軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【12ー9】飛躍する思春期の妄想力

アルバートが案内したティールームは、中等科のティールームで最も上等な個室だった。

ティーテーブルには美しい花が活けられており、白地に金模様の美しい皿には美味しそうな菓子が並んでいる。中でも一際目を惹くのはクリームをたっぷり乗せたパイだ。

パイと言われて真っ先に思い浮かぶのは、薄いパイ生地にジャムを塗ったり果物を乗せたりした物だが、クリームのパイなんて滅多にお目にかかれるものではない。

バターや白砂糖も結構な贅沢品だが、新鮮なクリームはなおのこと、庶民には滅多にお目にかかれない高級品である。

「さぁ、どうぞ座ってくれ」

アルバートに促され、モニカとグレンは各々椅子に腰掛ける。

この時、モニカは胃をキリキリさせながら、顔がひきつりそうになるのを懸命に堪えていた。

(わ、わたしが〈沈黙の魔女〉ってアルバート殿下は気付いてる? 気付いてないよね? 気付いてないよねぇぇぇ!?)

アルバートはここまで二人を誘導した自分の知略を絶賛しつつ、こう考えていた。

(とりあえず、ここまでは計画通りだ! さぁ、ここからは僕の交渉スキルが試される時……絶対に、フェリクス兄上のお気に入りであるこの二人を懐柔してみせる!)

グレンとパトリックは机の上のクリームパイを凝視していた。

(美味しそうっス!)

(わぁ、美味しそうだなぁ〜)

それぞれの思惑が交錯する中、アルバート主催の茶会が始まる。

まず、まっさきに口を開いたのはグレンだった。

「いっただっきまーす!」

モニカは茶会の授業を受けているので、最低限の作法程度は心得ているが、当然、肉屋の倅のグレンが作法を心得ている筈がない。

グレンはマナーを無視して、クリームパイを手掴みでムッシャムッシャと頬張った。

「すごくリッチな味がするっス!」

口周りをクリームだらけにしているグレンに、モニカはアルバートのひんしゅくを買うのではなかろうかとハラハラした。

が、アルバートはグレンのマナー違反よりも、自分が用意した菓子を喜んでもらえることの方が嬉しいらしい。どこか得意げな顔で紅茶を啜っている。

「モニカ、これめっちゃくちゃ美味しいっスよ!」

「あ、えっと、わたしは、そのぅ……」

この場で一番位が高いアルバートが先に食べるのを待った方が良いのではなかろうか、とモニカが気にしていると、アルバートは「パトリック」と従者の少年に声をかけた。

パトリックはニコニコしながら、一番大きいパイを皿によそい、フォークを握りしめる。

「わ〜い、いただきま〜す」

「馬鹿、違う! ノートン嬢に菓子をお取りしろ!」

「あ、は〜い」

パトリックはちゃっかり自分の皿はキープしたまま、モニカの皿にもパイを盛りつけてくれた。

アルバートはフフンと鼻を鳴らし、幼いながらいかにも王族らしい尊大な態度でモニカを見る。

「さぁ、食べるがいい、ノートン嬢。ケルベック伯爵家は、ろくな食事を与えてくれないのだろう」

「い、いえ、そんなことは……」

モニカはフルフルと首を横に振ったが、アルバートの目にはそんなモニカの態度も、ケルベック伯爵家に気を遣っているように見えるらしい。

アルバートはどこか同情的な表情を浮かべた。

「遠慮しなくていい、噂は聞いている。なんでもケルベック伯爵家に冷遇され、兄上には……その、生徒会室で、ぺ、ペット扱いされているそうじゃないか」

「……ペッ!?」

絶句するモニカに、アルバートはどこか恥ずかしそうな顔でボソボソと早口で言う。

「まさか兄上に、女性に首輪をつけて飼い犬扱いなんて倒錯的な趣味があったとは思わなかった。きっと僕には想像もつかないような、破廉恥極まりない、あんなことやこんなことを強要されているんだろう……いや、全ては言わなくていい。僕は女性にそのようなことを言わせるほどデリカシーの無い男ではないからな。うん。ただ、辛いのなら辛いと、正直に言っていいんだ」

「あの、えっと……?」

アルバートが何を想像しているかは分からないが、なにやら色々と飛躍している気がする。

衝撃発言をぶちかましたアルバートと絶句しているモニカの横では、グレンとパトリックが呑気にパイをつついていた。

「このパイはですね〜、なんと! この木苺のジャムをたっぷりかけることで、更に美味しくなるんですよぅ〜」

「甘さと酸味のバランスが絶妙っスね!」

「はい〜、いくらでも食べられちゃいます〜。あ、紅茶のおかわりどうぞ〜」

なんて平和な世界だろう。できることなら、モニカもそちらの世界にお邪魔したい。

……が、アルバートの誤解をそのままにしておくわけにもいかないだろう。

「あの、わ、わたしは、ペットとかじゃなくて、ですね……わたしは…………わたしは……」

言いかけてモニカは言葉に詰まった。

モニカは歓楽街で「君のことは面白いペットだと思うことにしていたんだ」と衝撃の発言をくらっているのである。

(で、でも、子リス呼びは卒業したんだし……今は違う……よね? あれっ、でも、そしたら……殿下にとってのわたしって……なんだろう?)

フェリクスにとって〈沈黙の魔女〉は尊敬する憧れのレディである。

なら、フェリクスにとっての、モニカ・ノートンとは何なのか?

人付き合いに不慣れなモニカは「自分が他人にどう見られているか」を客観視することが苦手だ。

それでも、この場をなんとか凌がねば、とモニカは必死で頭を回転させる。

自分はもう子リスを卒業し、モニカと名前で呼んでもらえるようになったのだ。これは脱ペットと言って良いだろう。

だが、モニカがフェリクスに面白がられ、遊ばれていることに変わりはない。つまり、フェリクスにとってのモニカ・ノートンとは……。

「わたしは……殿下の………………お、玩具?」

思いついた単語をそのまま口にしたら、ペットより格下になっていた。

アルバートはモニカに哀れみの目を向ける。

「ノートン嬢。兄上に仕えるのはやめて、僕の庇護下に入らないか。そうすれば、一日三食おやつ付きの生活を保証しよう」

どうしよう、自分のせいでフェリクスが悪人みたいになってしまった。この際、自分がどう思われようが構わないから、なんとかフェリクスのフォローをしなくては。

だが、フェリクスをフォローしようと何か言えば言うほど、墓穴を掘る予感しかしない。

モニカが「あのぅ、そのぅ……」と口籠っていると、グレンが紅茶をぷはぁと飲み干し、口を挟んだ。

「生徒会長は良い人っスよ! 悪人じゃないっス!」

「だ、だが、噂では……」

グレンの言葉にアルバートが食い下がると、グレンは口元にクリームをつけたまま真面目な顔をした。

「オレ、噂がどうとかはよく分かんないけど、会長本人を見てれば、会長が良い人なのは分かるっスよ」

なんて気持ちの良い言葉だろう。

モニカは俯き、こっそり自嘲する。

(……わたしもグレンさんみたいに、殿下は良い人だって言い切れればいいのに)

だが、どうしてもモニカの頭にはクロックフォード公爵のことがちらつき、信じるのは怖いと足踏みしてしまうのだ。

真っ直ぐなグレンの言葉に、アルバートは何故か悔しそうに口をへの字に曲げて俯いていた。その幼い眉間に、ぎゅぅっと深い皺が寄る。

「……いつもそうだ。みんな、フェリクス兄上の味方をする」

その呟きは先ほどまでの尊大さはどこへやら、まるで拗ねた子どものそれだ。

俯くアルバートの前に、パトリックがパイの皿を置いた。

「アルバート様〜。落ち込んでる時は、甘い物がいいですよ〜」

「僕は! 落ち込んでなどいない!」

「木苺のジャムもたっぷりかけましょうね〜」

「僕はアプリコットジャム派だ!」

プリプリと怒るアルバートは、少しだけ元気を取り戻したらしい。

そんな彼に、グレンが口周りについたクリームをペロリと舐めながら言った。

「うーんと、つまり……アルバートはモニカと友達になりたいんスよね?」

「あの、それは多分違うと思います……」

モニカの小声のツッコミもなんのその、グレンはドンと元気良く胸を叩いて言った。

「だったら問題なし! 一緒に美味しいモン食べたら、もう友達っス! オレもモニカもアルバートもパトリックも、みーんな友達っスよ!」

前向きすぎるほど前向きなグレンの言葉に、パトリックは「光栄だな〜」などとのんびり言っているが、モニカはそれどころではなかった。

こんな失礼なことを王族に言ったら不敬罪にあたるのでは? モニカが冷や汗を流していると、アルバートは口の中でボソボソと「……友達」と呟く。そして、確認するようにモニカを見た。

「ノートン嬢、確認するが貴女はフェリクス兄上と『友達』ではないのだな?」

「え、えっと、フェリクス殿下は先輩ですし、それは恐れ多いと言いますか……」

「つまり友達ではないのだな? だが、僕が友達になれば……うん、うん、これは兄上も悔しがるんじゃないか……」

最後の方はモニカには聞き取りづらい小声であった。だが、アルバートは何やら一人納得顔でうんうん頷くと、上品に紅茶を一口啜る。

「そうか、僕達は友達か。うん、友達。友達だな。だったら、これからもこうしてお茶会に招待しても構わないな。なんといっても友達だからな」

「良かったですね、アルバート様〜」

「ふふん、僕は気分が良いから、もっとパイを食べても良いぞ、パトリック」

「あ、すみません。もう全部食べちゃいました〜」

「僕のおかわりはっ!?」

ワァワァと喚き散らすアルバートと、マイペースなパトリックを眺めながら、グレンが「仲良しっスね〜」と笑顔で言う。

(と、とりあえず……わたしの正体がバレたわけじゃない……のかな?)

モニカはホッと胸を撫で下ろし、手つかずだったパイを小さく齧った。