウィオレス様の講義? が始まる。

何をするのか聞いてないけれど、今から嫌な予感がぷんぷんしている。また無茶ぶりしてきそうだ。

(嫌だなぁ……)

考えただけで眉間にしわが寄りそうだ。

ウィオレス様は苦手ではあるけれど、悪い人には思えない。

それに、あのような人と話したことがあまりないのもあるのだろう。慣れれば少しは好ましく思えるのだろうか。まだ私には判断に至る材料は揃っていなかった。

まあ何にせよしっかり魔力を制御して、そこそこな関係をウィオレス様との間に築くのが目下の目標だ。

(だって、たぶん上司になるお方だもの)

私はテーブルに置かれたカップを手に取って、エレン様達の会話を半分聞き流しながら考え込む。

ウィザ様は彼のことを「自分を継ぐもの」だと言った。筆頭魔術師になれるのは一人だけで、その地位に就く人間は全魔術師を統率するのだ。

そうなると必然的に私の上司となるわけで。苦手意識を持っていても、良いことは何一つ無かった。

「──リーティア様!」

「ひゃっはいっ!?」

突然名を呼ばれ、私はびくりと肩を震わせた。見れば、エレン様が私の両手を握ってきらきら瞳を輝かせているではないか。

「ですので、良いですよね?」

「?」

(しまった。全然会話聞いてなかったわ)

何かの許可を私に求めているっぽいが、肝心の〝何か〟が分からない。

会話の内容を思い出そうとするが、全く別のことを考えていたせいで、ぼやぼやとしか思い出せない。

でも、目の前の彼女はにこにこしている。だからそんなに悪いお願いでは無いはず……。

「いい、です……よ?」

「わぁ! ありがとうございます〜〜! とってもとぉっても嬉しいです! リティも私のこと、エリーって呼んでください!」

ぽかんとしてる私を置いて、エレン様はぎゅうっと抱きついてそのようなことを言ってきた。

(リティって今言ったかしら)

どうやら愛称で呼ぶ許可を乞われたみたいだ。

そういえば初めて出会った時から様付けで呼びあっていた。

それは微妙な距離感が残る要因で。親睦を深めた今でも、若干隔たりを感じていた。

その壁が取り払えるならば、私が拒む理由も存在しない。

「エリーさ……エリー」

初めて口にした愛称は、すっと私の中に溶け込む。

何だか心の奥がぽかぽかして、言葉にするのが恥ずかしい。思わず目を逸らしてしまい、慌てて正面に戻す。

「そうそう、私のこともリーンって今から呼んでくださいね」

そんな声がかかる。エレン様の肩からひょっこり顔を出せば、これまたアイリーン様もにこやかに微笑んでいた。

「リーンですね」

「ええ」

「なら、私もティニでいいのよ?」

ティニア王女も便乗してくる。

私はエリーと顔を見合わせ、ぶんぶん首を横に振る。

「流石に王族であるティニア様の愛称を口にするのは……」

(畏れ多いわ)

するとティニア王女は悲しげに瞳を揺らした。

「王族王族って皆言うけれど、王族の前に一人の人間よ。私だって貴女達と仲良くしたいし、気軽に笑って話せるお友達が欲しい」

──羨ましい。

そんな感情が滲み出ていて。私は抱いていた畏怖も忘れ、気がつけば口が勝手に発していた。

「…………ティニ」

ティニア王女の顔がぱっと明るくなる。そうして人差し指を立てて願うのだ。

「もう一回、呼んでくれないかしら」

今度はエレン様やアイリーン様も合わせて。

「ティニ」

すると王女も満面の笑みになる。

「こうやって呼んでもらえるのはとても嬉しいわ。わがまま言ってごめんなさいね。ありがとう」

そんなこんなでよりいっそう距離が縮まった私達。フォルゼ公爵夫人が夕食の為に呼びに来るまで、時間を忘れて話し込んでいたのだった。