軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode51

二回しか会ったことがない相手に対して、素晴らしい観察力だと賞賛すれば良いのか、はたまたわかりやすい表情をしていたのかと反省すればいいのか分からない。

「ほら、図星だ」

黙ってしまったのが悪かったらしい。ウィオレス様の中ではそれで確定してしまったようだ。悪役のようににやっと笑い、八重歯が口から覗く。

だが、ここはシラを切るしかない。

「私が殿下を嫌いになる理由などありませんのに……? そもそも、何故そう思われて?」

このようなことを尋ねられたのは三度目。一度だけならまだしも複数回となれば、私が隠せていないのだ。

(前世は人形のようで表情が無く、薄気味悪いと言われていたのに……)

今世では心を隠すのが下手らしい。この変化はきっといいことなのだろう。しかしこの場合においては弱点になっていた。

今、自分の中にあるアルバート殿下への感情は「嫌い」や「苦手」の一言では言い表せない。けれど「好き」は有り得なくて、「死ぬほど嫌い」とも言えない。

とても複雑で、曖昧で、口にするには何種類もの言葉が必要で。落とし所は見つからない。

「それは勘さ。理由がなくても嫌いになる時は嫌いになる。公爵令嬢もそういうタイプかもしれないと思っただけだ」

「侮辱ですか」

「いいや。不愉快な思いを抱かせてしまったお詫びに一つだけ」

ウィオレス様は空中に浮いていた鍵を手の中に収める。

「私からお茶会の招待状を受け取った時、ほんの一瞬痛みに耐えるような顔をしていた」

(夏の……やつね)

意識的にはそのような感情をもちあわせて無かったのだが、深層心理が顔を出していたのかもしれない。

基本的に宮の全域はトラウマの場所であり、ふとした瞬間に息が詰まる。何処を歩いても足が、目が、鼻が、覚えているのだ。

大抵は見なかったことにして遮断するがどうしようもない時もある。

このことに関しては、たとえ薄れはしても消えることはないだろう。

「痛みだなんて。そんなものありはしませんよ」

それよりも根深いものだ。心の奥底まで根を張っている。

「誤魔化すの無意味なのにさぁ……まあ、それはもう聞かない」

その場に座ったウィオレス様は地面に手をつく。彼を中心にしてテーブルクロスほどの範囲の草花が枯れた。

「公爵令嬢は自分の限界を知っている?」

「何のですか?」

「自分の魔法だよ。もうちょい細かく言えば規模とか威力とかかな」

彼は落ちていた木の枝で陣を描き、自身の指を噛んで血を垂らす。すると土の色がうっすら変わる。

「知りません」

「そう……まあ、本来貴族は大きな魔法を日常で使わないから当たり前か」

「あの、何を?」

私もウィオレス様の隣にしゃがむ。下に描かれた魔法陣は見たことのない物だ。血に反応してか、記された文字は赤色である。

「んー、限界はこれくらいだよって見せるために、魔法を使おうと思ってね。詠唱は省くけど流石に陣無しは燃費が悪い。疲れるのは嫌いだからね」

生返事で素早く陣を描いていく。

「よし完成。陣の外に出て。死にたいなら別にいいけど」

追い払うような仕草をされ、私は死にたくないので大人しく従う。

「ちゃっちゃと終わらせよう。公爵令嬢、耳を塞いで」

「え?」

「あーもういいよ。防御に追加で防音も張る」

ウィオレス様が面倒くさそうに私の方向に手を振れば、透明な壁が目の前に出現し、ドーム型となって私を包む。

「少しうるさいかもだけど我慢して。そこまでは面倒見切れない」

そう言った彼は一雫、魔法陣に血を垂らす。

「こういう時に師匠の空間は便利なんだよ。使った魔力は戻ってくるし、現実だったら人が死ぬ規模の魔法も、周りを気にせず使えるからね」

物騒なことを言っているのにまるで散歩に行くかのような呑気さだ。

だが、手を前に出すと空気が変わる。

どこか凍てつくような、ピンッと張った糸のような。

「この規模は久しぶりだなぁ」

ウィオレス様の口角が上がる。どうやら面白がっているらしい。瞳が爛々と輝いている。

そして地の底から出したような声を発した。

「『穿て、消えろ』」

それは一瞬の出来事だった。

まず最初に稲妻が大地を貫き、遅れて鼓膜が破れそうな大きな音が耳を襲う。極めつけは瞳を開けていられないほどの眩い光。

ヒビが入るような音が魔法の障壁からして、私は割れないのを願うことしかできない。

(割れたら死ぬ……絶対死ぬ!!!)

彼の姿は見えない。あんな爆風の中にいてどうやって身を守るのだろうか。障壁は作っていなかったし。

「いつまでビビってるの? もう終わったさ」

怯えながら縮こまること体感十分。声につられて瞳を開ければ、吐息がかかるほど近くにウィオレス様の顔がある。

(ち、近い!)

反射的に距離をとる。

「本当に公爵令嬢は面白いね。飽きないよ」

私の反応が彼のツボにはまったらしい。ケタケタとお腹を抱えて笑いだす。

「面白いと言われても嬉しくありません…………っ!」

「あー、気が付いた?」

下に目を落としていたのだが、手を突いた場所に地面がない。ぽっかり穴が空き、暗い空間が続いている。

「これ……」

「全部一つの魔法で吹き飛んだ。怖いよねー」

にこにこ笑う彼が末恐ろしい。

「流石に元通りになるのは時間がかかるかなぁ。空間の半分以上破壊したから当たり前だけど」

言葉通り、先程まで遠くに見えた森や丘が跡形もなく消滅していた。素材である光の粒子が空中に漂っている。

「で、理解した? このくらいの威力を私は出せる」

「……わたしも?」

魔法を見たあとだと己の潜在的能力がどれほど大きいのかを実感する。

しかも私はウィオレス様とは違い、私は魔力のコントロールを学んでいない。あれほどの威力の魔法をもし、意図せずに使ってしまったら……と思うとゾッとする。

(この人は苦手だけど教えてもらうのが一番の優先事項だわ)

「勿論。だからコントロールの仕方を学ぶ。下手したら、魔力暴走で国を滅亡させることが可能だからね」

ローブについた土煙をはたきおとし、ウィオレス様は立ち上がる。

「暴走の原因である魔力の循環は乱れてないようだけど。よくこの歳まで何も起こらなかったね。普通、これほどの魔力であれば何もしないと器から溢れてしまうのに」

魔法を使った時に怪我をしたのか、頬から垂れる血を彼は無造作に手の甲で拭う。

「さあ、次は君の番だ。一度大きな魔法を使ってみて」

伸ばされた手を掴むと立ち上がらされ、魔法陣の上に立たされる。

「あ、ダメだ。私の血を垂らしたから作り替えないと。どうしようかな」

棒切れを拾い、ウィオレス様は使った魔法陣の隣に新しく陣を描き始める。

「どんな魔法がいい? 大雑把に教えて。魔法をサポートする陣を描く」

使わないという拒否権はないのだろう。ここは大人しく従ったほうがいい。

(何がいいかな)

自分が使える魔法はそれほど多くない。

(んー、これだわ)

「──天から物を降らす魔法を使いたいです」

とっておきの魔法だ。私にとってはおまじないのようなもので、大切なもの。人を傷つける要素は何一つないので失敗しても安心出来る。

「面白くないな、まあいいけど」

ウィオレス様は素早く魔法陣を完成させた。

「これ、術者の血を垂らした方が効率が上がるけど無しでも使えるから」

邪魔にならないよう陣の外にいたのだが、招かれて中に入った。

「ではいきます」

深呼吸して心を落ち着かせる。

魔法は学校でも習い始めていたので初級魔法は既に使えるし、今からやる魔法は難しくないものだ。だが、一度も使ったことのないものなので失敗するかもしれない。

(よし)

息を吸う。左手を胸に当てて、右手を前に出した。

「『この地に舞い降り愛する者に安寧を』」

いつもより多くの魔力が体から抜けていき、高らかに澄み切った声が響きわたる。

少々端折りながら詠唱をすれば陣を中心に魔法が広がっていった。

気温が下がり、大地は移り変わる。

葉は緑から茶に、そして枯れる。空は変わらず快晴だが、天から雪の結晶と春に咲く花の花弁が降ってくる。

「これは」

降ってくる花弁と雪の中、驚きで固まっている彼を見る。

「お母様が私にしてくれる魔法です。地面も変わってしまうのは想定外でしたが」

とっておきの魔法というのは、体調が悪い時にお母様がいつもしてくれるものである。

私が一番好きな魔法で、いつかは使ってみたかった。

(威力……? が違うのかしら。少し違う部分があるわね)

お母様のは感触はなく、周りの景色を変えることはない。しかし、今発動した魔法の雪は、触れた途端体温で溶けて水滴になり、周りは冬景色になっている。

それも数十秒の出来事で、雪と花弁は既に光の粒子になって空間に溶け始め、冬景色も元の景色に徐々に変化している。

「…………にしては違和感が。公爵令嬢、手加減した?」

「してませんが」

加減というものはまだ分からない。ただ、言われた通りに魔法を使っただけだ。

「陣が上手く描けてなかった? いやまさか……発動してるもんな」

ウィオレス様は私が使った陣の縁をなぞる。

「あとで師匠に聞くかぁ。どうせ見てるだろうし」

彼が陣に息を吹きかけると空中に浮び上がる。ウィオレス様は虫を捕まえるように端を摘み、小さく折りたたんでポケットに入れた。

「消えないのですか?」

基本的に魔法陣は魔法の終了と共に消えてしまう。

「保存魔法かけたからね。師匠のところに持っていって調べるんだよ。さ、帰ろ」

どこからともなく扉が出現する。ウィオレス様はウィザ様から借りた鍵を穴に差し込んで開けた。

その先にはソファに座ったウィザ様が微笑んでいた。