軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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翌日、仕事はお休みだったので私は出かける予定をしていた。

最近は子どもの数も減ったし、双子も自分の身の回りのことを自分たちでできるようになってきたので、以前よりも勤務時間は減って、休みの日も増えた。

休みの日は、仕事を探しに出かけることもあったが、今日は町はずれまで歩いてでかける予定を前々から立てていた。

そのことをリンドウさんに伝えると、『安全のために付き添います』と言ってきかないので、結局付き合ってもらうことになった。

「ずいぶんと町はずれまで行くんですね」

「はい、ちょっと遠くて申し訳ないんですけど」

町の中心部からだいぶ外れたところにある家を訪ねるため、私とリンドウさんは民家のほとんどない寂れた一本道を歩いていた。

この先には、妹のレーラが住む家がある。

レーラと結婚したジェイさんの実家の花屋は商業地区にあるが、その花木を育てるための土地を町はずれに持っていて、妹夫婦はそこにある家に住んでいる。

町に帰ってきてから、花屋を何度も訪ねたが最初は完全に門前払いされてしまった。だが、何度目かでこっそり親御さんに、この家にいると教えてもらい、以前一度クラトさんに付き合ってもらって来たことがあったのだが、ジェイさんに『レーラはあなたに会いたくないと言っているから……』と言われ、その時は顔をみることもできなかった。

嫌われているのはもちろん自覚しているが、最後に話をしたときは両親のこともあってレーラとのことは中途半端になってしまっていたのが気にかかっていた。

多分、和解など望んでいないと思うが、あの子も私に対してもっと言いたいこともあっただろうし、あの時を最後に二度と会わないというのはモヤモヤが残る。

それに……両親が捕まった話は町でも話題になっただろうし、レーラにも色々な影響があったのではなかろうか。

あの子のことは心底憎いと思った瞬間があったはずなのに、それでもいまだに『お姉ちゃん』と言って笑顔を向けてくるあの子の顔を時々思い出してしまう。

お義母さんが自死してから、妹のことを思い出すことが増えた。

負の感情だけではない気持ちが、あの子に対してもあって、でもそれは間違った感情だと思ってみないふりをしていたが、お義母さんの死から、少しずつ考えが変わった。

もう一度会うことで、お互いまた憎しみが再燃するかもしれないけれど、このまま二度と会わないでいるほうが、後悔が残りそうな気がしていた。

でもそれは私の一方的な考えだから、もし完全に拒絶されるようならもう諦めて、ここに来るのは今日で最後にしようと決めていた。

家の前まで来た時、家の隣に広がる花畑に一人の男性がいるのが見えた。おそらく夫のジェイさんだろうと思いながらそちらに歩いていくと、向こうも私に気付いたらしく、農具を置いて近づいてきた。

「あ、お姉さん!お久しぶりです!またレーラを訪ねていらしたんですか?あ……え?憲兵さんも一緒なんですね……なにかありました?いや、違うかな、デートのついでですか?」

ジェイさんがレーラと両親を追って村まで来た時、このリンドウさんが同行していたから、二人は顔見知りだった。とはいえその後は特に交流がないそうなので、こうして二人が会うのはあの一件以来だとリンドウさんは言っていた。

リンドウさんはジェイさんに軽く会釈をしただけで、特に言葉を返すことはなく、促すように私をチラリと見た。

「ご無沙汰しています。あの、何度も申し訳ないんですけど……レーラと話がしたいんです。少しだけ会ってくれないか聞いていただけないですか?」

以前来た時もジェイさんは丁寧に対応してくれたが、レーラのことに関しては取り付く島もなかった。だから多分今日も断られるだろうと思いながら恐る恐る訊いてみたが、予想通りジェイさんは困ったように笑って首を振った。

「悪いけど、無理なんですよ。今は特に……実はレーラ、妊娠しているんです。大事な時期だから、あまり動揺させたくないんで、すみません」

「あ……そう、なんですか。レーラが妊娠……そっか……あの、おめでとうございます」

レーラが妊娠、と聞いて一瞬言葉に詰まる。喜ばしいことだが、妊娠に関して色々あったので、素直に喜んでいいものか悩んでしまう。

なにかもっと言いたかったけれど、ジェイさんはニコニコしながらも有無を言わせない感じの圧があって、私は何も言えなくなってしまった。

ジェイさんにとって私は、愛する妻を脅かす存在なのだろう。多分ここで食い下がっても絶対に会わせてはもらえないと感じた。

「元気な赤ちゃんが生まれますよう、お祈りしています」

「ええ、レーラに伝えておきます!では!」

ジェイさんはそう言って、これ以上の会話を拒否するように家に戻って行った。

その場に残された私は、扉のしまった家をしばらく眺めていた。

だが、もう開く気配のない扉を見てため息をつき、帰るしかないなと悟った。

帰る前にもう一度、レーラの住む家をぐるりと見渡してみる。

家の周囲には花畑が広がっていて、季節の花が綺麗に並んで咲いていた。畑が見える位置に小さな四阿が立てられていて、可愛らしい椅子が並んでいた。

家の周りは丁寧に掃き清められ、扉には季節のリースと可愛らしいドアベルが飾られている。絵にかいたような、理想の新婚夫婦らしい素敵な家だった。

(幸せに暮らしているんだろうな……)

両親のこともあったし、もう一度ちゃんと話したいと思ってしつこく家まで押しかけてきてしまったが、顔も見たくないくらい私のことを拒絶しているのなら、会おうとしている私が間違っていたのかもしれない。

「……ごめんなさい。帰りましょうか」

ずっと黙ったまま付き添ってくれていたリンドウさんは、はいと返事だけをしてくれて、私に何も訊かず、二人でもと来た道を戻り始めた。

「――――おねえちゃんっ!」

家からの一本道を帰りかけていた時、遠くのほうからレーラの声が聞こえ、ハッとして後ろを振り返った。すると家の二階の窓からレーラが顔を覗かせていた。

「レーラ!」

「お姉ちゃん!わたし……っ」

遠くて何を言っているのか聞き取りづらい。家の前まで戻ろうとしたとき、レーラの後ろにジェイさんが立っているのが見えた。

ジェイさんはレーラの肩をそっと抱き、励ますように何かを言って頷いている。するとレーラはもう一度窓のほうへ向き直り、大きな声で私に向かって叫んだ。

「お姉ちゃん!私……し、幸せよ!だから……もう、心配しないで!」

「レーラ……」

それだけ言ってレーラはそっと窓を閉めてしまった。窓越しにジェイさんがレーラを抱きしめているのが見えた。

さっきレーラが顔を出してくれたのは、ジェイさんがレーラを説得してくれたのだろうか。

レーラは私に向かって、『幸せよ!』と言った。

あの子とはラウのこともあって、一時期は妬みと憎しみの対象だったけれど、赤ん坊の頃から知っている妹のことは、どうしても大切に思う気持ちがあって、心から憎むことができないと、離れてみて分かった。

『幸せよ』と言うレーラの言葉を聞いてとっさにすぐ感じたのは、『良かった』という嬉しい気持ちだった。

ああ、今の私はあの子の幸せをちゃんと喜ぶことができる。

以前はあの子がラウと幸せになるところを想像して、どうしても許せないと憎んだ時があった。でも今はそんな気持ちが少しも湧いてこないことが嬉しかった。

だけど……良かったと喜ぶ気持ちとともに、一抹の寂しさを覚えた。

レーラは自分の家庭を築いて、とっくに新しい人生を歩み始めている。

いつの間にか私とあの子の道は遠く離れて完全に別れてしまったのだ。

もう二度とレーラとは会うことはないのだろうと、あの言葉を聞いて感じた。

歩き始めてしばらくした頃、ずっと黙っていたリンドウさんがポツリと何かを呟いた。

「ジェイ君は……工作員向きですね」

「ん?なんて仰いました?」

「いえ、ただ……ジェイ君は仕事ができそうだなと思いまして。店もジェイ君の代になってからずいぶん繁盛しているみたいですし」

「そうみたいですね。お店で花を売るだけじゃなくて、色々な販路を見つけて広げているみたいで、従業員もずいぶん増えたって聞きました」

「……妹さんはきっと、働きに出ることもないでしょうから……まあ彼女のような人にとっては幸せなんじゃないでしょうか」

なにか含みのある言い方だったが、レーラが働いたこともなく、女なら一通り身に着ける針仕事すら覚束ないことを皮肉っているのかもしれない。

「そうですね。それより、あの子も本当に母親になるんですね……あの妹が……」

私はずっと同じところで立ち止まっているのに、妹は結婚をして子どもを授かって新しい道をどんどん進んでいる。私はいったい何をしていたのだろう?ジローさんに拒絶されて、村を出れば何か変わるんじゃないかと安易に考えていたが、結局これだけ時間が経っても私はなにひとつ変われていない。

今再びジローさんの元に帰ったところで、同じように拒否されるのが目に見えている。縋り付いても少しも気持ちが動かない人に対して、なにをしたらいいのか私にはわからない。

過去と向き合って自分を見つめ直せば、自ずと道は拓けていくんじゃないかと楽観的に考えて、なんとなく日々が過ぎていた。そのことに、これまでも漠然とした不安はあったが、レーラの今を知って、急に怖くなった。

あの子はどんどん変わっていっているのに、自分はずっとこのままなのか。

ジローさんが、『十年後、二十年後を想像してみろ』と言った言葉が頭をよぎる。その時私は何をしているのだろう?

……なにも想像ができない。ジローさんの隣にいる未来も見えない。

私だけが過去にとどまったまま、私だけどこにもいけない……なんてそんな自分の姿を想像して、背筋が震えた。