軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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ジローさんの言葉を聞いたレーラは、『関係ない人が余計なこと言わないで!』と先ほどの涙を忘れた顔で怒り出したので、私の心は決まった。

「レーラは自分のしたことをちゃんと反省して、今後のことは、ジェイさんとよく話し合うべきだわ。私はもうあなたと関わる気はない。だから…………」

「ヤダ!お姉ちゃん!見捨てないで!」

「あなたが今すべきことは、自分のしてきた行いに向き合うことよ。誰かに頼ってなんとかしてもらうなんて許されない。全部自分でどうにかしなさい。貴方が本当に反省できた時には……」

「レーラ、お姉さんにはまた手紙でも書けばいいじゃない!早く出発しないと日が暮れちゃうからさ!じゃあお姉さん!お邪魔しました!僕たちの結婚式はぜひ来てください!」

「あ、ええ、ジェイさん?結婚式は行けるかわかりませんが……あの、妹をよろしくお願いします」

ジェイさんは暴れるレーラを意にも介さず『お任せください!』と陽気な笑顔で出て行った。

静かになったなと思い、部屋を振り返ると、ラウがまだ取り残されていた。

途中からその存在を忘れていたので、『あれ?居たんだ?』とつい思ってしまった。

それが顔に出ていたのか、ラウは私の顔をみてハッとして、『あ、俺も……クラトさんの手伝いが……』とボソボソとつぶやいてそそくさと帰っていった。

ラウはまだ町に帰らないのだろうか。

でもさすがにあの面々と一緒に帰る気にはならないだろう。

久しぶりに会ったラウは随分と丸くなったように思えた。クラトさんと過ごして自尊心をバキバキに折られたというから、今まで見えてなかった角度から物事を見られるようになったのかもしれない。

村を抜ける道を見ると、ジェイさんたちが乗っていた馬車が遠くのほうに見えた。

あれだけ恐れていた両親との縁がこんなかたちで切れるとは予想もしていなかった。

解放感と喪失感、ほんの少しの罪悪感を覚えながら、私は馬車が見えなくなるまでそちらを眺めていた。

振り返るとそこに居るのは、ジローさんだけ。

今度こそ本当に、みんなが帰って静かな空間が戻ってきたと実感すると、急に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。ジローさんが慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫か?ディアさん…………よく頑張ったな…………頑張った…………」

同じように隣にしゃがみ込んだジローさんが、私を力強く抱きしめ、褒めてくれた。かすれ声で何度も『頑張った』と繰り返す。

「が、頑張った?私、頑張ったんですか……?結局、何もできなかった……」

「頑張ったよ。あの両親に、自分の言葉でちゃんと言えた。ずっと言えなかった自分の気持ちを言えたじゃないか。あの親が、ディアさんの言葉で自分の行いを恥じて考えを改めてくれたらって思ったけどなあ……だめだったな。ディアさんが辛い思いをしただけだった。やっぱ話なんかさせずにたたき出せばよかったかもな。ごめんな……」

「ううん、話をしてよかった。そうじゃなきゃ私、ずっと親の呪縛にとらわれたままだったと思う。怖かったけど、ジローさんがずっとそばについていてくれたから、ちゃんと言えた。

あの家にいたままだったら、絶対に言えなかった。親に嫌われるのが怖くて、ずっとあのひとたちの言いなりだったもの。私の親がおかしいってことも、離れてみてようやく気づけた……全部ジローさんのおかげ……」

ジローさんは顔を上げ、私の頬を撫でながら複雑そうな顔をした。私の言葉に真意を探っているようにも見えた。

「あの親とは、縁を切るしかないって俺も思っていたけどなァ……それでもな……親ってのはどんなんでも、自分の根っこになる部分の存在だからな。それを切り捨てるのは、辛い選択だったよな……ごめんな……」

ジローさんは何も悪くないのに、私に対して『ごめん』と言う。私はジローさんに感謝しかないと言っても、彼は悲しそうに首を振るだけだった。

(ジローさんも、親となにかあったのかな……)

ジローさんも、なにか辛い選択をしたのだろうか。

私と同じように、根っこになる部分が欠けているから、村を出て放浪して生きてきたのだろうか。

親に愛されているのが当然の環境で育った子は、地に足がついているような安心感と自信に満ち溢れている。素直に泣いたり笑ったり、感情を表に出すことにためらいが無い。

親の愛が、太い根となって、子どもの足元をしっかりと支えてくれるから、人はまっすぐと育つことができるんだろうなと、普通の家庭の子を見てはうらやましく思っていた。

私の足元は常にぐらついていて、不安な気持ちがいつも付きまとっていた。こういう気持ちは、きっと同じような環境にいた人間にしか分からないと思う。

ジローさんが、こんなに私によくしてくれるのは、自分のこととなにか共感する部分があったのだろうかとぼんやり思う。

「私はずっと……櫂の無い小舟に乗っているような気持ちで生きてきました。

かろうじて岸と舟をつないでくれている、細い細い舫い綱が、私にとっての両親でした。

今にも切れそうな細く頼りない綱だとしても、小舟をつなぎとめてくれている……そんな存在でした。

だから、どれだけ虐げられようとも、失うことのほうが怖くて、父さんたちに逆らうことができなかった……。だけど、私が私として生きるためには、もうあの両親とは縁を切るしかないと、今日はっきりと気づいたんです。

そうする勇気をくれたのは、ジローさんです。

ジローさんが私に櫂をくれた。あなたと過ごした時間があるから、私は自分の腕で舟を漕いで生きていく自信がついたんです。だからジローさんに謝られるようなことはなにひとつありません」

ありがとう、と微笑みながら言うと、ジローさんはぐっと唇を引き結んで泣くのをこらえているように見えた。

「ホントになァ……ウチのディアさんは最高だよ……強くて美人で……こんなにいい子なんだからよォ、世界一幸せにならなきゃおかしいよなァ。今まで辛かったぶん、ディアさんにはきっとこれから余りあるほどの幸福が訪れるよ。そうじゃなきゃおかしいもんなあ」

そう言ったジローさんはどこか遠くを見るような目をしていた。不思議な気持ちでじっと見つめていると、ジローさんの唇がゆっくりと私のおでこに触れた。

(今のは……なに?)

今まで頬と頬を触れるだけの親愛のキスすらしたことがなかったので、ジローさんの行為が一瞬理解できず驚いて固まってしまった。

私のびっくり顔を見たジローさんは急に我に返ったようで、慌てて距離を取りものすごく取り乱していた。

「いやっ!違うんだ!すまん!なんかつい……すまん、ホントすまん。ちょっと当たっちまっただけだから、汚れてないから!涎とかなんもついてないから!……悪い、おっさんがなにやってんだろうな……ホントすまん……」

「なんで謝るんですか?キスですよね?頑張ったから褒めてくれたんですよね。嬉しかったです」

私がそう言うとジローさんは変なうなり声をあげて地面に突っ伏してしまった。

しばらくそのままの姿勢で動かなくなったので、なにがどうしてしまったのかと心配になったが、突然むくりと起き上がると、何事もなかったかのように、保冷庫から林檎酒を二本取り出してきた。

「とりあえずさっきのことはおっさんがトチ狂っただけだから、記憶から消去してくれ。いや、忘れてくださいお願いします。

……ほんで、厄介事が片付いたことだし、今日は飲もうや!祝杯くらいあげたっていいだろ?」

ジローさんはそう言うと私の返事も聞かず林檎酒の栓を抜き、私に一本手渡すと、かんぱーい!と瓶をカチンと合わせてそのままラッパ飲みしだした。

えっカップ使わないの?と思ったが、ジローさんが美味しそうに飲んでいるので、たまにはこういうのもいいかと、私も真似して瓶に口をつけてみる。

ジローさんはあっという間に一本空けてしまい、家にあるお酒を次々出してきて、テーブルに並べた。

どれだけ飲む気なのかと怖くなるが、今日は私もいろんな出来事がありすぎて頭が疲れてしまった。今日ぐらい、前後不覚になるくらい飲んだって構わないじゃないかと思うことにした。

「本当はさァ、町を出てからずっと、あの両親や妹のことが気にかかってたんだよなァ。

ディアさんの家族は、あの三人だけじゃ遅かれ早かれ崩壊するだろうなと思っていたが、まさかディアさんがいなくなってこんなにすぐ、町にもいられなくなるほど壊れるとはな。もともと崩壊寸前だったのを、ディアさんを犠牲にしてなんとか保っていたんだろうなァ。

だからいつかディアさんを探しに来るんじゃねえかと思っていたけど、エロ君に始まり妹ちゃんに両親が、全員こんなに早くここにたどり着いたのが不思議なんだよな」

「そうですね、隣町とかならともかく、よくこんなところまで追いかける気になったと思います。ラウは私がいることを手紙には書いていないと言ったんですけどね……でも私を見つけたと分かるようなことを書いたんでしょうね」

「いつか家族やエロ君がディアさんを探しにくるとしても、もう少し時間がかかると思っていたんだ。

エロ君も妹も、あの両親もなァ……自分らでどうにかしようと少しも考えなかったんだな。多分町で散々責められただろうに、少しも反省しなかったてのが逆にすげえわ。

こんなことならエロ君が来た時点で、たとえ冬前でも村をでときゃ良かったな。まだ気持ちの整理が全然ついてねえってのに、あんなやつらと対峙しなきゃいけなくなっちまった……酷い言葉もたくさんきかせちまった……俺の考えが甘かったんだ。ごめんな……」

「いいえ、いつかは向き合わなきゃいけない問題でしたから……レーラの事も、両親の事も、これでよかったんだと……こうするしかなかったんだと思っています」

「そうかぁ……なんにせよ、一番の問題だった両親のことが解決したのはよかったな。縁を切る決心をできずにいたら、またディアさんが利用されちまうじゃないかと心配だったんだよ。これでようやくディアさんも自由に生きられるな。

気持ちが落ち着いたら、どこか違う町への移住も検討してみちゃどうだい?港町とかいいぞぉ?物流も盛んだし、海が近いと飯が旨いんだ」

どこどこの町がよかった、とかあの地域の郷土料理はおススメだとか、私の気持ちを盛り上げてくれようとしているのか、ジローさんは普段よりも饒舌に語っていた。

ジローさんの話を聞いているのは楽しくて、私はただ笑って彼の言葉を聞いていた。ジローさんの『この先どうしたい?』という質問には答えられずに、曖昧に笑ってごまかした。

ジローさんは、私の問題が解決したのだと思っているようだけれど、私はそうではないことを知っている。だからまだ、私は未来のことを考えられずにいるのだ。

だけどそれをジローさんに告げるつもりはない。

これ以上ジローさんに頼ってしまうと、依存してしまいそうだから、気にかかっていることを打ち明けられずにいる。

……きっとなにもかも打ち明けて、なんとかしてくれと言えばジローさんは私を助けてくれると思う。

全部をぶちまけて、思考を放棄して、人任せにできたらどんなに楽だろう。

でも、いつも隣で支えてもらえる安心感と心地よさを知ってしまった私は、それに甘えてこのままだと一人で立てなくなってしまいそうだった。

これが正しい選択なのか分からない。

人生の先輩であるジローさんに打ち明けて助言を求めるほうが賢明なのかもしれない。

彼はきっと、私のために動いてくれるだろう。私が不利にならない一番良い方法を探してくれて、私を導いてくれる。

委ねてしまえればどれだけ楽だろうかと思うこともある。でもそうしてしまえば私はきっともう自分で判断できない人間になってしまう。全身でジローさんに寄りかかって、依存しないと生きていけないようになってしまう。そうなれば私は同居人ではなく、ただのお荷物だ。

もしこれからのことを、私が一人でちゃんと乗り越えて解決できたら、私はジローさんの隣に並び立てるだろうか。

庇護される子どもではなく、一人の大人として見てくれるだろうか。そうなればジローさんは、私に自分の過去を打ち明けてもいいと思ってくれるだろうか。

酔いのまわってご機嫌なジローさんを見つめながら、私は来年も再来年もこの人とこうして穏やかな時間を過ごせますように、と心で祈った。