軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【15ー14】おこりんぼう×2

「リディル王国七賢人が一人〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットが申し上げます。どうか、皆さんの力を、貸してください」

その言葉に、室内の空気が凍りついた。

誰もが言われた言葉の意味を理解できずに困惑し、混乱している。

モニカは杖を握りしめ、頭を下げた姿勢のまま、震えそうになるのを必死で堪えていた。

顔を上げるのが、怖い。

みんながどんな目で自分を見ているのか、それを知るのが怖い。

「……モニカ、ねぇ……冗談、よね?」

かすれた声でそう言ったのはラナだった。

あぁ、言わなくては。ちゃんと、この口で。今まで騙していてごめんなさい、と。

昨日の夜、何度も何度も何度も何度もこの瞬間のことを想像し、言うべき言葉を考えていたのに、口の中がカラカラに乾いて、舌が動かない。

黙り込むモニカに代わって口を開いたのは、モニカの背後に控えていたイザベルだった。

「皆様が驚きになられるのも無理はありませんわ。ですが、わたくしイザベル・ノートンがケルベック伯爵家を代表して証言いたします。この方は正真正銘、ウォーガンの黒竜を撃退した無詠唱魔術の使い手、七賢人〈沈黙の魔女〉様なのです」

イザベルがキッパリと告げてもなお、室内にいる者達は半信半疑という顔だった。

そんな中、ヒューバードがソファにもたれながら、口笛を吹く。

「んーっ、んっんっんっ……口で説明するより、こいつを見せりゃ一発だろ……なぁ?」

ヒューバードが指をパチリと鳴らせば、その指にはめられた指輪が赤く不気味に輝き、炎の矢を生みだす。その数、十本。

ヒューバード自慢の魔導具から放たれた炎の矢は、真っ直ぐにモニカに向かって飛来した。

それは防御結界を張るために詠唱する隙を与えない、必殺の一撃。

モニカは顔を上げて炎の矢を視認すると同時に、無詠唱で氷の矢を発動した。そして、ヒューバードが放った炎の矢を全て氷の矢で撃墜する。

ヒューバードの口角が、凶悪かつ楽しげに持ち上がった。

「じゃあ、これはどうだぁ?」

ヒューバードは指を限界まで開き、そしてすぐにグッと拳を握りしめる。すると、ヒューバードの周囲に生まれた十本の炎の矢が一つに纏まり、炎の槍となった。

チロチロと火の粉を散らす鋭い槍の穂先が狙うのは……モニカではなく、テーブルに座る他の面々。

魔術の心得のあるシリルとグレンが咄嗟に防御結界と迎撃用の術を詠唱しようとしたが、間に合わない。

「ディー先輩」

モニカが手にした杖でトンと床を叩く。

ただそれだけで、モニカの杖から水が蛇のようにうねりながら飛び出し、炎の槍を絡めとった。

「……室内で、攻撃魔術使うの、やめてほしい、です」

「叔父貴は室内でもドッカンドッカンしてるぜぇ?」

「……知ってます」

新年早々に巻き添えをくらったことを思い出しつつ、モニカは視線を前に向けた。

ラナ達はいよいよ、信じられないものを見る目でモニカを見ていた。あのクローディアですら、無表情ながらいつもより目を見開いている。

ヒューバードの目論見通り、いくつも言葉を重ねるより〈無詠唱魔術〉を披露した効果は絶大だった。

魔術に詳しくない者でも「普通なら詠唱無しで魔術は使えない」ということぐらいは知っている。

まして、魔術を少しでもかじったことのある者なら、ヒューバードの炎の矢を瞬時に撃墜したモニカの技術がいかに並外れているか、嫌でも理解しただろう。

モニカは杖を強く握りしめ、声を絞りだす。

「……話を、聞いて、もらえ、ますか」

カタン、と音がした。シリルが立ち上がる音だ。

シリルは静かな足取りでモニカの前に立ち、モニカを見下ろす。

目を合わせるのが怖くてモニカが俯けば、シリルはその場で膝を折り、モニカに頭を下げた。

「今までの無礼をお許しください。エヴァレット魔法伯」

静かに告げられた丁寧な謝罪の言葉が、罵声よりもモニカの心を抉る。

絶句するモニカに、シリルは淡々と告げた。

「昨年の秋に、魔力を暴走させた私を助けてくださったのも、貴女だったのですね」

「……! なんで、そのこと、を……」

学園に編入したばかりの頃、確かにモニカはシリルの魔力暴走を止めている。

だが、あの時は完全に顔を隠していたのに……とモニカが顔を強張らせれば、シリルはモニカの手をちらりと見た。

「昨年の秋に私を助けたフードの人物と、新年の儀の際に城で会った人物……それと、ノートン会計の手が酷似していたので」

確かにモニカの手は同年代の少女達と比べて小さい、子どもみたいな手だ。

だが、フェリクスはともかく、シリルがモニカの正体に勘付いているなんて、モニカはこれっぽっちも思っていなかった。

「じゃあ、シリル様、は、わたしの、正体に…………気付いて、たん、ですか?」

「確信を持つには至りませんでしたが」

そう言って、シリルは長い睫毛を伏せる。

「国の至宝たる七賢人に対する数々の非礼、心よりお詫び申し上げます」

真摯な謝罪の言葉に、モニカは呆然と立ち尽くした。

──どうぞ、お気になさらず。正体を隠していたのだから、仕方のないことです。

そう言ってこの場を収め、本題に入るべきだと分かっているのに、モニカの舌は動かない。

(ちゃんと「大丈夫ですよ」って言わなくちゃ。だって、わたしは〈沈黙の魔女〉なんだから……っ)

モニカが正体を明かせば、シリル達の態度がよそよそしくなることは分かっていた。

距離を置かれることも。全部、全部、覚悟してきたのだ。

それなのに……。

「……やだ」

鼻の奥がツンとして、目の奥が熱い。

今日のために用意していた言葉が全部頭から吹き飛んで、口が勝手に動きだす。

「……シリル様が、わたしに敬語なの……やだぁ……」

ボロリと目から熱い雫が溢れ落ちる。そうして堰をきったかのように、次から次へと涙が溢れ出してきた。

モニカは慌てて手の甲で涙を拭うが、涙は全然止まってくれない。喉が勝手にしゃくりあげて、ひぐっとみっともない音をたてる。

子どもみたいに泣きじゃくるモニカに、シリルは眉を下げてオロオロとしていた。

「エ、エヴァレット魔法伯……」

「いつもの、おこってるシリル様がいいよぅ……ひぃん……うっ、ぅぇぇぇぇん……」

「………………」

いよいよモニカは、杖に縋り付いたままその場にしゃがみ込み、袖を涙で濡らしながらうずくまった。

「いっぱい嘘ついてて、ごめんなさい……だましてごめんなさい……ごめんなさい……」

一度罪悪感に取り憑かれたモニカは、もう謝ることしかできなくなる。まるで役立たずだ。

モニカは七賢人なのに。やらなくてはいけないことがあるのに。

(こんなんじゃ、ダメなのに……!)

それなのに、涙も嗚咽も止まらないのだ。

立ち上がって、みんなの反応を見るのが怖い。

嘘つきだと罵られたら、七賢人なのになんてみっともないと呆れられたら……。

(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……)

しゃがみこんだまま震えていると、ガタンと誰かが椅子から立ち上がる音が聞こえた。

モニカがビクリと肩を震わせて顔をあげれば、モニカの前で誰かが膝をつく──ラナだ。

ラナは唇をへの字に曲げて眉を寄せている。その怒り顔にモニカが萎縮していると、ラナはポケットからハンカチを取り出して、モニカの顔にグイグイと押しつけた。

「馬鹿モニカ。そんなふうに泣かれたら、喧嘩もできないじゃない」

「け、けんか……や、やっぱ、お、怒って……」

モニカが震えあがると、ラナはモニカの顔を乱暴に拭きながら怒鳴り散らした。

「えぇ、そうよ! 怒ってるわよ! 隠し事されて悔しいし『わたしのこと騙してたの!? わたしのこと信じてくれなかったの!?』って思ってる! ……でも」

ラナは不貞腐れたように唇を尖らせ、ボソリと言う。

「でも、怒ってるからって……必ずしも相手を嫌いになるとは限らないでしょ」

モニカがあぅあぅと意味のない声を漏らせば、ラナはモニカの鼻をギュッと摘まんだ。

「ふみゅっ……」

「それに悔しいけど、理由があって正体を言えなかったんだってことも、なんとなく分かるわよ。馬鹿じゃないんだから」

「あぅぅ……」

「……それで。わたしは、まだ友達のつもりなんだけど。モニカはそうじゃないの?」

すぐ目の前にあるラナの顔は、ちょっとだけ目が泳いでいた。

そうだ、動揺しているのはモニカだけじゃない。突然真実を告げられたラナもなのだ。

モニカは鼻を摘ままれ、ベソベソと泣きながら答えた。

「どもだぢがいい……」

ラナは「よし」と頷き、モニカの手にハンカチを押し付ける。

そして、ラナはモニカの背後に回ると、モニカの肩を掴んでシリルと向き直らせた。

「お待たせしました、アシュリー副会長。どうぞ」

どうぞ、とラナは言うが、一体なにがどうぞなのか。

目を白黒させるモニカに、シリルが咳払いをして口を開く。

「──ノートン会計!」

ピシャリと鞭を打つように鋭い声が、生徒会室に響いた。

まるで唐突にしゃっくりが止まるみたいに、モニカの嗚咽が止まる。

「生徒会役員がそんなことでどうする! 生徒会役員たるもの、常に全校生徒の模範たれ! まずはそのみっともない顔をどうにかせんか!」

眉を釣り上げ怒鳴るシリルに、モニカは泣き腫らした目を丸くした。

「……いつものシリル様だぁ」

モニカが鼻声でポツリと言えば、シリルは気まずそうな顔で咳払いをする。

「思えば、まだ在学中なのだから、生徒会役員であることに変わりはない。ならば、ノートン会計で問題ないな」

「…………はい、ノートン会計が、いいです……」

モニカは涙でぐしゃぐしゃになった顔でへにゃりと笑った。