軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【10ー8】肉食男子の肉食トーク

モニカは馬の上で途方に暮れていた。

「レディ、どうかしっかり掴まっていてください」

モニカの前に座るのは、乗馬服姿のフェリクス。恐らく馬に乗り慣れているのだろう、手綱を握る姿は様になっている。

モニカはそんなフェリクスの後ろに、ちんまりと横座りして、フェリクスの背中にしがみついていた。

ファルフォリア王国との交渉は難航しているようだった。が、元より一日で終わるものではないことは互いに了承済みだったらしい。

今日の狩りも、親睦を深めるために予め予定されていたものだ。

ところが、いざ狩り場へ移動する段階になって致命的なことが判明した。モニカ、ネロ、グレン──護衛をする三人が揃いも揃って乗馬経験がなかったのである。

グレンは飛行魔術で移動できるが、かといって狩りの間、ずっと上空を飛び回っているわけにもいかない。飛行魔術は魔力の消費が激しいのだ(リンが飛行魔術で長時間飛び回れるのは、精霊だからである)

グレンは比較的運動神経が良いが、乗り慣れているフェリクス達に最初から付いていくのは流石に難しい。

人外のネロは動物に怖がられるので、馬達が怯えてしまって乗馬どころではない。

そこで話し合いの末に、一番小柄なモニカがフェリクスの後ろに乗ることになった。成人の二人乗りは馬に負担がかかるが、小柄なモニカなら、さほど馬の負担にならずに済む。

グレンとネロは狩場までは馬車で移動し、狩りの最中は休憩所で待機している。

今回の狩りには、公爵夫人と公爵令嬢のエリアーヌも同行している。二人は実際に狩りに参加するわけではなく、休憩所で軽食をつまみながら談話を楽しむのだ。所謂ピクニックである。

ネロとグレンはこのピクニック組と待機というわけだ。

(わ、わたしもピクニックが良かったよぅぅぅぅ)

乗馬経験の無いモニカにとって、初めての乗馬はなかなかにスリリングだった。有り体に言えば割と怖い。少しでも揺れる度に、モニカは落馬の恐怖に震えた。

なにより、フェリクスとの距離が近すぎるというのも心臓に悪いのだ。馬が揺れる度に、フードが外れないかとモニカはヒヤヒヤする。

とにかく必死でフェリクスの背中にしがみつき、俯いていると、フェリクスが首を捻ってモニカを見た。

「怖いですか?」

「…………」

正直に頷きたいところだが、昨晩、フェリクスに尊敬される〈沈黙の魔女〉でいようと誓ったばかりである。まして、護衛役が乗馬が怖いだなんて、あまりに格好がつかない。

正直に怖いと頷くこともできず、かと言って否定することもできず俯いていると、フェリクスが馬を止めた。

「失礼」

「──!?」

フェリクスはモニカの腰を引き寄せると、軽々とその体を持ち上げた。そして、モニカが悲鳴を噛み殺し、フードを押さえている間に、フェリクスはモニカを自身の前に座らせてしまう。

男女が相乗りする時は、女性が後ろに乗るのが基本だ。前に座らせると手綱の操作がしづらくなる。

まして今は狩りの真っ最中。モニカが前にいたら、ろくに銃も使えない。

「……! ……っ! ……〜〜っ!!」

モニカはパタパタと手を動かして、フェリクスが担いでいる銃を指で示した。

(わ、わたしが前に座ったら、狩りができなくなっちゃいます!)

モニカの意図が伝わったのか、フェリクスは大したことではなさそうに笑う。

「あぁ、構いませんよ。私の銃はお飾りみたいなものです」

「……?」

「ファルフォリアの客人は狩りの好きな方が多いので、花を持たそうかと思いまして」

どうやらフェリクスは、狩りの手柄を譲ることで相手を良い気分にさせて、少しでも外交を有利に進めようという心算らしい。

まぁ、その程度のことで、マレ伯爵が意見を翻すとは思えないが、会話の取っ掛かり程度にはなるだろう。

(……外交って、大変なんだなぁ)

今日のメインの獲物は、冬眠をしない狐だ。

狐は賢い生き物だが、使用人達が事前に巣穴を塞いで巣に逃げ込めないようにしているし、獲物を追い詰めるのは猟犬達がやってくれる。

人間はただ見つけた獲物を追い詰めるだけでいい──いわばこれは遊戯なのだ。

(ケイシーが聞いたら、しかめっ面しそう……)

貧しい地域に住む者にとって、狩猟とは貴重なタンパク源を確保するための行為だが、富裕層にとっては遊戯の一種でしかない。同じ貴族でもこんなに違うものかと、モニカは今更ながら、この国の現実を垣間見た気がした。

* * *

「なぁ、わざわざ狐なんか狩って楽しいのか? 狐の肉って、そんなに美味いのか?」

「滅茶苦茶臭みが強いんで、食用には向かないっスねー。何回も茹でこぼして、灰汁を抜いて、濃い味付けにすれば食えなくもないんスけど、肉の味はしないっス」

バーソロミュー相手にグレンが、あの肉はこうすると美味しいだの、あの肉はこの季節が旬だのと、肉について語るのを聞きながら、エリアーヌは笑顔の裏でイライラしていた。

(どうしてフェリクス様と相乗りをするのが、わたくしではないのかしら? ……勿論〈沈黙の魔女〉様は護衛ですし? 仕方がないのは分かりますけれど、それなら別の人間の馬に乗ればよろしいのではなくって? というか、この男どもはなんで、フェリクス様の護衛もせずに肉談義なんてしているのかしら、もうちょっと貴婦人に配慮した話題はありませんの? ……お母様からも、何か申してくださりませんこと?)

エリアーヌがチラチラと母に目を向ければ、レーンブルグ公爵夫人は扇子を口元に当てて、おっとりと微笑んだ。

「あらあら、まぁまぁ、ダドリーさんは、お肉のことに詳しいのですねぇ」

「オレ、肉屋の息子なんで!」

「まぁ、そうなの? なら、お聞きしたいのだけど、ウサギ肉のお勧めの食べ方はあるかしら? エリアーヌが偏食でね。あまり食べてくれないのよ」

エリアーヌは淑女の笑みを保ちながら、笑顔の裏で絶叫した。

(お母様!? なんで、お肉談義にしれっと混ざっていらっしゃるのです!?)

公爵夫人が、こういう調理法は試したのだけど、と例を挙げれば、グレンはふんふんと真剣な顔で頷く。

「ウサギ肉なら断然メスの方がしっとりしてて美味しいっスよ。あと、ウサギ肉は捌く前に三日ぐらい熟成させるんスけど、この時、ウサギの腹を雪とか氷でしっかり冷やすのが大事なんス。でないと臭くなっちゃうんで」

当然だが、公爵令嬢のエリアーヌには不要の知識である。

肉について語るグレンは、珍しくキリリと賢そうな顔をしていた。そうしていると、まぁまぁ格好良く見えなくもないのだが、話している内容は肉談義。

「ウサギ肉をパテにして、ハーブとスパイス多めにすると食べやすいかもしれないっスね。ウサギ肉ってちょっとねっとりしてるから、パテにするとパサパサにならなくて美味しいんっスよ。あとは汁物も滅茶苦茶美味しいっス! 骨付き肉の骨をハンマーで叩いて、出汁が出やすいようにするのがポイントで……」

そもそもエリアーヌがウサギ肉を苦手になったのは、幼少期、料理人がウサギの皮を剥いでいる現場を目撃したのが原因である。

そんなエリアーヌが、肉の捌き方だの、骨を叩いて出汁を取るだのという話を楽しめるはずがない。

エリアーヌは静かに立ち上がると、木に繋いでいる自身の馬に飛び乗った。エリアーヌは乗馬の腕が達者というわけではないが、一人でも乗り降りはできるし、軽く近くを回るぐらいはできる。

エリアーヌ用の馬には、横乗りするための鞍を取り付けているので、スカートでも問題ないだろう。

「ピーター、お供をしてちょうだい」

控えていた使用人に声をかければ、グレンがキョトンとエリアーヌを見上げる。

「トイレっスか?」

どこの世界に、トイレに行くためだけに馬に乗る令嬢がいるのか。

デリカシーの無さにこめかみを引きつらせつつ、エリアーヌはニッコリ答えた。

「わたくしも少し、周囲を散策したくなりましたの」

「じゃあ、オレかバーソロミューさんのどっちかがついていくっスよ」

「結構ですわ。この森は大型獣はいませんし、この森はわたくしにとってお庭のようなものですから、迷うこともありませんのよ」

馬を引くピーターも、この森には慣れているから問題ないだろう。

グレンは何か言いかけたが、それを遮るようにエリアーヌはピーターを促す。

「ピーター、出してちょうだい」

「……かしこまりました」

ピーターは戸惑っているようだったが、この森に危険は少ないことを承知しているので、エリアーヌの言う通り、エリアーヌを乗せた馬を歩かせる。

エリアーヌは横座りで手綱を握りながら、森の中で偶然フェリクスと会えたらいいのに、と溜息を吐いた。

* * *

「エリー、大丈夫っスかねぇ」

チラチラと森を気にするグレンに、レーンブルグ公爵夫人が飲み物を差し出しながらおっとりと笑いかける。

「どうか、あまり気を悪くなさらないでね。あの子、少しわがままなものだから」

「……? 気を悪くするようなことなんてないっスよ」

温かい茶をグビグビ飲みながら答えれば、公爵夫人は「あらあら、まぁまぁ」とおっとり笑った。そのおっとりした雰囲気は、娘とよく似ている……或いは娘以上におっとりしているのかもしれない。

その時、軽食のパンをかじっていたバーソロミューが、勢いよく顔を上げて、キョロキョロと周囲を見回した。

「どうしたんスか、バーソロミューさん?」

「……何かがすげー速さで近づいてきてる……なんだ、この変な魔力?」

金色の双眸は忙しなく周囲を見回していたが、やがて一つの方向に焦点を合わせる。彼が見ているのは、エリアーヌが進んでいった方向だ。

「声デカ。あのふわふわお嬢を連れ戻せ。なんかやべーのが来る」

「やべーのって、なんスか?」

「ハッキリとは分かんねーよ、オレ様こんな気持ち悪い魔力見たことねぇ……でも、この形と大きさは……」

バーソロミューの言葉は漠然としていて、どうにも緊張感が持ちづらい。他の使用人達も、困惑したようにバーソロミューを見ている。

そんな中、バーソロミューはハッと息を飲むと、眉を吊り上げて叫んだ。

「──竜だ! ……いや、竜に限りなく近い形をした何かが近づいてきてやがる!」