軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

episode1

帝国に一人の皇妃がいた。

その皇妃の名前はリーティア・ルーキア

アリリエット公爵家の長女で皇帝アルバートの婚約者だった。

そんなリーティアは元々、皇帝の正妃──「皇后」になる予定だった。

小さい頃から皇后教育を受けて勉学に励む日々。

普通の幼少時代を犠牲にし、とても寂しい子供時代を送ることで、彼女は我儘を言わない何に対しても冷静かつ的確な行動ができる才女に仕立て上げられていた。

そうした日々を過ごす中、リーティアの楽しみはただ一つ。義務とはいえ一ヶ月に一度、婚約者である皇太子のアルバートが公爵邸を訪れたり、皇宮に会いに行ったりすることで二人で会話を楽しむこと。

「アルバート様、今日は私がこしらえたお菓子をよかったら食べて頂けますか?」

「あぁ、いいよ。美味しそうだね」

そう言ってアルバートが陶磁器に乗ったお菓子を口に運んでいく。彼は気に入ってくれるだろうか……そう、リーティアは僅かに緊張しつつ、アルバートが口を開くのを静かに待つ。

「美味しいね。それでは、今日は君の家の庭園を案内してくれるかな?」

「ええもちろん。アルバート殿下のためなら。どうぞこちらへ」

──と、他愛もない会話だったがリーティアにはそれがとても嬉しく、心が躍る時間だったのだ。

親の愛は全て妹に注がれ、冷遇されていると思っていた彼女にとって、アルバートが唯一自分のことを見てくれる人だと盲目的に思っていたからだ。

そしていつの間にかアルバートのことを慕うようになっていった。

月日は流れ、リーティアは艶のある長い銀髪、瞳の色は太陽の一雫を溶かしこんだような金色という誰が見ても見目麗しい美しい女性に変化していた。

アルバートは皇帝に即位しており、リーティアも成人を待っていよいよ皇后になるだけだった。

しかし事態は一変する。

帝国に女神のご加護を承りし聖女が発見されたのだ。

リーティアの生まれた国、ルーキア帝国は女神を信仰していて、神殿の力は絶大である。そして神殿の幹部、皇族と皇帝に仕える側近にしか代々伝えられない極秘情報があった。

それは女神のご加護を受けた女性を「聖女」と呼び、聖女が存在する国に「安寧の加護」をもたらし、より一層の豊かさと災害や飢饉を起こらなくするという物。

つまり、存在するだけで国を安泰に導くという為政者であれば誰でも喉から手が出るほど価値ある存在。

加えて女神はとても気まぐれに加護を授けるため、加護を受けた聖女はいつの時代も誕生するとは限らない。百年単位で聖女が現れない時代もあれば、十年ごとに誕生する時代もある。

帝国では聖女が発見された場合、他国に奪われる前に保護し、仮に皇帝に皇后がいたとしても元の皇后を皇妃に下げ、聖女を皇后として皇族に迎え入れていた。

そしてどんなに皇帝が皇后のことを愛していても、聖女に出逢うと例外なく聖女を一番に愛するようになるのだ。

まるで魅了の魔法をかけられたように────

聖女は皆、金髪に菫色の美しい瞳を持つ。

今回、その外見的特徴のある女性が市井で見つかり、その情報を聞き付けた側近達は直ぐに聖女を保護し、皇帝の前に差し出した。

皇帝アルバートが眼下の聖女となった女性に問いかける。

「名をなんと言うのだ?」

聖女は困惑した。いきなり帝国の騎士団が市井で生活していた自分を、保護という名の誘拐まがいをしたのだから。とはいえ、皇帝の命令で来た騎士団を無下にも扱えない。

渋々ここまで来たが、やはりこの国で一番偉い皇帝の問いに答えるのは緊張する。足が震える。全身を支配する恐怖から皇帝を見られず、地面ばかり見ていたが勇気を振り絞って目線を合わせる。

その瞬間、周りが息を呑むのが聞こえた。

皇帝はもちろん。周りにいた側近達もこれ程の美少女を見た事がなかった。

聖女の外見的特徴である、黄金色の髪・菫色の美しい瞳はもちろんの事、頬は緊張で上気し、今にも恐怖でこぼれ落ちてきそうな涙を溜めた庇護欲をそそる様子。

手を祈るように組み、上目遣いで皇帝を見上げるその姿にアルバートは気付かぬうちに息をつまらせ──

聖女は答える。

「私の名前はレリーナです」と 。

「そうか、そなたの名前はレリーナと言うのか……」

口に手を当て、しばしアルバートは黙り込む。

そうして再び口を開いた。

「レリーナ、君は紛れもない聖女のようだ。突然で戸惑うだろうが……私の妃になって欲しい」

レリーナは驚く。自分が聖女であり、皇帝の妃になれと言われたことに。

いきなり突拍子もないことを言われて困惑したレリーナ。それを見たアルバートは慌てて付け加える。

「君の髪色、瞳の色は聖女の証。加えて私は……その、何だろうか。君に一目惚れをしてしまった。是非我の妃 皇(・) 后(・) になり、寄り添いながら共に帝国の未来を築いていけたらと思う」

その真剣な眼差しにレリーナの感情は揺れ動く。

レリーナには家族がいなかった。

独りぼっちの孤独な日々。

周りの人々は家族が存在し、楽しそうにしているのを見てきたレリーナは、いつか自分のことを気にかけ、愛し、共に寄り添って生きてくれる人が欲しいとずっと心の底で思っていた。

だからだろう。彼女は気付かぬうちに小さく震えながら頷いた。

「はい……私でいいなら……」

次の瞬間、彼女はアルバートに抱きしめられた。

「え? 陛下!? ………はっ離してくださいっ!」

顔を真っ赤にしながら、上目遣いで必死にアルバートを見て抗議しようとしている。そんないじらしいレリーナを見つめるアルバートの瞳は普段とは打って変わっていて。

その瞳は語っていた。

とても愛しいと──

その頃、聖女が発見され、皇帝と謁見したレリーナが皇后になることが決定した件を、露ほども知らないリーティアは、一ヶ月後に挙げるアルバートとの結婚式、そして愛しい皇帝陛下の隣に立ち、陛下を支え、民のために尽くすのを夢見ながら、婚約者に貰った美しい薔薇の栞を眺めていた。

夢と希望は 永遠(とわ) に叶う日は来ず、運命が流転することを彼女はまだ知らないのだ。