軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode38

「んあ?!」

大きな音を立ててこの世界の神であるノルンは、あっけなく椅子から転げ落ちた。

「痛ったい! あー私寝てた……」

目覚めたばかりの頭に、何処からかカンカンカンと 金槌(かなづち) の音が響く。

腰をさすり、辺りを見渡す。上を見あげると 煌々(こうこう) と輝くシャンデリアの光が目を刺した。

眩しいな、と思いながら開け放たれた窓の方を見ると、ふよふよと一人の妖精が室内に入ってくる。小さな右手には彼女の身体に合わない金槌、左手には釘をギュッとにぎり、頭にはメルリアという真っ赤な花を着けていた。

「ノルンしゃま〜!」

にこにこ笑いながら近くまで飛んできた妖精は、一旦持っていた荷物を散らかった机の上において、ノルンの頬にキスを落とす。

「物騒なものを持っていて……ルルディ、金槌の重さで身体がひっくり返るわよ。おいで」

そう言って手を差し出せばちょこんと乗ってくれる。

「だいじょーぶです。魔法で軽くしてます」

「そう、なら大丈夫ね。ところでどうしてここに来たの? 貴方はメルディと北宮を増築する! て意気込んでたじゃない」

今もまだ釘を打ちつける音が聞こえる。おそらく双子の妹メルディが指揮を取って精霊たちを動かしている。北宮を改築している割には聞こえてくる音が北の方角ではなくて、南の気がするが……。

「あ〜もう終わりました! 今は南宮です。その許可を頂くのを忘れてたので今来たのです。また変えてもいいですか?」

ぶんぶんと金槌を振り回しながらルルディは言う。

「好きなようにしていいわ。ここを使うのは私とモルスとたまに訪れてくる数人だけだからね」

広大な土地に立つこの宮殿は、東西南北に広がる宮と庭園がある。中央の宮以外ほとんど使わないノルンにとって宝の持ち腐れだった。使っていない場所に埃は溜まるわ、点検を怠り雨漏りはするわで。

そんな折にルルディ達は東宮を改築したいと進言してきた。精霊達が楽しそうに宮を造り変えていくのはこの宮にとってもいいことだろうと思ったので、宮の工事を了承し、全て彼女達に任せたのだった。

ルルディ・メルディ姉妹を筆頭に、長い時を生き、暇を持て余している多くの精霊達が毎日少しずつ宮を変えていく。なぜ彼女達がここまでこだわるのか知っている訳では無いが、本人達が好んで行なっていることならいいだろう。

「あっそうだ。ルルディにお願いしてもいいかしら」

「どうしましたノルンさま?」

「南宮を造り変えるなら、2部屋ほど人が泊まれる部屋に改装しておいてくれないかしら」

「中もですか?」

キョトンと小首を傾げたルルディはその場で1回転した。

「うん内装もお願い」

「リョーカイなのです〜! メルディと可愛いお部屋作るのです!」

「いや、可愛くする必要は無いのだけど……あっちょっと……あの子聞いてないわね……」

(まあいいわ。部屋は使わないかもしれないし)

ルルディはくるんくるん回りながら金槌と釘を持って外に出ていく。それを見届けたノルンは意識を正面に持っていった。

寝ていたノルンは書き物をしている途中だったらしい。転げ落ちた拍子に開けたままだったインク壺が倒れ、インクが床に滴り落ちている。

座り込んでいる間にも徐々に、そして確実に、床を黒く染め、着ているスノーホワイトのワンピースにもシミを作っていた。

「もったいないなあ。モルスが来ないうちに元に戻してしまおう」

のろりと起き上がったノルンは一度軽く手を叩く。すると時間が巻き戻るように散らばった書類と零れたインクが元の場所に戻った。

「よし、これでおっけー」

床のシミが綺麗に無くなったのを確認し、椅子に座り直す。うーん、と背伸びをすると姿勢が良くなった気がした。

「何がおっけーですか。何もおっけーじゃありません。私がいない間に寝ていたようですね……」

「なっなんで分かるのよ!」

ピリッと自分以外の魔力を感じて慌てて立ち上がり、反射的に正面に立っていたモルスを指で指してしまう。

モルスは持ってきたばかりの書類を此れ見よがしに卓上に置き、横目でノルンを見てくる。

「頬杖の跡です。顔に手をついていたのがくっきりと」

モルスは揶揄うように自分の頬を指さした。そこでノルンは彼にカマをかけられたと気づいたのだった。

いつもなら「うるさい!」等、言い返す場面だったが、言葉を無理やり呑み込む。

そんな主の様子を不可解に思ったモルスは、ノルンが何かを企んでいるのではないかと考えたが、その推測は当たってもいたし、外れてもいた。

「…………後で説教は受けるから、西のリスティトでまた1つ逃げた。回収してきて」

転げ落ちる時に見えた、そこに留まるはずのない〝魂〟。

白であるはずが、端の方から徐々に黒く染まっていた。すぐに回収しなければ後々、他のところにも悪影響を及ぼして厄介なことになる。

彼女の部下であるモルスは一応の死神。そのため彼はノルンの補助以外に、正常に送られてこない魂の回収者も担っている。

つい最近、といっても10年くらい前までだが、死神としての役目は休止状態で、ノルンのサボり監視が主な仕事だった。だが、ここ数年は留まり続ける魂の個数が増えている。モルスが直接回収に行かなければいけない案件も多く、彼は多忙を極めていた。

「またですか前回の回収場所は東のストマー、今回は西のリスティト。最近輪廻の輪から外れるのが多い」

愛用の鎌を出現させたモルスは呟く。彼の鎌は魂をこちら側に送る道具だ。どうでもいい情報を付け加えると、鎌は毎日丁寧に磨いているらしく、刃が欠けたことはないらしい。

「どこかにしわ寄せがくるのを承知でやったけど、ちょっと想定よりも大きい。このままだとエルニカ達にも伝えないといけないかなあ」

こちら側ではなくてあちら側で起こっている以上、エルニカには動向を注視してもらわないといない。

まだ影響がないルーキアも、おそらくこれから影響が出てくるだろう。

それを分かっていながらも、ノルンは「あの子に言いたくないんだけど」と小さく言った。

「ノルン様はエルニカ様が苦手ですね」

独り言を拾ったモルスは少しだけ苦笑する。彼の主は今も昔も変わらない。きっとこれからもこうなのだろう。それが良いことなのか悪いことなのか……彼にはまだ分からない。

主は抜けているところがある一方、他の者の考えている未来より、ずっと先を見据えて行動する時もある。だがそれが時に周りに対して彼女が何も考えずに行動しているのだと思わせてしまっていた。

そんな中、エルニカはノルンの数少ない理解者だと言っていい人だとモルスは思っている。

「あの子は──ううん。なんでもないわ」

一瞬だけ沈黙が2人を包む。

「…………とりあえず回収に行ってきます。戻ってくるまでに絶対、この山を片付けておいてくださいね」

「わかった。わかった」

ノルンはひらひらと手を振った。

モルスは一度頭を下げると、青い魔法陣を展開して部屋から消える。

それを見送ったノルンは言われたことを聞かなかったことにして、書類を横に避けて羽根ペンで地図の上に印を付けた。

西のリスティト、東のストマー、その前は北のスノーリアム。ここ最近回収対象が立て続けに現れている。

「私を困らせたいのかしらねぇ。全く嫌になるわ」

器用に羽根ペンを手で回し、頬杖をつく。

この件について、モルスにはもちろん、ノルンに従ってくれている精霊達にも負担を強いている。これ以上彼らを頼り、負担を増やすことは上に立つ者としても心苦しい。

その反面、こればかりはどうしようもないことでもあった。この世界が紡ぐ歴史が誤った方向に進むのならば、無理矢理にでも、他のところにしわ寄せが来るとしても、軌道修正をかけなければいけない。

それがこの世界の監視者の1人でもあり、時を司る女神でもあるノルンの役目。

「どうしようかしら。いっそのこと───」

目を閉じて考えようと、瞼を下ろす。瞼の裏は静寂と 晦冥(かいめい) 。暗闇に包まれた視界は、彼女が視たかったものを断片的に映し出す。

それは彼女以外、他の神でさえも視ることができないもの。

故にノルンも必要に迫られない限り、親しい者に乞われようとも言葉にしない。

数分後、長い 睫(まつげ) に縁どられた金の目が開かれる。

「ああ、また……約束したのに……巻き込んで」

物憂げに発された言葉は溶けていく。己自身以外の人物に聞かれることはないままに。

起き上がり、大きな音を立てながら部屋を飛び出したノルン。外にいた精霊達がいっせいに飛んでくる。

「女神様、かまって」と周りを飛ぶ妖精や、足元にまとわりついて来る精霊をあやしつつ、回廊を小走りに移動する。そうして辿り着いた突き当たりの大鏡に対して声を発した。

「エルニカ、いる? いない?」

呼び掛けると大鏡の表面が波のように揺れる。

ノルンの中でエルニカに伝えないという選択肢は無くなった。だから、大鏡に向かって彼女を呼ぶ。きっとエルニカならば直ぐに呼びかけに応えてくれるだろうと、ノルンは確信しているから。

相手が出てくるまでにボサボサになってしまった髪を無造作にリボンで結び、表面の揺れが収まるのを待つ。

「はいはい。いますよ。ご用件は?」

「流石! 出るの早い!」

数分で鏡のあちら側から返答が返ってきて、揺れが収束し、1人の女性が映し出される。これ幸いにとノルンはそのまま用件を早口に 捲(まく) したてた。

文をただ羅列したかのように話す彼女の内容を、エルニカは頭の中で素早く整理する。

「成程、わかりました。手段は問わず、でいいですか?」

少し思案したエルニカは、ノルンが想定していたよりもあっさりと引き受けた。

「法的に黒でないのなら」

あちらの世界で黒でなければ何とかなるだろう。こちらはどうとでも出来る。

それに釘をさしておかないと、エルニカは手段を選ばなくなる。現に、手段は問わなくていいか? と親しい者なら見分けられる真っ黒な笑顔で尋ねてきているのだから。

「承知しました」

そんな女神の考えを知ってか知らずか、にっこりと笑ったエルニカは頭を一度下げた後、波紋を広げ始めた鏡の奥へと遠ざかっていった。