軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【9ー9】その曲は後世まで語り継がれ、多くの人々に愛されたという

リンにはフェリクス周辺の警戒に戻ってもらい、モニカは野外舞台から離れた。舞台関係者でもないのに、いつまでもその場に残っていては、不審に思われてしまうからだ。

そうして校舎に近づいたところで、モニカはエリオットとベンジャミンを見かけた。挨拶をするべきか迷っていると、エリオットの方がモニカに気付いて、声をかけてくる。

「よぅ、ノートン嬢。シリルのやつを見てないか?」

「シリル様ですか? えっと……学祭が始まったばかりの時に、校舎で会ったけど……その後は見かけてません」

生徒会副会長のシリルは、普段はフェリクスにべったり……もとい、彼のそばに控えていることが多いのだが、今日はあまりフェリクスのそばでシリルを見かけない。

それどころか、花飾りを貰って以降、モニカは校舎でも野外舞台でもシリルの姿を目にしていないのだ。

エリオットは眉をひそめて、顎を撫でる。

「急ぎじゃないんだが、舞踏会が始まるまでにシリルに確認しときたい案件があってな……てっきり、ノートン嬢と一緒に行動してるんだと思ってたんだが」

エリオットの言葉に、モニカはキョトンと目を丸くして首を捻った。

「わたしと、ですか?」

「だって、君とシリルは仲が良いだろ?」

「……? ハワード様とシリル様の方が、仲が良いと、思います」

モニカの言葉に、今度はエリオットの方が仰天したような顔をした。

「俺とシリルが? おいおい、冗談は止してくれ」

驚いているエリオットの横で、ベンジャミンが何かに気づいたような顔でポンと手を叩く。

「おぉ、そうか。ノートン嬢は編入生だったな。キミは去年の二人のことを知らないのだ。無理もない」

「…………?」

去年のシリルとエリオットは、今とは違う雰囲気だったのだろうか?

モニカの知る限り、シリルとエリオットは普通に親しいように見える。というより、エリオットがシリルに対して比較的砕けた態度を取っているように見えるのだ。

「わたし、てっきり、二人はお友達、なのかと……」

「友達だって? 勘弁してくれ!」

エリオットはいよいよ顔をしかめて、首を横に振った。不快気というよりは、なにやら居た堪れない、と言いたげな雰囲気である。

モニカが戸惑っていると、ベンジャミンが説明してくれた。

「エリオットは階級至上主義者だろう? 彼は己が貴族であることに誇りを持ち、同時に市井の者が貴族社会に足を踏み入れることを好まない。私は大衆から生まれた音楽が貴族階級に受け入れられることを、非常に好ましく思っているのだが、彼は頭が固いから受け入れられないんだ」

「は、はぁ……」

それはモニカも理解している。

エリオットは中流階級以下の者と上流階級の貴族が馴れ合うことを好まない。

それは決して中流階級以下の者を見下しているからではなく、己の本分を果たすために、互いの領域は侵さないことがベストだと考えているからだ。

だからこそ、エリオットはモニカのことを嫌っていたし、生徒会から排除しようともした。今は一応、保留という扱いになっているようだが。

「あの、でも、そのことと、シリル様に、何の関係が……」

「シリル・アシュリー副会長は、ハイオーン侯爵家の養子だ。血縁者ではあるが、父親は爵位を持っていなかったらしい」

「……えっ」

モニカは一瞬、我が耳を疑った。

シリルはモニカが知る中でも特に「貴族らしい貴族」だ。その堂々とした振る舞いも、高慢さも。洗練された容姿や所作も。

だから、生まれつき貴族の人間なのだと疑いもしなかった。

「じゃあ、えっと、クローディア様とは……」

「あぁ、あそこの兄妹は血が繋がっていないのだよ。ハイオーン侯爵には、子がクローディア嬢しかいなかったから、跡継ぎにするために彼を養子にしたんだ」

だんだんとモニカにも事情が飲み込めてきた。

シリルは生まれついての貴族ではない。そして、エリオットは「成り上がり者」が大嫌いなのだ。

ベンジャミンは指揮をとるかのように人差し指を振りながら、言葉を続けた。

「昔のエリオットとアシュリー副会長は非常に仲が悪かった……というより、エリオットが一方的に突っかかっていた感じだな」

「なぁ、おい、昔の話は勘弁してくれ」

「一方的に突っかかっておきながら、エリオットは筆記試験で完敗し……」

「やーめーろーって!」

エリオットは片手で顔を覆いながら、反対の手をパタパタと振る。

仲の悪い二人、というのは上手く想像できないが、エリオットがシリルに突っかかっていく光景は、なんとなく想像できる気がした。

なにせモニカ自身、エリオットに「身の程を知れ」とチクチクと攻撃されていた身である。

「筆記試験で全敗したエリオットは、大人げなくも、チェスでアシュリー副会長に勝負を挑んだのだよ。当時のアシュリー副会長はチェスの経験が浅く、エリオットに太刀打ちできなかった。エリオットは踏ん反り返って『チェスもろくにできないで、よくアシュリーの家名を名乗れるな』と……」

「なぁ……おい……もう勘弁してくれ。あれは俺が大人げなかった」

エリオットは気まずそうに言い訳をするが、一度回りだしたベンジャミンの口は止まらなかった。

「ところが、アシュリー副会長も負けん気が強いから黙っていない。一ヶ月ほぼ寝ずにチェスを猛勉強して、エリオットに再戦を挑んだアシュリー副会長は、かなり良いところまでエリオットを追い詰めたのだが、睡眠不足がたたって途中で倒れてしまい……最終的に会長が仲裁に入って、仲直りをしたというわけだ」

シリルもエリオットも、タイプこそ違えどプライドの高さは良い勝負である。勝負事となれば、ムキになってヒートアップするのは想像に難くない。

なるほど、とモニカが頷いていると、エリオットはげんなりした顔で言い訳をした。

「いや別に仲直りをしたとかじゃなくてだな、とりあえず、あいつが努力家であるということだけは認めてやったというか……」

「かくして結ばれる熱い友情! 身分の違いから生まれる諍い! そこから競い合い、高め合うことで生まれる、新たなハーモニー! あぁっ、きた、きたきたきた! 曲が降ってきた! これは一曲作れる……新しい曲が生まれるぞ……っ!」

途中から自分の世界にトリップしてしまったベンジャミンに、エリオットは悲痛な顔で天を仰いだ。

「だから、友情とかじゃないって言ってるだろ! ノートン嬢と同じだ! とりあえず、一時的に様子見してやろうっていうだけで、いわば一時休戦! あいつがヘマをやらかしたら、俺は『ほれ見たことか元庶民が』と指をさして笑ってやるつもりなんだからな!」

「な、なるほど……」

分かったような、よく分からないような、というのがモニカの本音だが、とりあえず、分かりやすく仲良しこよしというわけでもない、ということだけは理解できた。

エリオットは綺麗に整えた鳶色の髪をぐしゃりとかき乱しながら、苦い顔をする。

「あぁ、まったく……なんで、こんな話になっちまったんだ。あぁ、そうだ。ノートン嬢のせいだぞ。君が俺とシリルが友達だなんて勘違いをするからだ」

「す、すみません……」

ただ、エリオットとシリルの仲が悪いのかと言われると、やはりモニカにはそうは思えないのだ。無論、口にしたらエリオットが怒りそうなので、言うつもりはないが。

「寧ろ、シリルは俺よりも君と仲が良いだろう、ノートン嬢? 仕事で一緒にいることが多いし……今日の学祭も、一緒に回ってたんじゃないのか?」

「いえ、本当に、朝ちょっと会っただけで……」

モニカが首を横に振ると、エリオットはくるりと目を回して、モニカの胸元の花飾りを見た。

「でも、その花飾りはシリルに貰ったんだろ?」

「……? どうして分かるんですか?」

そういえば、フェリクスも同じことを言っていたような気がする。花飾りのどこかにシリルの名前でも書いてあるのだろうかとリボンを捲っていると、エリオットは呆れたように目を丸くした。

「なんだ、知らないのか? 花飾りは、贈り手の髪や目の色に合わせることが多いんだ。俺みたいに地味な色のやつは、まぁ花の色は適当に選んで、無難にブラウンのリボンとかつけるけど。シリルなんて目立つ色だから、誰が見てもすぐに分かるだろう」

「そうだったんですか……」

モニカは胸元の花飾りをマジマジと見下ろした。美しい純白のバラに青いリボンは、なるほどシリルのプラチナブロンドと濃いブルーの瞳を思わせる。

ふと、モニカは思いついた。

「あ、そっか……そういう『おまじない』なんですね」

「うん? なんだって? おまじない?」

モニカはかつてミネルヴァの図書館で読んだ本を思い出した。

なんでもリディル王国南東部のとある地方では、他人の一部──髪の毛などを身につけることで、その人の力を借りられると信じられていたという。

この花飾りはその派生なのだと、モニカは考えた。

「この花飾りを身につけていると、贈り主の力が借りられる……つまり、その人みたいに振る舞える、という『おまじない』なんですね!」

「……お、おぅ?」

だから、シリルは「恥をかかないまじないだ」と言っていたのだとモニカは納得した。

シリルのように振る舞うことができたら、モニカは舞踏会でも恥をかかずに済む。

「なんか、ちょっと、勇気出てきました……このお花つけてたら、シリル様みたいに、堂々と振る舞える……かも」

エリオットはポカンとした顔でモニカを見ていたが、やがてゆっくりと体を折り曲げて腹を抱えると、全身をプルプルと震わせた。

「……あの、ハワード様? お、お腹、痛いん、ですか?」

「いや……っくく、ははっ、あっはははは……いや、なんでもない……ふはっ……シリルみたいに振る舞うノートン嬢……なんだそれ、面白すぎるだろ……やめてくれ、笑い死ぬ……ぐふっ」

「ハ、ハワード様? ハワード様??」

まるで痙攣のように体を震わせているエリオットに、モニカはオロオロする。

エリオットはゆっくりと上体を起こすと、垂れ目に滲んだ涙を拭いながら言った。

「俺とシリルが仲が良いとか言った件は、今のでチャラにしてやろう。いやぁ、あいつを揶揄う良いネタができた」

「……??」

「とりあえず、あれだ。シリルの奴を見かけたら、俺が探してたって伝えてくれよ。俺は校舎の一階らへんにいるから」

「は、はいっ」

モニカはペコリと一礼すると、パタパタと早足でその場を後にした。

モニカの背中を見送りながら、エリオットは口元に小さな笑みを浮かべる。

(まったく…… あ(・) い(・) つ(・) といい、シリルといい、ノートン嬢といい……俺の周りは、ああいう妙な連中ばっかりだ)

貴族でない者が、垣根を越えてくることをエリオット・ハワードは望まない。

それでも、垣根を越えてきた者の、全てを否定できなくなっているのも、また事実。

「それでも俺は、大衆音楽は好きじゃないんだ。曲を作るなら、上品なやつにしてくれよ、ベンジャミン」

エリオットの言葉に、ベンジャミンは答えなかった。

木の枝で地面に音符を書き殴っているベンジャミンは、もうとっくに音楽の世界にトリップしていたからである。