軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode56

精霊達と戯れたのち、私達は舞の練習をしているアイリーン様達と合流することになった。

大神殿の中央に位置し、一般信者も一部区域を除いて出入り自由な建物の、丸くくり抜いたような半地下となっている場所。

滝があり、地面は足首が浸かるほどの高さまで水が張られ、周りに生えた木々によって木洩れ日が降り注いでいた。

エルニカ猊下は躊躇もせずに進んでいく。私達も靴下と靴を脱いで水に足をつける。秋も中頃なので水温は低いかと思いきや、普通の水とは違うのかぬるく感じる温度だった。

私達よりも中心部にいるアイリーン様達は、水が跳ねて衣服が濡れても大丈夫なように、神殿側が用意した白の衣を纏っている。飾りは付いておらず、無地の質素なものだ。

(…………あの振り付け)

どうやら手本として神官様達が舞を見せているようで、アイリーン様達は真剣にそれを眺めていた。

まるで重力がないかのように。神官様達は軽やか且つ、しなやかに踊る。

何処からか鳴る音色に合わせて踊るように飛んで、跳ねて。底に付いた足元から円状に広がるはずの波紋は小規模で、周りに飛び散る水の雫は少ない。

静かに、だけど大きく。

(綺麗)

シャンと最後の音色を空間に響かせ、空気を震わせていた音楽がピタリと止む。

途中から見ても激しい振り付けであったのに、神官様達はふぅと一度息を吐いただけで、息は上がっていない。

彼女達はエルニカ猊下に気が付き、すっと片足を引いて頭を下げた。そしてアイリーン様達に向き直る。

「ここまでで本番で踊る半分ほどです。最初から完璧に、とは言いません。しかし女神様に捧げる舞ですので最終的にはこれ以上になってもらいます。よろしいですね?」

すこし不安げにアイリーン様達は頷いた。

「怖い顔して脅しては駄目よ。大丈夫。舞を間違えた程度でノルン様は怒らないから怖がらないで」

すかさずエルニカ様が神官様の言葉を補足する。

「ですが…………」

不服そうに神官の一人が無礼を承知で口を挟もうとした。

「別に失敗していいとは言ってないわ。ノルン様はそれほど慈悲深いお方ということよ」

(……というより大雑把で面倒くさがり屋なだけだと思うなぁ)

私は心の中で付け足しする。きっとエルニカ猊下も同じことを思っているはずだ。対外的にそう言っただけで。

ノルン様は細かいことを気にしない。その性格のせいで、私の前でも何度かモルス様に説教を受けていた。

それにノルン様ならば〝舞〟という形よりも、心がこもっているかを判断基準にするだろう。

だから踊りを間違えたとしてもさして怒らず、もし人間の前に姿を現せるならば、頭を撫でたり褒めたりするはずだ。

あとは彼女達が自信を持って舞えば素晴らしいものになる。

「さ、続きを行うといいわ。私達は上で見学しましょうね」

言われて私達もアイリーン様達の邪魔にならないよう水から出ると、エルニカ猊下が魔法で足を乾かしてくれた。お礼を言って靴下と靴を履く。

猊下の後を追って螺旋階段を登る。そうして階下を一望できる場所に移動した。

「貴女達もこちらにおいで」

備え付けられていた椅子に座ったエルニカ猊下は、魔法でぽんっと人数分、座り心地の良さそうな椅子を出現させた。

「座って。立ちっぱなしでは疲れてしまうから」

素直に腰を掛ければ盆を持った神官様がやってきて、これまたエルニカ猊下が魔法で出現させたテーブルの上に、湯気が立ち上っている飲み物を四人分置く。コップの中には凍らせた花が入っていて、熱さによって緩やかに花びらが開く。

ほのかな花の香りが漂い始め、ちょうど喉が渇いていた私はお礼を言って口付ける。

「…………私も舞いたかったですわ」

しばらくしてそう呟いたのはクリスティーナ様。彼女は羨ましそうにアイリーン様達を眺めていた。

そんなクリスティーナ様にエレン様が話しかける。

「皆が踊れたらそれが一番いいと思いますけど、こればかりは仕方ないですよ〜」

「そうなのですけど……」

誰が行うのかはエルニカ猊下が決めたこと。やる気だけではどうすることも出来ないのだ。

はぁ、と心底残念そうにため息をついたクリスティーナ様を見て、エレン様はコップを置いて口を開く。

「そういえば私、このような機会なので大祝祭や、女神様に捧げる舞について色々文献を調べたんです。建国当初から──いや、前王朝からこの儀式は三人と決まっていたらしいです」

指を三本立てる。

「始まり、継続、終わりを表していて、一人一人がその役を演じて舞うことで、何事も無く、平穏に、大陸が繁栄する願いが込められているって書かれてました!」

自慢げに胸を張れば、エルニカ猊下が話題に入ってきて拍手を送った。

「勉強熱心なのは感心感心。勉学は人を裏切らないわ」

今度はぽんぽんエレン様の頭を撫でて微笑む。

「エレンさんの言った通りよ。願いはもちろん、舞を奉納することで〝加護〟を神から頂くの。今年はルーキアでこの儀式を行うからノルン様の加護ね」

「女神様の加護は何でしょうか」

クリスティーナ様が尋ねる。

「色々あるけどノルン様から頂けるひとつは〝記憶〟」

頬に手を当てながらエルニカ猊下は答える。

「ノルン様以外では、例えば北方にあるスノーリアム──冬の神・イヴェン様は冬に関わる季節の恵み。アクティリオン──水の神・ミュフェン様は水に関わる恵み……という感じで、この儀式を回していくことによって各国が信仰する神から弱くなった加護を頂く感じね」

「国は違えど、加護は大陸中にかかるのですよね?」

エレン様が問えば、エルニカ猊下がこくりと頷く。

「そうよ。大祝祭を行ってない国にも加護はかかる。だから戦争が起こっていないの。国が不安定になると祭祀は行えず、加護は頂けないから」

加護を貰いたいならば、その国の最高司祭が自国で祭祀を行わなければならない。ただし、己の利益のために武力で他国に行うよう強制する等、野蛮な行為や思惑が背景があった場合は、正しい手順を踏んでも徒労に終わる。

加えて戦争が行われ、民や大地が荒れれば神も怒り天罰を下す。そしてそれは連帯責任と言わんばかりに大陸中に影響を及ぼす。

よって各国は絶妙な政治的バランスを保ち、昔は兎も角、ここ最近は国同士の大規模な争いは起こっていなかった。

とはいえ、加護があるからといって飢饉や内戦が全て無くなるわけではなく、あくまでも人々が協力し合っていかなければ国は存続出来ない。

盲目的な信仰だけでは世界は容易く回らないのだ。

大雑把に「加護」を纏めると、人類が生きていく上での〝支援〟であり、時には〝補助〟になる物である。

「それを聞くと舞はとても重要なものなのでは……」

エレン様は青ざめる。

全国家の命運がかかっていると言っても過言ではないのだ。彼女がそう考えてしまうのも致し方ないだろう。

「最初の方にも言ったけれど、ノルン様は寛容な方よ。あからさまにおかしな行動をしなければ大丈夫」

エルニカ猊下は続ける。

「あそこにあるのは見える?」

すっと指したのは前方にある彫刻だ。女神を模したそれは胸元でお椀のようにした手に、水晶玉のような球体が載っている。

「手に載った物が少しだけ光っているでしょう?」

そう言われて目を凝らしてみると確かにほんの少し光っているような……気もした。

「祭祀直後は眩いほど光るのよ。今はノルン様の加護を失いつつあるから光をほぼ喪失している。あの光量によって、私達が話し合って次の開催国を決めるの」

猊下はクイッと指を曲げた。するとふわりと彫刻の手の中にあった球体が浮かび上がり、私達の真上に飛んでくる。

「あのぉ、差し出がましいですがこんな所に置いておいていいのですか? 盗まれたりしたら」

エレン様は困惑気味に球体を眺めている。

「平気よ。特定の条件を満たした者しか触れられないから」

エルニカ猊下はそう言ってエレン様に試しに手を伸ばすよう促す。

「あっ」

エレン様の指が球体に触れるか触れられないの所でふにっと押し戻された。

「周りに膜? みたいなのがあって、柔らかいボールに触っているみたいですね」

優しく跳ね返されているようだ。クリスティーナ様も手を伸ばしたが同じように触れることは出来ない。

「魔法を使って過去に盗まれたことあるけれど、勝手に戻ってくるようになっているから。これは自ら所有者や居場所を決めるの」

エルニカ猊下は魔法で球体を元の場所に戻した。

「そろそろあちらも終わるようだし、今日は解散にしましょう」

アイリーン様達も集まってきて、エルニカ猊下は地面に陣を描いた。

「一人ずつこの円の中に入ってね。それぞれの自邸まで送るので」

準備が出来たのを見計らって、エルニカ猊下はまず最初にクリスティーナ様を送り、キャサリン様、フローレンス様と続く。

「次は…………」

私達は目配せをした後、三人でぐるりと大きく描かれた円に入った。

「あら、これは一緒に同じところに送ればいいのかしら」

小首をかしげながらエルニカ猊下は指をくるくる回す。

「はい。エレン様の邸宅に私とアイリーン様も一緒に送ってください」

私が弾んだ声色で言えば、猊下は口元を緩める。

「何か楽しそうなことがあるようね。差し支えなければ教えてちょうだい」

「お泊まり会を私の邸宅でするのですよ!」

私が答えるよりも先に、私とアイリーン様の手を取ったエレン様が、満面の笑みで答えた。

「この集まりの後ならば予定が合いやすいので!」

いつも自分やアイリーン様よりも元気いっぱいなのだが、いつにも増して張り切っている。

それだけ今日の約束を彼女も楽しみにしていたのだと思うと、心の中にあったわくわくした気持ちも増幅する。

「お泊まり会とは何をするのかしら? そういうのに疎くて」

「時間を気にせずおしゃべりして夜更かしするものらしいです」

初めての経験に待ちきれない感情が滲み出てしまったのだろうか。私と目が合ったエルニカ猊下はふっと笑う。それは子供を見守る親のように、慈愛に満ち溢れたものだった。

「……なるほどそれは楽しみでしょう。早く送ってあげるわ」

来た時と同様に光に包まれ、反射的に目を瞑る。次に開けた時には芝生の上に立っていた。目の前には麦わら帽子を被った庭師らしき人が、突然現れた私達を見て、握っていた剪定鋏を取り落とす。

そんな中、こほんと咳払いをひとつしたエレン様が、満面の笑みで両手を広げて歓迎の意を表す。

「ようこそ私の家、フォルゼ公爵邸へ!」