軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode41

大祝祭とはこの世界を創った神達に感謝をして祈りを上げる日のこと。神殿で祈祷する日は1日だけだが、その前後には国の括りは関係なく、大陸全土で祭りが行われる。

ルーキアでは女神〝ノルン〟を信仰の対象としているが、他国はまた別の神々が信仰の対象だ。だが、根本の宗教がヴェスタリア教というひとつの宗教で繋がっており、各国にある教会や神殿は国の垣根を超えて緻密に連携を取っている。

貴族は自国の大神殿に集まり、巫女や神官達が神に捧げる祈祷に参加し、神に感謝を表すために供物を奉納する神聖な儀式の日。

儀式の中でも数年に1度の周期で大陸を回ってくる特別なものがある。それは対象となった国の 貴(・) 族(・) 令(・) 嬢(・) が巫女達と一緒に神殿で舞を舞うのだ。

その踊りというのが複雑に加えて魔力を消費する。故に大半は魔力が豊富な高位貴族の令嬢が対象となることが多く、踊り手に選ばれるのは一種のステータスだった。

テーブルの下で指を折って数える。

一昨年がスノーリアム、去年がストマー、そこから推測するにおそらく今年の対象国は──ルーキアね。

踊る令嬢の品位によってその国の品位も決まってしまうほど重要な儀式。舞を踊る国は他国からも主賓がやってくるので、国外に対して皇室の威厳を見せるチャンス。

春の訪れを感じる時期に行われる大祝祭までに振り付けを覚えるには、そろそろ練習を開始しないといけない。神殿や派閥との調整もあるだろうし、踊り手選定のタイムリミットは目前のはず。

加えて皇后陛下は先程神殿の実質トップである猊下との謁見に向かわれた。首都から少し離れた場所にある神殿に住まわれ、滅多に外に出られない猊下がお忍びで首都まで来られるのは珍しい。

来られた理由が、大祝祭の調整についてである可能性は十分にある。

ああ、だから私達を……?

ふと思い当たる理由を見つけ、頭の中でカチリとピースがはまる音がした。舞うのは3人。ここにいるのは6人。

(ここで、踊り手を決めるつもりだったのかしらね)

今年の対象国がルーキアなのが頭から抜けていたのは迂闊だった。だが、対象国ならばこの候補者の中から選ぼうとするのは妥当だろう。

アルバート殿下の婚約者候補である時点で、教養、顔立ち、魔力、全てにおいて完璧である令嬢が集まっているのだから。

(フローレンス様、クリスティーナ様、キャサリン様で決まりかしら? エレン様とアイリーン様はそういうのに積極的なタイプではなかったはず……)

同格の実力があるならば、積極的にやりたいとする人を選ぶ。それが物事の基本だ。

「ごめんなさい戻ったわ」

謝罪と共に現れたのは先程席を外した皇后陛下。そこで私は結構な時間思考に入り浸っていたことに気が付いた。

立ち上がり、再びカーテシーをしようとすると誰かに手首を掴まれる。シャランとブレスレットが軽やかな音色を奏でた。

「あなたがリーティア・アリリエットさん?」

透明さを感じるみずみずしく、柔らかい澄んだ声。

皇后陛下の声はもっと凛としているから陛下ではない。では一体誰が────

掴まれた左手から徐々に顔をあげる。

ふんわりと香る薔薇の匂い。肌は陶磁器のように白く、ぷっくりとした紅い唇、薄紅藤色の瞳、そして背中の中ほどまである天鵞絨の金髪に、これまた朱色の花を一輪さしていた。

一際目に付いたのは、色彩豊かな細い刺繍が施された踝まである純白のワンピースらしき装い。後ろの方が裾が長いのか、少しだけ尾を引いていた。光沢のある生地で見るからに質が高いのが分かる。

「そうですが……失礼ですが神官様でしょうか?」

掠れ気味に言葉を発した。

黒を魔術師が纏うのと反対に、白を纏うのは神殿に関係している方が多い。

「ふふそうね。神殿の者ではあるわ。でも惜しい」

垂れる裾で口元を隠しながら彼女は儚く笑う。その姿はこの世の人ではないと言われれば納得してしまうほど世間離れしていて美しい。

神官様では無いというのなら、巫女の方?

もう一度尋ねようと口を開きかけたその時、私を掴んでいた手が第三者によってやんわりと解かれる。

「──── 猊(・) 下(・) 、お戯れはそこまでに」

凛とした場を収める声。私はこの声を知っている。皇后陛下だ。

そしてピシリと私は固まった。聞き間違いだろうか。今、高貴なお方の敬称を聞いたような気が……。

自分が考えた想像が当たって欲しくなくて思考も止まる。

「あら、アデラインに気付かれてしまったわ。ごめんなさいねリーティアさま。ずっとお手を掴んだままにしていて」

アデラインとは皇后陛下の御名前だ。

敬称もつけず、皇后陛下の名前を呼ぶことができるくらいの身分にいるのはこの帝国内でも片手で数えられるほど。

茶目っ気を前面に出した微笑みをこちらに向けた 猊(・) 下(・) 。聞き間違いであって欲しかったが、どうやらそうとはいかないらしい。

「ふふ驚いた?」

「いえ、そんな……」

うそだ。とても驚いている。

聖職者の中で最高位である猊下は、貴族でさえも一生に一度、直接の拝謁が出来るかできないか。大祝祭の際も、お顔をヴェールで隠されていて拝見することは出来ない。

市井では御伽噺の中の人扱いされているとも聞いている。

「知らなくても仕方がないわ。わたし、首都に来たのも5年ぶりなの。前回はアデラインとルーファスの2人しか会ってないし、民の前へ無闇矢鱈に出ることもないから」

ねえ、アデライン? と肯定をうながすように、嫋やかに皇后陛下に言った。

ちなみにルーファスという名のお方はこの国の皇帝陛下だ。

「その名前で呼ばないでくださいと何度言えば……お立場をわきまえてください」

「別にいいじゃない。名前も呼ばれなければ意味がなくってよ。それにあなたとわたしの仲。誰も咎める者はいないわ」

「エルニカ猊下、ここまで付いてこられたのは別の用事でしょう。早く済ませませんと貴女の部下である神官たちが困り果ててしまいます」

無理やり話を逸らした皇后陛下の後ろには、息を切らしながらこちらの行く末を見守っている方たちがいた。

「もう追いついたの? まだ1日も経っていないのに……」

目を見開いた猊下は悲しそうに眉尻を下げた。

「そういう……問題で……は……ありません! 何故勝手に……神殿を抜け出すのですか……」

未だ呼吸を乱しながら、神官は言った。

それに対して猊下は────

「来たかったから」

軽やかに。聞いた者の耳に心地良さを届けながら。1ミリも悪いと思っていないような弾んだ調子で返す。それはまるで悪戯が成功した無邪気な子供のようだった。

同時に神官達はその場でこける。

「そっそれだけの理由ですか?」

「そうよ。それ以外になにか理由があると思って?」

「最近は真面目に書類仕事されていたのでもしかしたら大祝祭のことで抜け出したのかと……」

「ああ、一理あるけど大祝祭のことは二の次」

「二の次……」

「やるべきことはやっているわ。だからここにも姿を現したのよ。ね? 今度の踊り手候補者方」

長い裾を翻して、これまでただ傍観していることしか出来なかった他の令嬢方に、エルニカ猊下は聖母のような微笑みを向けたのだった。