軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話は黎明と共に

朝方特有の気持ちのいい風が頬を撫でる。

今は五月と知ってまだ涼しいだろうと思っていたが、ジメッとした空気を感じる。

時代の移り変わりと言うべき部分なのかは定かではないが、下に見える人々の営みは変わっていないと感じる。

唯一、スーツや制服などの中に自然と鎧などが混ざっているのが懐かしくて、ついつい笑みが浮かぶ。

「次郎様、おはようございます。なにを見てらしたんですか?」

「ああ、絵里殿。久方ぶりに見る、人の営みを少しな」

「ふふ、まるで神様みたいですね。ここから見えるものなのですか?」

神様みたい、か。

たしかに、少しばかり達観しすぎてしまっていたか。

「ええ、視えますな。魔力の影響で、目が良いのですよ」

「まあすごい。少しだけ羨ましいですね」

オレは絵里殿の若さが羨まし――おっと。

どんなに教えを乞おうとしても、のらりくらりと躱されてしまい、結局は聞けていない。

本当に、いったいどんな魔法なんだ。

「朝食を準備しております、主人もそろそろ起きてくるはずですわ」

「ふむ、あいつは今でも朝が苦手なのだな」

「ふふ、ええ。可愛らしいですよね」

うふふ、と微笑む絵里殿を見ていると、どこかアリアに重なる部分があって胸がすこしザワつく。

いけないな、昨日の酒を引きずっているのかもしれない。

「……それにしても、まさか絵里殿が誠一郎の推しなる人物だったとは」

「あら……その話は昨日も言った通り、少し恥ずかしいですわ」

なにやら、絵里殿が『扉』関連に乗り込みたいとして誠一郎に相談を持ちかけたことが関係の始まりらしい。

実際にダンジョン内で誠心誠意教える誠一郎の姿にときめき、その後危ないところを助けられた影響で完全に恋に堕ちてしまったらしい。

吊り橋効果なのではとも思ったが、真に愛し合ってる男女に指摘するのも野暮というものだろう。

身悶える絵里殿の横で誇らしげに語っていた誠一郎の姿が、遠くへいったんだなと感じてしまったのを覚えている。

「私に才能があれば、今も主人の隣に公人としても立てたのですけどね……」

「……なに。帰りを待ってくれる家族がいるというのは、男に無類の強さを与えるというものだ」

「あら、慰められてしまいましたね」

うふふ、と笑う絵里殿は非常に魅力的だ。

誠一郎、本当に良い嫁をもらったな。

「んおー、絵里おはよー」

「あらっ、うふふ。おはようあなた」

などとベランダにて話をしていれば、絵里殿の肩口から誠一郎が顔を覗かせた。

「今日も絵里は可愛いなぁうへへへへへ」

「もう、こんなところでダメよ」

待て、オレはいったいなにを見せられているんだ。

夫婦仲が良いことは認めるが、オレがいるんだぞオレが。

もしや寝惚けていやがるのかこいつは。

「ん、んん……ごほんっ」

「ほらあなた、次郎様が困ってるわよ」

「んっ……あっ! だ、旦那……おはようございやす……へ、へへ……」

「………………おう」

こいつ………………。

「お前、オレがいるのわす――」

「さぁってっ! 今日の朝飯はなんだろうなぁ! 絵里の飯はうまいからなぁ!」

そう叫びながら部屋の中に消えていく誠一郎。

絵里殿は「あらあら」と言いつつ、一礼して後を追っていった。

まったく、昨日はあんなに様々話をしたというのに。

なんだかんだトップとして、しっかりと色々頑張っているんだなと思ってやったというのに。

「はぁ……なんにせよ。良い朝だ」

空を見上げてから、ふたりの後を追った。

■■■

「ギルド長、到着致しました」

「うん、ご苦労様」

オレは自分の目が信じられなくなっている。

朝、あんなにだらしのない姿を見せていた誠一郎は現在、紺色のスーツに身を包んで、オレの隣で優雅に車の座席に座っている。

「旦那、行きましょうか」

「……お、おう」

涼やかな表情の誠一郎と距離を取りたいと思いつつ、運転手が開けてくれたドアから出る。

目の前には高級なホテルなどで見る入口があり、ドアキーパーまでいる。

こいつはいったいどれだけの権力を手にしているというんだ。

オレはなんだか寒くなってきたぞ。

「ありがとう、今日もご苦労様」

あのドアキーパーに笑顔を振りまいている誠一郎と、朝のあの誠一郎が同一人物だと?

オレは夢でも見ているのか。

それとも精神干渉でも受けているのか。

オレは、オレがわからない。

これ以上は考えないほうが、精神的にも良いのかもしれないな。

「旦那、まずはうちのギルドへの登録を――なんだその顔」

「いや……なんでもない、オレは正気だ」

「……? そりゃ旦那は正気だろうよ」

「ああ」

大丈夫だ、オレは正気なんだ。

オレは、盾なんだからな。

オレは、盾なんだよな?

■■■

今日は激動な一日な気がしてしまう。

先ほどまで慣れない書類で四苦八苦し、ようやく一息つけるかと思っていたら今度は受付――各階の各部署にそれぞれ別の受付があるようだ――のひとつに案内され、誠一郎と共に待機している。

「はは、疲れてるな旦那」

「……ああ、いくつになっても書類は慣れん」

「旦那は武闘派だもんなぁ」

受付横の椅子に腰かけ、背中を丸める。

『扉』で戦闘を行っていた時よりも、疲労感はすさまじいように思う。

そもそもなぜ紙に書く必要があるのだ。魔力技術が発展してるならもっと便利なものは作れないのか。

頑張ってくれ人類よ、未来は諸君らにかかっている。

「ま、旦那には英気を養ってもらわんとな」

「……喧嘩でも売ってるのか?」

「はっはっ! 今の俺じゃあ旦那に一発でノシられらぁな!」

がっはっはっ、と笑う誠一郎と、その奥で青い顔をしてる受付の方。

誠一郎よ、醜態をさらしていいのか。

だがそんなことよりも――。

「――昨日、お前から漏れでていた魔力からするとあまり実感は出来ないが、そこまで老いたのか」

「……まだまだ若いやつにゃ負けてやる気はねえがな」

「……もう昔のようにはいかない、と言ったところか」

肩を竦められる。

肯定も否定もないが、そういうことだろう。

なんとも、寂しいものだな。

「まぁ、俺のこたぁいいのよ。本題は今こっちに『遅れて』やってきている若造のこった」

遅れて、と言った時に誠一郎の圧を感じた気がする。

オレとしては特段気にならないが、やはり社会というものはそういうのを許さんのだろう。

「昨日牡丹ちゃんの配信を確認してからあっちこっちに根回した影響だとは思うんだが、時間に遅れるのはねえわな。わざわざ午後にしてやってんだって話だ」

「……ちょっと待て、オレが帰ってから随分と道が舗装されていると思ったが、まさか昨日の数時間の間にやったのか?」

「おうよ。俺の人脈やらなにやら使えばこれくらい朝飯前ってもんよ旦那」

仕事が速いやつだとは思っていたが、相当に手腕が上がっているようだ。

頭が上がらないし、言いたいことは多々あるが、さすがは誠一郎だ。

「件の若造はいつ来るんやら。初っ端頭下げるんなら――」

「――こんちゃーっす。遅れましたー」

おい、誠一郎。

小声で「殺す」などと呟くな。

そしてお前は本当にどうやってその笑顔を作っているんだ。

オレは、やはりお前が怖いよ。

「――やぁ、わざわざ済まないね。待っていたよ」

「えっ!? うわっ、枢木代表!? 本物だ!?」

「ふふっ、良い反応をするね。東くん、だったかな?」

「あ、はいっ! 『暁の光』に所属してるSランクの東大也ですっ! 遅れてすんませんっ!」

ほう、学生に見えるがそれでSランクなのか。昔からランク制度には興味の欠片もないが、Sというのはたしか上のほうだろう。

誠一郎はぬるま湯に浸かってると言っていたが、しっかりしてそうじゃないか。

「うん、自己紹介ありがとう。忙しい中、わざわざ悪いね」

「いえ、とんでもないですっ!」

誠一郎、圧、圧を抑えきれていないぞ。

東殿が恐縮しきってるじゃないか。

「俺、ずっと枢木代表にあこが――」

「うん、ありがとう。でも今日は僕の旧友でもある彼、田中次郎くんのランク制定に来てもらったんだ。話は歩きながらしようか」

「あっ、はいっ! わかりましたっ!」

「よし、では行こうか。次郎くん、こっちだ」

誠一郎に促され、彼の後ろを東殿と並んで歩く。

『くん』付けで呼ばれて悪寒が走ったが、気にするほどの事でもないだろう。誠一郎のこの姿にも慣れないといけないな。

東殿は背中越しではあるが、誠一郎に対してキラキラとした目を向けている。

随分と慕われているらしい。

「今から、うちの『第三修練場』に向かう。それなりに広く、うちで一番頑丈なところだ」

「はいっ!」

「地面には砂利がある。少し足は取られるかもしれないが、実践を想定しているとでも思ってくれ」

ふむ、なるほど。

つまりはどれだけ暴れようが、どれだけ汚い手を使おうが構わんということか。

「そして、ふたりともわかっているだろうが、公平な制定のため武器も防具もこちらの支給したものを使用してもらう。異論はないかな?」

「はいっ! 大丈夫ですっ!」

「こちらも問題ない」

「うん、よかったよ」

誠一郎。

その話、今初めて聞いたぞ。

いや、ウインクなどしているんじゃない。

東殿に怒りを向ける前にするべきことがあったんじゃないか。

「ところで、東くんは昨日の牡丹ちゃんの配信は見ていたかな?」

「あ、すんません……その頃ちょうど別の『扉』に行ってまして……」

三人で大きなエレベーターの前で待機する。

移動用だけでなく、武具を修練場に運ぶためにも使っているのだろう。昔はどこもここまで大型のものがなかったから、階段から歩きで行ったものだ。

そして、ふむ――。

「はは、謝ることは無いさ。探索者として頑張ってるんだね。今日来るまでにも見れてないかな?」

「……はい、休みだったのと探索後だったから寝てました」

「いやいや、別に責めてるわけじゃないんだ。気を悪くしたなら、すまなかったね」

――リサーチ不足、といったところか。

誠一郎は相手から情報を引き出すのが本当にうまいな。

「なかなかに面白いものが見れるから、これが終わってからでも見てみるといい。ねぇ、次郎くん」

「……ああ、面白いかはわからんが、見応えは保証しよう」

「……っ、はいっ! わかりましたっ!」

一瞬、ほんの一瞬だが。

東殿がこちらに敵意を向けてきたのがわかった。

自分の憧れと話す見知らぬ男に嫉妬した、というようなところか。

ふっ、まだまだ青いな。

若人よ、そういったものは思っても表には出さないものだ。

こうやってすぐに見破られてしまうぞ。

エレベーターが到着し、その中に入る。

地下三階のボタンが点灯したあたり、『第三修練場』の名前はそこからも来ているのかもしれない。

「東くんは、もうすぐSSランクへの昇格を考えているんだっけ?」

「はいっ! そのこともあって瀬尾さんから今日の依頼の話をっ!」

「うん、聞いてるよ。瀬尾くんからもキミのことをよくしてやってくれとも言われたから、今日は楽しみにしていたんだ」

「は、はいっ! しっかり田中さんの実力を測らせてもらいますっ!」

「ふふふふっ、そうだね。次郎くんも、よろしく頼むよ」

ひとつ頷きを返す。

オレの態度が気に食わなかったのか東殿が睨んでくるが、なにか勘違いをしているんじゃなかろうか。

もうすぐ、戦場だというのに。

随分と、余裕があるな。

オレはすでに、貴様に殺気を飛ばしているんだぞ。

SSランクに上がりたいと思うのは大いに結構。向上心があり、とても喜ばしく思う。

だが、貴様の目指している場所は誠一郎と同じ土俵だろう。

見ろ、誠一郎は向けていないオレの殺気を感じて、自然といつでも動けるように準備をしているぞ。

対して、貴様はどうだ。

本当に、随分と、余裕があるな?

電子音が鳴り、エレベーターが目的の階に到着したことを知らせる。

扉が開けば、そこには整然と並べられた武器と防具の数々。

ここから必要なものを身につけてから奥の戦場へと出るらしい。

「さて、到着だ。武器はすべて刃はないから、好きな物を選んでくれたまえ」

「はいっ! わかりましたっ!」

東殿はこちらを一瞥すると、自身の得物を取りに向かった。

それを見送ると、誠一郎がオレに近づいてくる。

「――旦那」

「――ああ」

「向こうのギルドの代表も、今回の依頼を使ってあいつの性根を叩き直してほしいって話ですわ」

「先程の話はそれか」

誠一郎は頷き――。

「ええ。そういうことで、殺しさえしなければなんでも大丈夫ってわけだ」

「――承った」

戦場を甘く見ている若人よ。

決して、過去が良かったと口走るつもりはないが。

その長く整えられた鼻っ柱をへし折って、見れるものにしてやろう。

防具を身につけている東殿を尻目に、視界の端にあった長剣を片手に取る。ウルティマよりは遥かに軽いものだが、支給品の武器としては上等だろう。

東殿を視界から外し、奥へと進んで行った誠一郎の後を追った。

■■■

「……お前、俺を舐めてるのか?」

「…………」

しばらく後、砂利が敷き詰められた地面の上で東殿と対峙する。

完全防備、というよりも普段と遜色のない格好となったと言えばいいか。全身に防具――軽鎧だが――を身につけ、右手に剣と左手に小盾を持っている。

大方、相手の攻撃を受け流して一撃を与えるスタイルなのだろう。

「はっはっはっ、実に元気で良いな」

今回は審判を務めるという誠一郎がオレと東殿の間で笑う。

「さて、先程は話していなかったことがあった。申し訳ないね」

そう言って、視線を上――二階のギャラリーへ向ける。

そこには――。

「良い機会だから、うちの若手にも見てもらおうと思ってね。ふたりとも、大丈夫かな?」

「はいっ!」

「ああ」

――花依殿や野薔薇殿、鹿野殿をはじめとした『Snow』の若手が揃っていた。

「さて、ルールは簡単だ。どちらかが参ったと言うまで、または僕が戦闘続行不可能と判断するまでだ。東くんには、存分に次郎くんの実力を測ってもらいたい」

「わかりましたっ!」

「――追加条件の提示だ」

誠一郎と視線が合い――。

「オレは今回右手を負傷したという理由で、左手でのみ剣を使おうと思う。この点、問題ないか?」

「ぷっふふ……あ、ああ。大丈夫だよ、だ……次郎くん」

吹き出しそうになるのを必死で我慢していた。

一方。

「――お前っ! 本当に舐めてるだろ……っ!」

顔を真っ赤に染め、今にも斬り掛かろうとしている東殿。

悪いとは思わんが、これだけやってもきっと。

いや、戦う前から慢心するのはよくないな。

さて――。

「ふぅ、では早速――」

東殿――貴様の中に眠るものを、魅せてもらおうか。

「――はじめっ!」

瞬間、誠一郎の姿はかき消え、代わりに魔力が吹き上がる。

「――実力を測るだけのつもりだったけど、ここまで舐められて黙っていられるかよ」

静かな東――いや、敵の声が耳に届く。

随分と腹を立ててしまったらしい。

「身の程知らずにわからせてやる……!」

砂利が爆ぜる乾いた音が、修練場に響き渡る。

魔力の増幅と共に、全身に張り巡らされた身体強化で盾を突き出して飛び込んでくる。

悪くはない。

が、少々狙いが見えすぎている。

なにより――。

「――っ!?」

――そのまま殺気を垂れ流すとは、甘いにも程がある。

盾での突進をブラフとした剣の振り下ろしを、左手の剣を使って受け止める。発生した衝撃はすべて地面に逃がし――軽すぎて逃がすほどでもなかったが――そのまま振り払う。

「――次だ」

「……くそっ!」

突き、袈裟、逆袈裟などあの手この手を使ってくるが、どれもこれも左手の剣で――すべて同じ箇所で受ける。

その合間に盾での殴りや突進、目隠しなども弄して来るが、柄頭や剣の腹を用いて押し返す。

たしかに攻め方は教科書通りであり、実に効率的で美しい。

だが、そうではない。

そうではないだろう。

なぜ、小手先の技術に頼ろうとする。

なぜ、教科書通りの技術に倣おうとする。

なによりなぜ、オレを本気で殺しにこない。

ここは戦場で、オレと貴様は敵同士なんだぞ。

ヤツの剣を受け止め、一歩も動かしていなかった足を踏み込んで鍔迫り合いの形に持っていく。

「なあ、疑問があるのだが――」

あまり力を入れていないにも関わらず、目の前の敵は必死の形相で抵抗をしようとしている。

こちらは片手だぞ、どうしてその程度の力しかないのだ。

「――なぜ、剣と盾しか使おうとしない?」

「がっ!?」

見せつけるように、足を使ってがら空きの腹を蹴り飛ばす。

まさか蹴りを受けるとは思っていなかったのだろう。無様に吹き飛び、砂利の上を転がる。

止まった頃を見計らい、今度はこちらから打って出る。

振り下ろした剣は、ヤツの盾に受け止められた。受け流そうとしたようだが、剣線をズラしてそのようなことはさせない。

「まだ疑問があるんだが、聞いてくれるか?」

そのまま盾ごと吹き飛ばせば、踏ん張りがきかずに大きく後ろに吹き飛んでいく。

それを見ながら、左手の剣を突き刺して足元の砂利を拾い上げた。

「こんな恰好の武器もあるというのに、なぜ使おうとしない?」

手に取った砂利に魔力を乗せ、小細工なしに投げつける。

なんとか避けたようだが、その顔は驚愕に染まって。

「だ、だって……ルールは……!」

「なにか勘違いをしているようだが――」

ゆっくりとヤツに歩み寄っていく。

こんなに隙を晒してやってるのに攻撃してこないとは、誠一郎が欠伸をするなよ、と注意してきた理由がわかるというものだ。

「――誠一郎は支給品の武器防具を使うとは言っていたが」

これが、ぬるま湯なんだな、誠一郎。

「他のものを使うなとは、言っていないぞ?」

ちらりと離れた場所にいる誠一郎を見れば、これでもかと口元を歪めている。

相変わらず、良い性格をしているようだ。

「なにより、いちばんの疑問は――」

そう、オレは戦闘開始前にわざわざ宣言をしたのだ。

「――なぜ、オレの右腕を狙おうとしない?」

「……えっ」

「ふむ。怪我をしたと言っても、実際にはなにもないから狙いづらかった線もあるか。ならば――」

右腕を体の前に出し、左手の剣を使って前腕の部分を叩き折る。

鈍い痛みが走って折った先から腕が垂れる。

これで、恰好の弱点として狙いやすくなっただろう。

「――そら、これでいいだろう?」

「なっ……!? 狂って――ぅぶっ!?」

今度はなにか甘いことを口にしようとしていた顔面を蹴り飛ばす。

少し上からやったせいか、砂利の上を何度か跳ねて転がった後に止まった。

狂っている?

戦場で狂わない奴は、死ぬだけなんだぞ。

「最後の疑問だ」

また、ゆっくりと歩み寄る。

「殺気を向けてくるのは褒めてやるが――」

ヤツはなんとか顔を上げ、こちらを睨みつけようとする。

ふむ、あと一押しといったところか。

「――なぜ、そこに殺意を載せない?」

殺気を飛ばす。

エレベーター内でのお遊びではなく、本気でお前を殺すという意志を載せたものを。

「ここがあくまでも制定のための場であるという考えを、捨てろ」

ヤツの顔に怯えの色が入る。

立ち上がろうとしているが、砂利で手も足も踏ん張りがきかずに滑っているようだ。

「ここが模擬戦の場であるという考えを、捨てろ」

それらを気にせず、ヤツの元へ歩を進める。

「合図があった時点、否――」

倒れ伏したヤツを見下ろして――。

「――この場に入った時点で、すでに殺し合いの場にいるという考えを、持て」

ついには顔を伏せ、全身が震え始めている。

だが、待ての合図はない。

「立て」

ビクリと、肩が震える。

「お前はまだ、生きているぞ」

「――っ!」

魔力が吹き上がる。

はじめの時とは違った、暴力的なまでの魔力の奔流。

巻き込まれないよう距離を取り、目を細めてそれを見やる。

「――ふっ、見れる顔になったじゃないか」

「ふぅ……っ! ふぅ……っ!」

その中心には、様々な汁に塗れ、体中が汚れるのも構わずに両手で剣を握りしめる敵――いや、東殿が立っていた。

「さあ、来いっ! お前の敵はここにいるぞっ!」

「うぅ……うううぅぅ――ううううああああぁぁぁぁああああっ!!」

東殿は魔力を通した剣を正眼に構え、オレに突き刺そうと脇目も振らず真っ直ぐ突き進んでくる。

それを正面から受け止め、オレは――。

硬質なガラスを叩き割ったような。

冷たく、甲高い鉄の破砕音が、響き渡った。