軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【5ー6】罪人

カロラインに指定された茶会の会場は、先日ティーパーティ演習が行われた中庭のティーテーブルだった。

天気の良い日はここで茶会をする令嬢は多いらしく、モニカが案内されたテーブル以外にも複数のテーブルセットが出されていて、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。

これだけ人の目があるのなら、分かりやすく暴力を振るわれたり、お茶を頭からぶちまけたりすることはないだろう。

そのことに少しだけホッとしつつモニカは着席する。

テーブルにはモニカ以外に三人の令嬢が座っていた。丁度モニカの正面の席がカロラインだ。

カロラインはパッチリと目の大きい令嬢だ。モニカと同じ年だが大人びていて、華やかな雰囲気がある。

(……あれ? この人の目……)

午後の日差しの差し込む明るい中庭の下で、モニカは小さな違和感を覚える。

だが、その違和感にモニカが言及するよりも先に、カロラインの侍女が紅茶を配った。

カロラインはニコニコしながら、紅茶に口をつける。

「ふふっ、今日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございますわ。ノートン嬢」

「お、お招き……ありがとうございます」

誰かと目を合わせるのが苦手なモニカは、俯いたままポソポソと言葉を返す。

すると、両隣の令嬢が扇子の陰でクスクスと笑った。まるで輪唱のように小さな笑いを重ねた笑い方は、妙に神経に障る声だ。それでいて、カロラインが口を開くとピタリと止まる。

「ノートン嬢はご出身はどちらの方ですの?」

「……リェンナック……です」

「まぁ、それじゃあもしかして、ケルベック伯爵家と縁のある方なのかしら?」

モニカはルイス・ミラーの考えた設定を思い返した。

確かモニカは前伯爵夫人の養子……という設定の筈だ。だったら、ケルベック伯爵家と縁があると言っても良いだろう。

「……は、はい……伯爵家の皆さまには、良くしていただいて、ます……」

ここまで上手く切り返せてる、とモニカは自分を絶賛した。

オドオドビクビクしているし、吃りがちではあるが、今までのモニカと比べたら考えられないぐらい大進歩である。なんと言っても会話が成立している。

モニカがそんなことを考えていると、すぐ隣の令嬢が口を開いた。

「ねぇ、ノートン嬢。生徒会長とは普段、どのようなお話をされますの?」

「……え? いえ、別に……これと言っては……」

少なくともモニカの方からフェリクスに話しかけることなど、生徒会の仕事絡み以外一切無い。

たまに、フェリクスの方からモニカにちょっかいを出してくることはあるが、そういう時、モニカは自分は石なのだと言い聞かせて、おとなしくじっとしている。

「殿下のおそばでお仕えできるなんて、うらやましいわ」

「ねぇ、毎日殿下のお顔を見ることができるんですもの」

令嬢達がうっとりと宙を見上げて、ほぅっと切なげな吐息を溢す。

その様子を見ながらモニカは、やっぱり黄金比は人の心を惹きつける力があるんだなぁ、としみじみ感心した。

黄金比の造形物とそうでない造形物とを並べて、どちらがより好ましいと思うか統計を取ったら、どんな結果が出るだろう?

ぼんやりとそんなことを考えつつ、モニカはカップを持ち上げる。

すると、カロライン達は一斉に扇子を持ち上げて、口元を隠した。

(これはまさか……! イザベル様が言っていた悪役令嬢の基本動作……っ!)

扇子の陰から聞こえるクスクス笑いの輪唱は、もはや訓練されているとしか思えない精度であった。決して大きすぎず小さすぎず、耳に障る笑い声の意地の悪さは、なかなかに絶妙である。

なるほどこれが……とずれた感心をしつつ、モニカは紅茶のカップに口をつける。

口に含んだ紅茶はやけに苦かった。渋いのではない。苦いのだ。

(そういう種類の紅茶なのかな?)

苦いと言えば苦いが、飲めないほどではない。

普段から苦いコーヒーに飲み慣れているモニカは、その紅茶に多少の違和感を覚えつつも、コクリと飲みこんだ。

途端に、令嬢達の顔色が変わる。

(……? どうしたんだろう?)

令嬢達は目を剥いて、気味の悪い物を見るような目でモニカを見ている。その顔色が悪い。

自分は何か粗相をしてしまっただろうか、とモニカは焦りをごまかすように、強烈に苦い紅茶をもう一口飲む。

カロライン嬢が「あっ」と小さい声をあげた。

(……あ、れ?)

ドクドクと心臓の音がやけにうるさく聞こえた。視界が霞み、歪み、令嬢達の姿がぼやける。

「飲んだの?」

「嘘でしょ? すごく苦いのよ?」

「やだ、てっきり咽せるぐらいだと……」

令嬢達が狼狽えたように何かを早口で言い合っている。その声は確かにモニカの耳に届いているのに、モニカの頭は言葉を言葉と認識できない。

令嬢達の声が、意味のない音として耳を抜けていく。

(……な、に、これ?)

グニャリグニャリと世界が歪む。歪んで滲んでぼやけて溶けて、紅茶色に染まっていく……違う。この赤は紅茶の色じゃない。

炎の、赤だ。

そして揺らめく炎の向こうに見える人影は……

「……おとう、さん……?」

木に括られた父の姿が炎の中に消えていく。嫌なにおいが鼻をつく。人の肉が焼けていくにおいだ。

「あ……ああ、ぁ……」

父を囲う人々が声をあげる。

──異端者め! 異端者め! 禁忌に触れた罪人め!

「……ちが、ちがう、おとうさんは、わるくない」

燃える火に何かが投げ込まれる。それは、膨大な量の資料だ。父が生前、己の全てをかけて書き上げた、大事な大事な大事な……

「やめて……やめて……燃やさないで……燃やさないでぇ……」

数字が燃えていく、燃えていく、長い年月をかけて積み重ねられた美しい数字達が、記録達が、一瞬で灰と化す。

(覚えなきゃ、覚えなきゃ、全部、全部わたしが覚えなきゃ、お父さんが遺した数字は全部わたしが覚えなきゃ)

燃える炎から目を離さずに、モニカは投げ込まれる資料の数字を凝視した。

モニカの頼りない動体視力で見ることができるのは、膨大な資料の断片的な数字でしかない。それでも、モニカは目に映った数字を頭に焼き付ける。

(だって、わたしが覚えておかないと。お父さんが遺した記録を、少しでも)

目に焼きつけた数字は、全部全部父が残した物だ。絶対に忘れるものか。あれは父が生きた証なのだ。

「……18473726、385、20985.726、29405.84739、235、2108877、25……」

──数字ばかり口にして気持ち悪い! 余計な口を利くな!

「ごめんなさい叔父さんごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

──兄貴が馬鹿な研究をしたせいで、俺までとばっちりだ! 身内に犯罪者が出たなんて、こちとら商売上がったりなんだぞ!? ふざけるな!

「ちがう……おとうさんは、悪くない……おとうさんは……」

──ふざけるな! 外でそんなふざけたことを言ってみろ! 火かき棒でぶん殴ってやる!

「ごめんなさい叔父さんぶたないでぶたないでごめんなさいごめんなさいごめんなさいもう人前で余計なことなんて言わないから黙ってるからぶたないでぶたないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

* * *

中庭は騒然としていた。

突然、モニカ・ノートンが椅子から転げ落ち、悶絶しだしたのだ。

彼女は真っ青な顔でヒィヒィと不自然な呼吸をしながら喉をかきむしり、その合間に意味不明の言葉をぶつぶつと繰り返している。

同席していたカロライン達は、気味の悪いものを見るような目でモニカを見ていた。

そんな中、彼女達のテーブルに一人の令嬢が早足に近づく。

それは真っ直ぐな黒髪の長身の美女、クローディアだ。

クローディアは無言でモニカの前に膝をつくと、モニカの容態を確認した。

「……何を飲ませたの」

クローディアの言葉にカロラインは、首を横に振りながら上擦った声で叫ぶ。

「知らない! 知らないわ! わたくしは何も知らないっ!」

「…………」

クローディアは静かに立ち上がると、まるで蛇が忍び寄るみたいにするりとカロラインとの距離を詰め、彼女のポケットに手を突っ込んだ。

その手が、なにかを探り当てる。

「…………目薬?」

「やだ! 返してよ! 勝手に触らないでよ! ……っ、ひぃっ!?」

喚き散らすカロラインの口元を、クローディアは無言で鷲掴みにした。そして反対の手をカロラインの目元に伸ばす。

そしてクローディアは、カロラインの化粧で彩られた目蓋をグイと持ち上げ、その目をまじまじと観察した。

「……瞳孔が拡散している……ベラドンナか、それに類する毒か」

「これはっ、ただ瞳を大きく見せる目薬でっ!」

「毒よ」

カロラインの言い訳をクローディアはキッパリと一言で切り捨てた。

瞳孔の開いたカロラインの目をクローディアは真っ直ぐに見据え、言い含めるように告げる。

「あなたは、その娘に、毒を盛ったのよ」

「ちが……わたくしは……ただ、その子が苦い紅茶で咽せて、恥をかけばいいと思っただけで……だって、あんな苦い物を飲み干すなんて、普通思わないじゃない! その子がおかしいのよ!!」

クローディアはそれ以上カロラインには見向きもせず、モニカのそばに膝をついた。そうしてモニカの上半身を起こし、その口に己の指を突っ込む。

「……ぁ、ぁぅ……ぉぇ……」

「吐きなさい」

クローディアが喉の奥を刺激しても、モニカは上手く吐くことができず、痙攣している。

クローディアは舌打ちし、遠巻きに見ている者達に命令した。

「誰か、薄い食塩水とミルクを持ってきなさい。それと、医務室と……生徒会役員に連絡を」