軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode50

「本当はもう少し早く君に会いたかったのだが、立て込んでいてね。こんなに遅くなってしまった」

言いつつ、ウィザ様はわざわざ椅子を引いて私に座るよう促した。

恐縮しつつも頭を下げてその椅子に腰掛ければ、ジョシュア様は私の斜め後ろに立ち、ウィザ様は正面のソファに腰を下ろした。

「話をする前にまず、もう一人ここに呼んでもいいだろうか」

両手を組んで膝の上に乗せたウィザ様は笑みを浮かべながら尋ねてきた。

「……誰でしょうか」

「魔法省に所属している魔術師だ」

それだけではちっとも分からない。魔法省には貴族ではない魔術師も在籍しているのだ。貴族の系譜ならば頭に入っているが、流石にそれ以上は把握出来ない。覚えていない。

「何も言わずにふらっと何処かに行ったり、気分屋で手を焼く人物なのだがな……」

その言葉に一人の青年が浮び上がる。

(いや、まさかね)

当たっていそうで怖い。

だが、聞かずにもやもやを抱えるのも嫌である。

「あの、ウィザ様の仰ったお方は金髪に紅い瞳を持った魔術師でしょうか」

(当たらないで欲しい)

そんな私の思いは叶わなかった。

「ああ、初対面ではないのか。それはよかった」

複雑な笑みを浮かべながら、ウィザ様は奥にいる誰かを呼ぶ。

「居るのだろう? 出てきなさい」

ガタガタと奥から物音がする。暫くして扉が開かれる。

「居ますよ。というか師匠が遠距離捕縛魔法を延々と行使してくるから仕方なく来ただけで、お客様の応対はめんどくさいので致しませ──え?」

渋々といった感じで出てきたのはあの、もう会いたくないと思った彼だった。あちらも想定外なのか、目を見開いて歩みが止まった。

私と彼との間に微妙な空気が流れる。

それを知ってか知らずか、黙りこくった魔術師様の代わりにウィザ様が紹介する。

「この子はウィオレス。私の一番弟子であり、魔法省所属の中で一番生意気な者。リーティア嬢と歳が近いから仲良くしてやってくれ」

(ウィオ……レス)

心の中で名前を反芻する。

そう言えば彼は私の名前を知っていたが、私は彼の名前を知らなかった。

自分の覚えているかぎり、貴族の中にウィオレスという子息はいなかったはずだ。

(それにしては……立ち振る舞いが)

家柄が良い気がする。貴族でないにしても、富のある家の出なのかもしれない。

「失礼な。賢くて優秀で、働き者の素晴らしい弟子の言い間違えでしょう」

「戯け。お前こそ片腹痛くなるような冗談はよしなさい」

「結構本気で言ってるんですけど……私より優秀な魔術師ここにいないじゃないですか〜」

力を誇示するように体を宙に浮かせ、魔術師様はその場で一回転する。それを見たウィザ様は呆れていた。

「人間性で言えばジョシュアの方が上だ」

ジョシュア様が少しだけ誇らしげに胸を張れば、ウィオレスと呼ばれた青年は残念そうな目で彼を見る。

「猫を被れば人間性もいいです」

「本性は違うだろう?」

「…………」

「からかいすぎた私が悪かったよ。黙ってないでお客様に茶を準備してくれ」

「分かりました」

肩を竦めた魔術師様は、そこで初めて姿が目に入ったようなわざとらしい視線を私に向け、紅茶の準備をし始めた。

◇◇◇

茶の匂いが部屋に漂い始める頃、ウィザ様は私の手を取って魔力を量っていた。

「ふむ、これは聞いていたが厄介な。箝口令を敷いて正解だな」

「厄介とは?」

興味津々に覗き込むウィオレス様をウィザ様は退かし、私の問いに答えてくださる。

「魔力量が多い。恐らくウィオレスや私よりもある」

「そうですか」

魔力が多いに越したことはないが、やはり異常なくらいあるのもめんどくさいということを最近はよく思う。

(魔力はあればあるだけ便利と言われたけれど、これでは厄介事に巻き込まれる餌だわ)

そもそも魔力の量は目視出来ないので多いとか少ないとか実感が持てないし、今のところメリットを感じられない。

(愛し子じゃなくて平凡な令嬢にしてくれればよかったのに……!)

そうしたら神殿や魔法省と関わらない人生を送れたかもしれない。

心の中で女神様に悪態をついた。

「手紙にも書いたが、多いからと言って無理に引き入れようとは思ってないよ。ただ、魔力制御の方法は学んだ方がいい」

「と言いますと?」

「リーティア嬢並の魔力量だと学校で教わるのでは足りない。私が教えてもいいのだが、年齢が近い方が親しみやすいだろう。ウィオレス、お前が教えてあげなさい」

唐突に話を振られた彼は顔を引き攣らせた。

「いや、ご勘弁を。私は感覚的に制御しているのであって、他の人には教えられない」

「何を言っている。この量に匹敵するのは私とお前しかこの国にはいない。どちらかが担当するに決まっているだろう」

「制御だけなら普通の魔術師でもいけますよ〜。経験を積ませるためにも私以外の者に」

のらりくらり躱すウィオレス様に、ウィザ様は一石を投じた。

「お前、 あ(・) の(・) 方(・) を巻き込むぞ」

彼には効果抜群らしく、頬がまた引き攣る。

「…………嫌です。それだけは絶対にダメです。結局二倍三倍に仕事が増えて放り出される!!」

「なら、やりなさい」

それにゆくゆくはお前がここのトップに立つしな、とウィザ様は付け加えた。

その言葉に私は彼を見る。

(ではウィオレス様も私と同じ)

──トップ、つまり筆頭魔術師になるということだろう。

だからあの時、お父様の魔法をいとも簡単に上書き出来たのか。

魔法省が私を無理に引き入れようとしないのも既にウィザ様の後を継げる候補がいたからなのだ。

ストンと疑問が腑に落ちた。

「貴方の後を継ぐって私は決めてませんからね! 帝国の飼い殺しにはなりたくありません!!! この時点で労働時間おかしいのに!」

「そんなこと言うな。仮にも皇太子殿下に付いているジョシュアの前だぞ」

「あー、お気になさらず。殿下も知ってますし。そもそもこの人、場所を憚らずに言っているの筆頭魔術師様もご存知でしょう?」

頬を掻きながらジョシュア様はカップを口元に持っていった。

「そういえばそうだった。今更だったな。だが、お前が継がないなら公爵令嬢が継ぐことになる」

(わ、わたし!?)

ちらりとこちらを見たヴィオレス様と視線が合う。全てを見透かすような赤い瞳は、上から下まで品定めをするように私を眺め、ウィザ様へ向かう。

「──師匠、卑怯ですね。とても卑怯ですよ。いつからそんな極悪爺に?」

「なんとでも言え。お前になにを言われても痛くも痒くもない。それに心の中では継ぐしかないと思っているだろう?」

「……まだ決めたわけではありません。公爵令嬢がなりたいと言うかもしれないですし」

──ありえないです。自分からなんて。

顔には出さず、心の中で即答した。

人のために魔法を使うのは構わないが、目立たなくて済むなら目立ちたくない。

筆頭魔術師なんて表舞台の主役だ。否応にも注目を集める。ならば、光の当たらないその後ろでサポートする方が自分には合っている。

「あ、今なりたくないって思っただろう」

指摘が飛んでくる。何なんだこの人は。眉間に眉を寄せそうになる。

「いいえ、ただ、私には大それたお話であると思いました」

ウィオレス様の問いに伏し目がちに答える。これ以上勘繰るのはやめて欲しい。ボロが出そうだ。彼から注がれる視線の圧力に冷や汗をかきそうになった。

「ウィオレスやめなさい。まったく……」

ため息をついたヴィザ様は頭に手を当てる。

「私も忙しいんだ。お前は暇だろう? 本ばかり読んで、たまには違うこともしなさい」

「ならあの人には教えないと誓ってくださいよ」

ウィオレス様は座っているウィザ様を睨めつける。

「わかってるよ。だが、あの方は自分で嗅ぎつけると思うがね」

「そうなったら全力で阻止します。では、鍵を貸してください」

ウィザ様が指を鳴らせば、紐のついた金の鍵がウィオレス様の手の平に現れる。彼はそれを器用に回しながら、私の隣に移動してきた。

「公爵令嬢、場所を変えるので着いてきてもらっても?」

「はい。あの、他にお話は?」

まさか魔力測定だけではないだろう。他にもあるはずだ。

「帰ってきてからで大丈夫だから、少しのあいだウィオレスに付き合ってあげて欲しい」

渋る私を見てウィザ様は申し訳なさそうにしている。

ウィオレス様と二人っきりにはなりたくない。そんな気持ちが顔に出ていたのか、ウィザ様は私を安心させるように言葉を続けた。

「心配しなくていいよ。戦い合う訳じゃないから」

「? はい」

物騒な言葉だ。彼と戦った者が過去にいたのだろうか。

とりあえず椅子から腰を上げてウィオレス様に着いていく。

彼は私達が入ってきた扉の鍵穴に、先程受け取った鍵を差し込んで開け、扉が閉じないように抑えている。

「ん」

「し、失礼します」

何となく何が言いたいのか悟った私は扉を通って別の空間に移動した。

そこは春の陽気が感じられる場所だった。

柔らかい風が頬を撫で、「部屋」というよりも外である。景色の終わりは見えず、こんもりと隆起している丘や、春に咲く花が花弁を散らしていた。

「ここ……は?」

「師匠が作った空間だ。塔の内部だけど構造が違う。で、壊しても抉っても元通りになる」

ウィオレス様は咲いていた花の茎を持ち、土から抜く。すると数秒で光の粒子が集まってきて、抜かれた場所に花を創造した。代わりに持っていた方は粒子になって消えてしまう。

「ここにある物は全て魔力で造られているんだ。地面も、木も、空も。ただ、生き物はいないけどね」

「維持が大変なのでは?」

魔力は無限ではない。有限である。例え筆頭魔術師様と言っても大変だろう。

「大丈夫なんじゃないかな? よく知らないけど」

興味無さげな彼は紐の輪に指を掛けて回し、上に弾いた。

地面に落ちると思いきや、そのまま空中に留まり続けているのは魔法を使ったのだろう。

「ねえ、ずっと気になってたこと聞いてもいい?」

「何でしょうか」

(嫌な予感がする)

最初に私の部屋に現れた時と同様の笑顔。とても胡散臭く、私は無意識のうちに一歩、後ろに下がっていた。

だが、残念なことにこういう時の第六感は当たるもので、ウィオレス様は三日月形に弧を描いていた口を開く。

「──公爵令嬢はアルバート殿下のことを『嫌い』いや、『苦手』だろう。どうして? どこが気に入らないの?」

興味津々なウィオレス様が投下した爆弾に、「あぁまたこの質問か」と内心頭を抱えずにはいられなかった。