軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【番外編16】黒歴史の記録が焼失して、ご機嫌だったそうです

グレン・ダドリーは、どこにでもいる普通の少年だった。

家族は両親と妹が二人。明るく快活な性格で友人も多い。

勉強は嫌いだが、体を動かすことが好きで家の仕事をよく手伝ったし、面倒見も良かったので妹達からも慕われている。

ちょいとばかし算術が苦手で、店番で釣り銭を間違えることもしょっちゅうだったが、持ち前の愛嬌でグレンは街の大人達から可愛がられていた。

ゆくゆくは釣り銭を間違えないぐらいに頭の良いお嫁さんをもらって、実家の肉屋を継ぐのだとグレンはずっと思っていた。

しかしグレンの人生が一変したのは、グレンが十二歳になった日のこと。突然グレンの家に大臣とか役人とか、まぁとにかく偉そうな大人達が押しかけてきて、こう宣言したのだ。

『七賢人が一人〈星詠みの魔女〉が予言をした。グレン・ダドリーがダドリー精肉店を継ぐと、この国は滅びるであろう』

なんのこっちゃ、というのが正直な感想だった。

最初は何かの冗談かと思ったのだが、話を聞いてみるとどうやら大真面目な話らしい。

〈星詠みの魔女〉の名前は、勉強の苦手なグレンでも知っている。このリディル王国で一番の予言者だ。

それから城に連れて行かれて魔力量測定をしたグレンは、周囲の大人達を驚愕させた。グレンの魔力量は上級魔術師の基準を遥かに上回る数値だったのである。

今まで魔術なんて学んだことも無ければ、実際に目にしたことも殆ど無かったグレンは驚愕したが、同時にワクワクもしていた。

なにやら自分には秘められた凄い力があるらしい。それってなんだか、物語の主人公みたいではないか。

それから、グレンは魔術師養成機関の最高峰であるミネルヴァに入学することになった。高額の学費は、なんと国が全て負担してくれるという。

息子の大出世に家族は大喜びしたし、グレンも誇らしかった。ミネルヴァで凄い魔術をたくさん覚えて、いつかは自分も英雄ラルフみたいに国の危機を救うのだ。

まぁ、国の危機なんて具体的な想像は全然できなかったけれど。

だが期待に反して、ミネルヴァでの日々は楽しいものではなかった。

ミネルヴァに通うのはその殆どが貴族の子女であり、それだけに基礎教養科目の難易度が市井の学校より遥かに高い。

魔術の授業は疎か、基礎教養科目でも赤点続きだったグレンを、クラスメイト達は露骨に馬鹿にした。

貴族の人間でも無いくせに、なんでこんな奴がミネルヴァにいるんだ。あいつは魔力量が多いだけの馬鹿なのだ……と。

悔しかった。悔しくて、悔しくて、馬鹿にする奴らを見返してやりたくて、グレンは入学してまだ三ヶ月しか経っていないのに、実践魔術の練習を始めた。

ミネルヴァでは、実技を始めるのは入学して半年が経ってからと決まっている。それでも、その年頃の少年特有の負けん気の強さで、グレンはこっそり攻撃魔術の練習を始めた。

グレンは魔術式の授業には、さっぱりついていけなかったが、魔力操作技術の授業は得意だった。

自分の中にある魔力を手のひらに集中して、粘土をこねるみたいに形を変える。そこにうろ覚えの魔術式を組み込んで、属性と方向性を付加してやれば、思いのほか簡単に魔術は発動した。

初めて発動したのは炎の魔術。グレンが生みだした火球は大人二人が両手で輪を作ったぐらいの大きさがあった。

ミネルヴァで、これだけ大きな火球を作れる生徒はそうそういない。

グレンはすっかり嬉しくなって、何度も何度も火球を飛ばす練習をした。

* * *

ある日、グレンがいつもの秘密訓練をしていると、一人の男子生徒が鼻歌まじりに声をかけてきた。

「んっんー。よぉ、新入り。すげー威力じゃねーか」

その男子生徒はどうやら、グレンの秘密訓練をこっそり見ていたらしい。火球で焦げ付いた岩を見て、ニタニタと楽しそうに笑っている。

燃えるような赤毛が特徴的な、ヒョロリと痩せた背の高い男子生徒だ。グレンは同年代の男子よりまぁまぁ背が高い方だが、その男子生徒はグレンよりも頭一つ分は大きい。おそらく、グレンよりいくらか年上なのだろう。

「なぁ、お前、魔法戦はやったことあるか? 結界の中で魔術を使って戦うんだよ」

「聞いたことはあるけど、やったことはないっス」

そもそも、グレンはまだ実技の授業を受けていない身なのだ。だから、練習だってこっそりやっている。

その男子生徒は尖った顎に手を当てて、ニヤニヤ笑いを浮かべながらグレンに提案した。

「じゃあやろうぜ、魔法戦。結界の中なら怪我をする心配もねぇし、安全に実戦訓練ができるぜぇ?」

「でも、オレ、本当はまだ実技をやっちゃダメで……」

「問題ねぇさ。夜中に訓練場をこっそり使えばイイ。魔法戦用の簡易結界なら、俺でも起動できるしなぁ」

当然、教師にバレたら厳罰ものである。だが、真夜中の秘密の訓練という響きがグレンの少年心をくすぐった。

うずうずしつつ、いやいやダメだと自分に言い聞かせているグレンに、男子生徒はもう一押しだと思ったのか、にんまりと垂れ目を細めて口角を持ち上げる。

「お前の魔術すげぇなぁ。新入生であんなデカい火球を作れるヤツ、見たことがねぇ」

「え、えへへ、そ、そうっスかね……」

「あぁ、実戦訓練したら、もっと伸びるぜぇ?」

グレンは思わず唇をムズムズさせた。

ミネルヴァに入学してから落ちこぼれの烙印を押されていたグレンは、褒め言葉にずっと飢えていたのだ。

だから、うっかり男子生徒の誘惑にのってしまった。頷いてしまった。

「実戦訓練、やってみたいっス!」

「あぁ、いいぜぇ。先輩が稽古をつけてやんよぉ」

その先輩が、このミネルヴァにおける最悪の問題児だったとも知らずに。

* * *

真夜中の森を、グレンは必死で逃げ回っていた。

もはや、頬を伝う汗を拭う余裕すらなく、ゼィハァという荒い呼吸の合間に悲鳴と嗚咽を噛み殺して。

どうして、こんなことになってしまったのか。

自問自答を繰り返すグレンの背後で、火炎球が炸裂した。

「ひぃっ!?」

思わず地面を転がって回避したところに、今度は炎の矢が降り注ぐ。

全てを回避しきることはできず、矢の何本かがグレンの腕に突き刺さった。

皮膚を抉られる激痛。だが、実際には腕に火傷の痕はない。それどころか、服が焦げてすらいない。

魔法戦用簡易結界の中では、魔力による攻撃で肉体が損傷することはないのだ。ただし痛みは感じるし、受けたダメージの分だけ魔力が減少する。

今も炎の矢を受けたせいで、グレンの魔力はごっそり削られていた。

(なんだよこれ、なんだよこれ、なんだよこれっ!)

グレンは反撃するべく、呪文を唱えようとした。が、恐怖で頭が痺れて呪文が出てこない。一桁の足し算だって間違えそうなぐらいパニックになっているのだ。複雑な魔術式が思い浮かぶ筈がない。

「んーっ、んっんっんー? おいおいおい、足ぃ止めんなよぉ? 獲物が必死で逃げないと、狩りは盛り上がんねぇだろぉ?」

グレンを魔法戦に誘った先輩はニヤニヤ笑いを浮かべながら、余裕を見せつけるかのようにゆっくりとした足どりで近づいてくる。そうして、短縮詠唱で炎の矢を生み出し、グレンを攻撃した。

グレンは見苦しく地面を這いつくばりながら、必死で逃げ回った。それでも炎の矢が足を穿ち、激痛にのたうち回る。

肉体に傷はないのに皮膚が抉られ、肉が焦げる激痛だけはしっかり再現されるのだ。気が狂いそうだった。

ダメージを受けた分だけ魔力が減っていく。いっそ早く魔力が空になれば良い。そうすれば、この地獄の苦しみから解放される。

だが、人並外れて魔力量の多いグレンは、まだまだ魔力に余力を残していた。

「もう、やだぁっ! ……オレ、もう、無理っ……」

グレンが泣いて叫ぶと、先輩は興醒めしたように細い眉をひそめた。

「無理じゃぁねぇだろぉ? んん? まだまだ、魔力がたぁーっぷり残ってんじゃねぇかぁ。ほらほら、試しに俺に一発撃ってみろよ?」

そう言って先輩は、細く長い腕を広げてみせる。自由に攻撃してこいとばかりに。

グレンは恐怖と怒りがグチャグチャに混ざった酷い感情のままに、魔力を集中した。

こんな痛いのは、もうイヤだ。だったら、全部全部全部全部、無くなってしまえばいい。

デタラメな魔術式にありったけの魔力を込めたその時、ふつりと頭の中で何かが切れるのを感じた。それと同時に目の前が真っ白になる。

「あ」

間の抜けた先輩の声がグレンの耳に届いた時には、もうグレンは完全に意識を失っていた。

己の膨大な魔力をぶち込んだ火球が、何を引き起こしたかも知らずに。

* * *

次にグレンが目を覚ました時、そこは懲罰室の中だった。

グレンが暴走させた魔術は、あろうことか魔法戦の簡易結界を破壊し、のみならず訓練場のそばにある校舎の一部を破壊してしまったのだ。

幸い深夜だったので校舎内に人はおらず、死傷者はいなかったが、一歩間違えば大事故だったのは言うまでもない。

事態を重く見たミネルヴァの教授達はグレンを拘束し、協議を重ねた。

グレン・ダドリーは〈星詠みの魔女〉の預言を受けた子どもである。

この少年が実家を継ぐと国が滅びるのなら、放置する訳にはいかない。

しかし、魔術師養成機関であるミネルヴァでも手に負えない問題児ならば、いっそ生涯幽閉した方が良いのではないか?

そうしてグレンが懲罰室に閉じ込められたまま数週間が過ぎた頃、一人の魔術師がグレンを引き取りたいと名乗りをあげた。

その魔術師の名は、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。

若くしてリディル王国魔法兵団の団長を務めるその男は、落ち込んでやさぐれているグレンの前に現れ、それはそれは美しく優雅に微笑み、こう言った。

「よくぞ、ミネルヴァのジジイどもに一泡ふかせました。褒めてあげましょう」

ちょっと何を言われたのか理解するのに、十秒ぐらい時間が必要だった。

「へ、あ、えっと……え?」

この時のグレンは、人と話すことがすっかり久しぶりになっていて、言葉の発し方を忘れかけていた。

口をパクパクさせるグレンに、ルイスはニコニコと上機嫌に話しかける。

「あの古臭い校舎を破壊! 私が在学中に成し得なかったことをやってのけるとは、実に痛快。しかも吹っ飛ばされたのは、ラザフォード教授の資料室だと言うではありませんか……ザマァ見ろジジイ。人の過去をネチネチ弄りやがって……証拠は全部消し飛んだから、もうデカイ顔はさせねぇ……」

いかにも上流階級らしいお上品な口調がだんだんと崩れ、物騒な言葉がチラホラ混じり始めた。しかも美しい顔には、なんだか悪い笑みが浮かんでいる。

呆然としつつ、グレンは訊ねた。

「えっ、えっと? あの…………どちらさん、っスか?」

「私は魔法兵団団長〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。今日からお前の師匠です」

そう言ってルイスは片眼鏡を軽く持ち上げると、身を屈めてグレンの顔を覗き込んだ。

長い睫毛に縁取られた灰紫の神秘的な目が、グレンを映しだす。

男性のくせに妙に美しい顔に至近距離で見つめられ、ドギマギしているグレンにルイスは言った。

「なるほど、頭の悪そうな顔をしている」

この人ちょっと口が悪すぎないだろうか、とグレンは思った。

だが、グレンが憮然とした顔をしてもルイスはお構いなしだ。

「どうせ魔術式もろくに理解せず、感覚だけで魔術を使っていたのでしょう? お前みたいなタイプはミネルヴァの教育方針に合っていないのですよ。私が実戦で使いものになるよう、徹底的に仕込んでやりましょう」

「……でも、オレ……魔術は……もう……」

怖いから使いたくない、とボソボソ呟けば、ルイスは細い指を二本立てて、グレンの顔につきつけた。

「お前の選択肢は二つに一つです。生涯幽閉されるか、私の弟子になるか」

「そんなの、横暴だっ!」

グレンが思わず叫べば、ルイスは上品に小首を傾けてみせた。

「横暴? 選択肢があるだけ幸せではありませんか。まぁ、私なら第三の選択肢を選びますけど」

「……第三の選択肢って?」

「私の弟子になれば、教えてあげますよ」

なんだか詐欺みたいな言い分である。だが、グレンに他に選択肢が無いのも事実だった。

グレンがぐぅっと唇をへの字に曲げて「……弟子になる」と小さい声で言えば、ルイスはニッコリと微笑む。

「あぁ、実に良い気分です。ミネルヴァの手に余る問題児を引き取ったとなれば、あの頭にカビが生えたようなジジイどもも、私に頭が上がらなくなる」

美しい顔で言いたい放題である。だが、グレンにはこの横暴そうな男の弟子になるしか道はないのだ。

グレンは少しばかり不貞腐れた顔で、唇を尖らせて訊ねる。

「……それで『第三の選択肢』って、なんなんっスか?」

グレンの疑問にルイスはニッコリと美しく優雅に微笑み、言った。

「そんなの『自力で建物をぶっ壊して逃げる』に決まっているでしょう?」